古賀鳴人は黒い瞳を鋭く冷たく明石遥の服の襟元に走らせた。
明石遥がうつむくと、大きく開いた襟元から雪のように白い肌が露わになっているのに気づいた。慌てて襟を整え、寝袍の帯をきつく結び直す。
「……誤解よ。あなたのためとはいえ、身体を使ってまで……」
言葉が完結しないうちに、男の陰険な声が響いた。「仮にお前が全身裸になっても、俺は微塵も興味ないぞ」
明石遥、「……」
士は殺されることを辞さずとも、辱められることは拒む!
明石遥がこれほどの屈辱を受けたことがあったか?
彼女は頬の横の長い髪をかき上げ、含み笑いを浮かべて男に歩み寄った。
手関節を鳴らすと、突然長い脚を高く掲げ、男の胸郭に向かって蹴りを放った。
数歩後退させられた古賀鳴人、「……」
明石遥の動作は電光石火の如く迅かった。
古賀鳴人が我に返ると、その表情は驚愕と困惑、そして信じがたいという様相を呈し——
どうやら彼女は以前よりさらに横暴で憎むべき存在になったようだ。
以前冷艶で気高く見えたのは、間違いなく錯覚だったに違いない!
更に驚いたのは、彼女の拳法の腕前が如此も卓越していたことだ!
古賀鳴人の喉から冷たい笑いが漏れた。「明石遥、死にたいのか!」
遥は手を払いながら、気だるげに口元を歪めて反論した。「どちらが死ぬかはまだわからないでしょう?」
即座に再び男へ攻撃を仕掛ける。
古賀鳴人は手を上げ、彼女の蹴り込んで来た脚を掴む。
明石遥は柔軟に身を翻し、もう一方の脚で男の急所を蹴ろうとした。
古賀鳴人の端整な顔面は瞬時に鍋底のように曇った——
この女、あまりに残忍で毒辣だ!
もしこの一撃を喰らえば、無事では済まないのは必定である。
男は頬肉を舌先で押し上げながら、反撃の蹴りを放った。
女だから、妻だからなどと斟酌する必要はない。そもそも以前から目の上のこぶだったのだから。
明石遥は古賀鳴人の手並みが思った以上であることに驚いた。唐門にいたとしても、きっと五指に入る名手だろう!
彼の攻撃を避けるため、彼女は両手を彼の首に回し、二本の脚も素早く彼の腰に巻き付けた。
今の姿勢は……
「明石遥、マジで恥知らずなのか?」
明石遥はは何かを感知した。薬を盛られた男の身体には既に変化が現れていて……
彼女の耳が少し赤くなり、直ちに男の体から飛び降りたが、足元に何かつまずいたのか、バランスを崩して倒れ込んだ。
転倒時に無意識に支えを求めた手が、目の前の男を掴んだ。
彼女の落下と同時に、男も倒れ込んだ。
幸い背後には広々とした寝台が置かれており、そうでなければ間違いなく吐血していただろう。
二人の体は密着し、息遣いは重く乱れていた。
互いの視線が絡み合う。
彼女は嘲笑い、
彼は怒り心頭だった。
遥は手を上げ、男の緊張した端正な顔を軽く叩いた。
「古賀さん、いつまで私の上にいるつもり?もしかして降りたくないのかしら?」
その瞬間、古賀鳴人は本気でこの女を絞め殺したいと思った。
彼と離婚するために、彼に薬を飲ませ、他の女を彼のベッドに送り込むだけでなく、不倫相手と隣の部屋で密会していたなんて!
その悪行を暴かれた後、悔悟するどころか恥じる様子もなく、なおも手向かってくるとは!
古賀鳴人の顎線がピンと張り、深い瞳の奥で紅蓮の炎が滾る。再び女の首を絞め上げようとしたが、体内の制御が利かなくなっていた——
むしろ渇望していたのは、この女を解毒剤として扱うことだった?!
畜生!
自らを傷つけるとしても、この女に触れることなど絶対にない!
古賀鳴人が歯を食いしばって立ち上がろうとしたその時、スイートルームの入り口から突然騒がしい音が聞こえてきた。