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10.52% 夫の「死ね」から始まる家の復讐 / Chapter 2: 第02話:桜の木の下で

Chapitre 2: 第02話:桜の木の下で

第02話:桜の木の下で

[氷月雫の視点]

朝の陽射しが、リビングに差し込んでいた。

昨夜はソファで眠ってしまったらしい。首筋が痛い。

携帯を見ると、刹那からの連絡はない。もう期待もしていなかった。

リユースショップの名刺を手に取る。昨日インターネットで調べた、評判の良い買取業者だった。

「はい、リユースプラザです」

「服やアクセサリーの買取をお願いしたいのですが」

「承知いたします。お品物の量はどの程度でしょうか?」

クローゼットを見上げる。刹那が買ってくれた服、二人で選んだアクセサリー、思い出の詰まった品々。

「......全部です」

「全部、ですか?」

「はい。すべて手放したいんです」

業者の男性は驚いた様子だったが、午後に査定に来てくれることになった。

電話を切ると、なぜか清々しい気持ちになった。

携帯に通知が入る。SNSのアップデート。

綾辻玲奈の投稿だった。

『今日は彼とお買い物♡ 新しいワンピース、たくさん買ってもらっちゃった!』

写真には、高級ブティックの紙袋がいくつも写っていた。

ああ、そういうことか。

私が手放すスペースに、すぐに玲奈の新しい服が並ぶのね。

まるで、私の存在そのものが消去されて、上書きされていくみたい。

でも、もういい。

もう、何も感じない。

かえでに電話をかけた。

「雫?どうしたの、こんな朝早くに」

「お疲れさま。今日、時間ある?」

「あるけど......何かあった?」

「一緒に来てほしいところがあるの」

「どこに?」

少し迷った。でも、かえでになら話せる。

「霊園」

電話の向こうが静かになった。

「......迎えに行く」

一時間後、かえでの車で郊外へ向かった。

「雫、何があったの?」

運転しながら、かえでが心配そうに聞いてくる。

「後で話すから」

車窓から流れる景色を眺めながら、私は答えた。

霊園は、静かな丘の上にあった。

桜の木が点在する、美しい場所だった。季節外れだけれど、枝ぶりから春の美しさが想像できる。

「樹木葬をご希望でしょうか?」

案内してくれた職員の男性は、丁寧な口調で説明してくれた。

「こちらの区画はいかがでしょう」

桜の木の根元。陽当たりが良くて、遠くに街を見下ろせる場所だった。

「素敵ですね」

心から、そう思った。

「お名前をお聞かせください」

職員がペンを構える。

「氷月......雫です」

「ご主人様のお名前は?」

「いえ」

私は首を振った。

「自分のために見に来たんです」

職員とかえでが、同時に私を見つめた。

「雫......」

かえでの声が震えている。

「仮契約をお願いします」

内金を支払い、書類にサインをする。

自分の墓を買うなんて、不思議な気分だった。でも、後悔はなかった。

帰りの車の中で、かえでが口を開いた。

「理由を聞かせて」

「......」

「雫、お願い。何があったの?」

信号で車が止まる。かえでが私を見つめていた。

「膵臓がん。ステージ4なの」

淡々と言った。

「もう......余命、一ヶ月だって」

かえでの顔が青ざめた。

「嘘でしょ?」

「本当よ」

「治療は?手術は?」

「もう手遅れなの」

かえでの目に涙が浮かんだ。

「どうして一人で......どうして刹那さんに言わないの?」

「言えない」

「なんで?」

「もう、私たちは終わってるから」

かえでが泣き始めた。私の代わりに泣いてくれている。

ありがとう。

そう思った瞬間、激しい腹痛が襲ってきた。

「うっ......」

「雫!」

「大丈夫......」

でも、痛みが引かない。冷や汗が額に浮かぶ。

「病院に行こう」

「だめ」

「雫!」

「家に......帰りたい」

意識が遠のいていく。

かえでの声が、だんだん小さくなって......

気がつくと、自宅のソファに横たわっていた。

「気がついたか」

刹那の声だった。

「茶番はもうやめろ」

冷たい声。心配の欠片もない。

「体調が悪いなら病院に行け。俺に迷惑をかけるな」

私は何も答えなかった。答える気力もなかった。

玄関のチャイムが鳴った。

「お疲れさまです」

女性の声。聞き覚えがある。

綾辻玲奈だった。

「雫さん、大丈夫ですか?刹那さんから連絡をいただいて」

心配そうな表情を作っている。でも、目は笑っていない。

「ありがとう、玲奈」

刹那の声が優しくなった。私に向けたことのない声で。

「少し仕事の電話をしてくる」

刹那が書斎に向かう。

二人きりになった瞬間、玲奈の表情が変わった。

「大変でしたね」

口元に、薄い笑みを浮かべている。

「でも安心してください。刹那さんのことは、私がちゃんとお世話しますから」

椅子に座り、足を組む。まるで、ここが自分の家であるかのように。

「このソファも、キッチンも、書斎も、そして......あなたたちのベッドさえも」

玲奈の声が、ささやくように低くなった。

「私はあなたが思ってる以上に、この家のことをよく知ってるわ」

氷水を頭から浴びせられたような感覚。

私はその場で凍りついた。

「何度も来てるの。刹那さんに呼ばれて」

玲奈が立ち上がる。

「あなたが知らないだけで、この家はもう私たちの愛の巣なのよ」

手が震えた。

「あなたたちのベッドで、刹那さんと......」

「やめて」

「気持ち良かったわ。あなたの匂いのする枕で」

限界だった。

私の手が、玲奈の頬を打った。

パチン、という乾いた音が響いた。

「きゃあ!」

玲奈が泣き崩れる。

「雫!」

書斎から刹那が飛び出してきた。

「何をしてるんだ!」

「刹那さん......」

玲奈が刹那にすがりつく。

「いきなり叩かれて......」

「雫!」

刹那の目が、怒りで燃えていた。

「謝れ!」

「私が?」

「玲奈に謝れ!」

刹那の手が、私の肩を掴んだ。

そして、力任せに突き飛ばした。


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