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Chapitre 4: 第三章:記憶の螺旋

星々の海を漂っていた。

そこは、数学と現実が絡み合い、無音の星座が夜空に静かな軌跡を織りなす――そんな次元だった。目の前にはオイラーの螺旋が広がる。立体空間に伸びるその曲線は、俺が知る最も深遠な真理を体現していた。その中心に、オイラーの公式が息づいていた

eiϕ=cos⁡ϕ+isin⁡ϕ

この式が囁くのは、複素指数関数が角度 ϕ を実数軸に沿って滑るたび、複素平面上で完璧な円を描くということだ。だが、時間が三次元の軸として引き伸ばされると、その円は上へと螺旋を描き、空間と時間を織り交ぜる無限の螺旋となる。ただの図形ではない――生きている信号だ。現実の安定した脈動と、可能性の揺らぐ波がそこに刻まれている。

コサイン関数は実軸に沿って穏やかな振動を刻み、サイン関数は虚軸でそっと上下する。直交しながらも切り離せない二つの波は、永遠の舞踏のように共鳴する。この螺旋は、時間と空間を連続的に変える現象を映し出す周期的なパターン。確実性の静かな鼓動と、可能性の流れる波が織りなす二つの要素が、調和の中で生きていた。

その螺旋は、京都の庭園に佇む石灯籠を思わせた。四季の移ろいとともに影が柔らかく重なる、永遠と変化の優雅な均衡。夢そのものは複雑な信号――異なる次元から層をなし、俺がまだ触れ始めたばかりの領域を越えて進化し、混沌の下に隠されたパターン、時空の織物に刻まれた真実をそっと囁いていた。

やがて螺旋は伸び、波となって揺らめく。サインとコサインが生き生きと、流麗にうねる。その波の上には、古びた帆船が浮かんでいた。帆は、そよ風に揺れる着物の絹のようにふわりと膨らむ。甲板には、月明かりを浴びた如月あかりが立っていた。彼女は静かに広大な海を見下ろし、俺が手を伸ばすより早く、そっと波間に身を躍らせ、消えた。

「あかり――!」

心臓がドクドクと脈打つ中、船が波に揺れるその姿を、俺は水面下の繊細な均衡に意識を沈めた。船の重さが下へ押し、水の浮力が静かに押し返す――アーキメデスの原理が、まるで時の流れを支えるように働いている。船体は水を押し退け、自身と等しい上向きの力を生み、波間に浮かぶ。幅広い船底は、その力を柔らかく分散させ、沈むことなく海を抱く。

上では、帆がそよ風を捉え、絹のような表面が風を絶妙に分ける。曲面を滑る風は、裏側の平坦な空気より速く流れ、気圧の差を生む。その差が揚力を呼び、風と直交する力で帆を、船を、前へと、そっと横へと押し出す。

水面下では、船体が横の力を抗う。曲がった船底が水を押し、水が等しい力で返す。流体力学の静かな抵抗が、船を真っ直ぐに導き、横の揚力を前進の意志に変える。

重さ、浮力、揚力、抵抗――これらの力が、まるで星座のように繊細な均衡を織りなし、船は波を滑るように進む。その力学を頭でなぞり、夢と現実の境界が一瞬揃いかけたその時、目覚まし時計の鋭い叫びが、夢の脆い明晰さを砕いた。

ピピピ! ピピピ! 

ハッと目が覚め、心臓がまだドキドキと鳴る。夢の断片が、頭の中で螺旋のように渦を巻いた。

冷たい水で顔を洗うと、感覚が研ぎ澄まされ、寮の障子から差し込む朝の光が俺を現実に繋ぎ止めた。光は、まるで夢の螺旋をそっと溶かすように、紙の格子に柔らかな影を落とす。

部屋に戻り、マーカーを手にホワイトボードへ向かう。夢の断片が、数字と公式の結晶となって浮かび上がる。ゆっくり、慎重に――船体が水を押し退ける力、帆が風から生み出す揚力、表面の圧力の微妙な変化を計算し始めた。オイラーの公式と船の動きは、17世紀の科学と工学が織りなす静かな頂点だ。

