Chapitre 7: 絶縁宣言
Éditeur: Pactera-novel
坂本家の面々が怒りで箸をつけられないのをよそに、夕食は笑いの絶えないまま終わった。
阿部の母の作った料理は、村上美咲と井上昭彦によって、ほぼ皿まで舐めんばかりの勢いで平らげられた。
美咲に至っては、配信を見ているマネージャーから「太るからやめろ」と鬼のような電話がかかってくるまで箸を離さなかったほどだ。
食後の片付けは、坂本愛莉と岡本凛太郎が買って出た。誰もその役を争おうとはしない。玲奈は養父母を連れ、早々に二階へ引き上げることにした。
主寝室は広々としていたが、ベッドはキングサイズが一台あるだけだ。部屋に入るなり、父と母は顔を見合わせ、当然のように玲奈へベッドを譲ろうとした。
「玲奈、お前はベッドで寝なさい。父さんと母さんは床でいいから」どんな時でも、良いものはまず子供へ。それが彼らに染み付いた習慣だった。
玲奈は苦笑し、首を横に振る。「ううん。二人がベッドを使って。私は書斎のソファで寝るから」
母は唇を引き結び、何か言いたげに玲奈を見つめた。長い沈黙の後、おずおずと口を開く。「玲奈……何かあったのかい？ なんだか、随分と変わってしまったようで……。あっちの家で、辛い目に遭わされたんじゃないのかい？」
やはり、育ての親の目は誤魔化せない。
以前の「坂本玲奈」は、天真爛漫で少し騒がしいくらいの性格だった。今の玲奈のように、感情を抑え、どこか達観したような静けさはなかったはずだ。
玲奈は一瞬言葉に詰まったが、すぐに穏やかな笑みを貼り付けた。「考えすぎよ。自分のことは自分で分かってるから、心配しないで」
本当の娘はもういない。今は私がこの身体を借りている。そんな残酷な真実を、この優しい人たちに告げるわけにはいかない。
「坂本玲奈」として生きる以上、彼女が負うべき責任も、愛されるべき縁も、すべて背負う覚悟はできていた。
母はそれ以上追求せず、父を促してベッドへと向かった。
一方、一階の使用人部屋。そこには、重苦しい空気が澱んでいた。坂本昭文は、狭苦しい簡易ベッドに腰を下ろし、土気色の顔で周囲を睨みつけている。
この低くて小さな部屋の中で、彼は息苦しさを感じていた。
一秒たりともいられない。
天下の坂本グループ会長である自分が、こんな独房のような部屋で寝起きするなど、恥辱以外の何物でもない。世間に知れたら末代までの恥だ。
「ごめんなさい……」愛莉が涙目で父を見つめる。「私がもっと早く選んでいればよかったのに。でも、玲奈ちゃんがすごく早くて……」
坂本夫人がすぐに娘を庇う。「あなたのせいじゃないわ。あの生意気な小娘が、阿部家のような育ちの悪い連中に毒されただけよ。あれは明らかに、私たちへの嫌がらせだわ」
「たぶん、玲奈ちゃんも……自分のパパやママに、豪邸での生活を体験させてあげたかっただけだと思うの」愛莉は健気な理解者を演じ、眉を下げて見せた。「今夜一晩だけだし、我慢しましょう？」
「我慢だと？」昭文は鼻を鳴らし、乱暴に立ち上がった。「あんな小娘の言いなりになってたまるか。直接話をつけてくる！」
「パパ……」
「止めないで」夫人が愛莉の腕を引き、冷ややかな笑みを浮かべる。「カメラも回っていないことだし、あの子が何を考えているのか、はっきりさせてもらいましょう」
愛莉は唇を噛んで、それ以上何も言わなかった。
二階。玲奈が眠りにつこうとした矢先、荒々しいノックの音が静寂を破った。
ドアを開けると、そこには氷のような表情の昭文が立っていた。「ちょっと来い」
部屋の前には廊下の監視カメラがある。無用なトラブルを撮られたくない玲奈は、黙って彼に従い、死角となるエレベーターホールへと移動した。「ご用件は？」玲奈の声は、他人行儀で冷淡だ。
「あの部屋には耐えられん。交換しろ」昭文は顔を歪め、指を突きつける。「我々はお前の実の親だぞ。……金が欲しいんだろう？ 400万だ。それだけあれば、お前のその貧乏な養父母も一生遊んで暮らせるだろう」
