「私にはお母さんがいないの、お母さんは私を捨てたの……」
小さな女の子が潤んだ美しい目を上げると、その瞳の奥に溢れんばかりの悲しさが浮かんでいた。
物部詩織は自分の質問が小さな女の子の心の傷に触れてしまったことに気づき、すぐにしゃがみ込んで微笑みながら慰めた。
「この世界のお母さんは皆、自分の子どもを捨てたりしないわ。もしお母さんがあなたから離れたのなら、きっとやむを得ない理由があったのよ。信じて、お母さんはこの世界であなたを一番愛している人なの」
「本当?」
小さな女の子は真剣な眼差しで詩織を見つめ、先ほどまで落ち込んでいた瞳に活気が戻り始めた。
「うん、もちろん本当よ」
詩織は確信を持って頷いた。
女の子のピンク色の頬にゆっくりと笑みが広がり、小さな口元の二つの愛らしいえくぼも甘く咲いた。
「きれいなお姉さん、私は相沢朝陽っていうの。朝の光の朝陽よ。お姉さんは何ていう名前?」
「朝陽?」
詩織は驚きの声を上げ、何か心に触れるものを感じた。
朝陽、この小さな女の子の名前は息子の物部辰哉と同じ読みだけれど漢字が違う。
「私は物部詩織よ」
「詩織お姉さん」
朝陽はかわいらしい声で呼びかけた。声は甘くて心地よい。
「お腹すいちゃった。おいしいものが食べられるところに連れて行ってくれる?」
詩織は少し考えてから、笑顔で頷いた。
「行きましょう、お姉さんがおいしいものを食べさせてあげる!」
——
スイートタイムスイーツショップ。
詩織は温かい牛乳を一杯入れて、低糖質低脂肪のケーキを一切れ添えて朝陽のテーブルに運んだ。
初夏の暖かな日差しがガラス窓から差し込み、朝陽のピンク色の頬に斑模様を作る。詩織は見れば見るほど彼女が好きになった。
こんなに愛らしい女の子は初めて見た。それに、なぜか彼女に親近感を覚える。
「朝陽ちゃん、ゆっくり食べてね。お姉さんは仕事に戻るけど、何かあったら呼んでね」
詩織は微笑みながら朝陽の頭を撫でた。
朝陽は詩織に向かって素直に頷いた。
「ありがとう、詩織お姉さん」
「どういたしまして」
この活気に満ちた笑顔を見ていると、詩織は自分の気持ちもずっと穏やかになるのを感じた。
「ねえ、物部さん、意外だね、こんなかわいい娘さんがいたなんて!」