Chapitre 3: やらかして死ぬ安藤綾
Éditeur: Pactera-novel
男たちの視線が、ためらいながらも小林優子と長谷光臣のほうへ向かう。
安藤綾は冷たく鼻を鳴らし、かつて戦場で軍を率いたときの威圧を、ひと欠片も抑えることなく放ちきった。
血と鉄の匂いをまとったその殺気は、まるで氷のように場の空気を凍らせ、
男たちの身体を瞬く間に硬直させた。
「――聞こえなかったの？」
その一言で、彼らは我に返り、考える暇もなく動いた。
二人を乱暴に抱え上げ、そのまま外へと引きずり出す。
綾は腕の中の子どもの姿勢を直しながら、ぐっと抱き寄せた。
その子は彼女の服を握りしめたまま、ぐっすり眠っている。
あれだけの騒ぎにも起きないとは――なんとも世間知らずな子だ。
綾は眉を寄せ、廊下の影からこっそり覗いている少女に気づいた。視線が交わった瞬間、その少女は慌てて駆け寄り、涙声で叫ぶ。
「奥様っ！わ、私じゃありません、私のせいじゃないんです！」
綾は目を細め、静かに命じた。
「下に行って見張ってなさい。私が降りるまで、誰ひとり出入りさせるな」
少女は先ほどの一幕で完全に怯えており、逆らうことなど考えもせず、転がるように階下へ走り去った。
綾はゆっくりと部屋に戻る。
子どもをベッドに横たえると、眉をひそめて泣き出しそうになるので、仕方なく再び抱き上げ、部屋の中を歩き回る。
その途中で目に入ったのは――見たこともないほど現代的な設備の数々。そして、綾は確信した。
自分は、異なる世界に来てしまった。
頭の中に流れ込む記憶を整理すると、どうやらここは《俺様社長はなぜこうなのか》という小説の世界だということが分かった。
この身体の元の持ち主――安藤綾も、物語の登場人物。だが主人公ではない。彼女はただの「金持ち令嬢モブキャラ」、豪門の舞台を彩るためだけに存在する脇役の女だった。
もともとは安城市の安藤家の冴えない娘。だが美貌ゆえに、倒産寸前の家族から長谷家へ売られたのだ。
もともと長谷家は「病弱な若君の世話をする娘を探している」と言っていた。
安藤家の者たちも当然、当主の弟――人付き合いを嫌う長谷和真（ながたに かずま）の世話だと思っていた。
だが、いざ婚姻届が提出されてみれば――
相手は長谷家当主、長谷修彰本人だった。
そう、彼こそがこの物語の主人公である。
修彰は名門の嫡子に生まれ、頭脳明晰。二十二歳で海外の名門大学を卒業し、すぐさま長谷家の家督を継いだ。以来、世界を飛び回り、滅多に家に戻らない。
彼が「原作の綾」を妻に選んだ理由――
それは、かつての宴の席で、彼女が他人の子どもを優しくあやす姿を見たからだった。
その穏やかな笑みが、彼の記憶に残ったのだ。
修彰には同母の兄弟が三人いた。長兄は数年前の交通事故で他界し、その息子――長谷昭陽（ながたに まさひ）は事故の後遺症で知的障がいを抱えている。
末弟の長谷和真は、生まれつきの自閉症で、
二十四歳になった今でも心は子どものまま。
そのほかにも異母の弟妹が二人――
つまり前当主の愛人との子だ。
修彰は彼らを軽蔑はしないが、決して心を許すこともなかった。
家には「子ども」が二人。
修彰は彼らの面倒を見られる者として、穏やかで思いやりのある綾を選び、妻として迎え入れたのだ。
だが――それがすべての悲劇の始まりだった。
幸運すぎるその縁に、安藤家の者たちは嫉妬した。
特に実の姉は、ことあるごとに家に押しかけ、隙あらば修彰に色目を使い、その合間に昭陽をいじめていた。家にいないことの多い修彰が帰宅したとき、
甥の身体に残る傷跡を見れば、
当然「綾の仕業」だと誤解する。しかし綾は、姉をかばって真実を言わなかった。
家族思い――というより、ただの愚かさ。
結果、修彰の心は次第に冷え切り、ついには彼女に対して一片の情すら失ってしまったのだ。
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