玲奈は鼻で笑った。金で解決しようとするその態度、清々しいほどに予想通りだ。「会長、どうしても交換したいとおっしゃるなら……」彼女は少し考え込むふりをして、涼しい顔で言い放った。「一口価格、1000万でどう？」
「貴様、正気か！」昭文の怒号が響く。彼は血走った目で玲奈を睨みつけた。その威圧感は、並の人間なら震え上がるほどだ。「一体何を考えている！ 阿部家の人間なんぞ連れてきて、我々に恥をかかせるつもりか？」
「親に対する敬意はないのか！」
「敬意？」玲奈は無表情のまま問い返す。「そんなもの、あるわけないでしょう」
「なんだと……！」昭文は声を低くし、脅すように言った。「俺を怒らせても、お前に得はないぞ」
「現状より悪くなることもないわ。そうでしょう？」玲奈は平然と受け流す。失うものなど、最初から何もないのだ。
昭文は大きく息を吸い込み、冷徹な瞳で彼女を見下ろした。もはや、親子の情など欠片も残っていない。
「いいだろう。好きにするがいい」彼は吐き捨てるように告げた。「俺には、お前のような娘はいない。二度とな！」
玲奈は無言で唇をわずかに曲げ、平静な視線で彼が階下へ去るのを見送った。
もし自分の実の父親がこんな人だったら、彼女もこのような父親を持ちたくないと思った。
美しく静かな夜が波の音と共に終わった。
翌日、ゲストたちは朝日を浴び、波の音に包まれて目覚めた。
しかし愛莉は昨夜ほとんど眠れなかった。
彼女は小さい頃から坂本家で皆に愛されて育ち、このような苦労をしたことがなかった。廊下に一枚の布団を敷き、ちょうど体の幅ほどのスペースで一晩を過ごした。
起きてもまだ服を着替える暇もなく、簡単に化粧をして、キッチンへ向かった。
ちょうど起きたばかりの凛太郎と出会い、二人は挨拶を交わした。凛太郎は気遣いながら彼女に水を一杯注いで渡した。
「早いね」
「うん、ちょっと目が覚めちゃって。みんなが起きてくる前に朝ご飯を作っておこうと思って」愛莉はエプロンをつけながら、殊勝な笑みを浮かべる。「番組スタッフさんも、朝食までは用意してくれないでしょうから」
凛太郎は愛おしげに目を細めた。「偉いな。僕も手伝うよ」
『キャー！ 愛莉ちゃん、すっぴんでも天使！』
『朝からエリリンCPの供給助かる……！ 尊すぎて浄化される』
『愛莉ちゃん優しすぎない？ 自分だって寝不足だろうに、みんなのために朝食作りとか……』
『↑感動してるとこ悪いけど、愛莉ちゃんが寝てる間に阿部家の父ちゃんと母ちゃんがとっくに朝食作り終えてるぞ。玲奈のチャンネル見てこいよ』
そのコメント通りだった。阿部夫婦は、誰よりも早起きだった。二人はとうに朝食の支度を終え、それどころかリビングと中庭の掃除まで済ませていた。
阿部の父は庭に座り、ヤシの葉でいくつかの帽子と団扇を編んでいた。
阿部の母はスタッフと一緒に、朝食用の果物の皮をむいていた。
阿部の父の手元で、棕櫚の葉があっという間に一輪の花の形になる。彼はそれを母に差し出し、日焼けした顔を赤らめた。「ほら、やるよ」
母は呆れたように笑い、軽く父を睨む。「またそんな、ガラクタばかり作って」口ではそう言いながらも、その目は嬉しそうに細められていた。
阿部の父はふふっと笑い、反論しなかった。
『何この空気感……泣けてくるくらい尊いんだが』
『阿部パパの手先器用すぎ！ その帽子と団扇、売ってくれませんか？』
『これ、ゲスト全員分の帽子編んでるんだよね？ 海辺の日差しキツイからって、でも帽子として少し緑すぎないwww』
『阿部夫婦の働きっぷりよ。掃除、洗濯、朝食、フルーツ、帽子の手作り……これが「丁寧な暮らし」ってやつか』
『上に同意。これこそ本当の勤勉さだよ』
やがて、他のゲストたちも三々五々、部屋から出てきた。
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