技術者や革新者は、まるで星々の法則を解くようにかっこいい――まあ、たまに軽くディスりたくなるけどな。

急いで着替え、バイトのシフトを確認し、鞄を掴んで食堂へ急いだ。

食堂は朝の喧騒でざわざわと脈打っていた。知らない顔、トレイがカチャカチャと響き合い、声が重なり、味噌の鋭い香りが空気を切り裂く。俺は人混みが苦手だ。騒がしさと慌ただしさが、まるで心の静寂を乱す嵐のように神経をすり減らす。ルームサービスの穏やかな贅沢――朝食がドアまで届き、静かな孤独の中で味わえたら、どんなにいいか。

喧騒の中

ルームサービス届く

財布泣く

トレイを手に人混みを縫い、頭はまだ夢の螺旋に囚われていた。星野先生のからかうような声、黒板に描かれた曲線の残響。だが、如月あかりの深紅の瞳が、まるで夜空の星のように俺を現実に引き戻した。

春の花々がピンクと白、鮮やかな緑で咲き誇る庭を歩く。葉のそよそよと鳥のさえずりが重なり、京都の朝が静かに息づく。背後から軽やかな足音が響く――高い頻度、整った歩幅。スカートの裾がそよぐような、洗練された礼儀を刻むリズム。

「朝食前にストーカーするのは、あんまり賢いアイデアじゃないぜ」と俺は振り返り、軽い笑みを浮かべた。

そこにいたのは、磁器のように白い肌、透き通る美しさ、黒髪に映える深紅の瞳――如月あかり。まるで冬の夢から抜け出した雪女、あるいは怪談のページをそっとめくったような姿。

「何してんだよ…その氷のような視線、静かな足音。雪が降らないだけで、完璧な雪女だな。」

空気がひんやりと冷え、一瞬、霊界の影を引き寄せたかと思った。

彼女は目を大きく見開き、動揺を隠せない。

「あら…なんという偶然。こんなところで会うなんて…」と呟き、頬に落ちる髪をそっと耳にかけた。

俺は小さく息をつき、勇気を絞った。「ナイスタイミング。実はお前を探してた。昨日のことで、謝りたくて…」

「お願い、謝らないで、神崎くん」と彼女は柔らかく、誠実に言った。「私もあなたを探していたの。昨日、部室で失礼な態度を取ってしまって…ごめんなさい。」優雅に頭を下げ、彼女の言葉はまるで朝露のように澄んでいた。

驚くべきことに、責任を取る女の子? なんて誠実さ、めっちゃ貴重だな。

謝られることに慣れず、左手が無意識に首に触れる。勇気を振り絞り、恥ずかしそうに尋ねた。「一緒に朝食でもどう?」

如月は静かに息をつき、ゆるんだ髪を耳にかけ、低いツインテールがわずかに揺れる。唇の端に、控えめで守られた微笑みがちらつく。優雅な仮面の下に、驚きと秘めた喜びが隠れている。彼女はほんのわずかに頷き、言葉のない理解を伝えた。

木のテーブルに腰を下ろす。彼女は視線を落とし、指をそわそわと絡ませ、静かな恥ずかしさを滲ませる。だが、目を上げると、穏やかな落ち着きの仮面をかぶる。「おはよう、神崎くん」と彼女は優しく、ほのかにぎこちなく呟いた。彼女の香りがそっと漂い、俺の感覚を徐々に包み込む。

めっちゃ近い――近すぎる。彼女の温もりと繊細な香りが混ざり、星野先生のものとは明らかに違う。

「おはよう…もう朝食済ませた?」と俺は落ち着いて尋ね、会話を続ける努力をした。

「あ…家で済ませました」と如月は小さく、退屈そうに微笑んだ。「いつもの――抹茶あんぱん、柔らかいミルクパン、柚子茶碗蒸し、鮭とご飯、漬物。それに、柚子とベリーのフルーツサラダとヨーグルト。毎日同じだから、あんまり気にしないの…ただの朝食だし…」

俺は言葉を失い、呆然とした顔で固まった。めっちゃ豪華じゃん…何その五つ星ブランチ? 朝から柚子の卵と鮭ご飯って誰が考えるんだよ? 俺なんて、インスタント麺がバランスの取れた朝食かどうか悩んでるのに。

お前の「退屈な」朝食、実はめっちゃ自慢じゃね? 次は、ピエールって名前のシェフがモチベーション上げ系の名言つぶやきながら料理するって言い出すんじゃね?

「めっちゃ充実した朝食だな。自分で料理するの好き? それとも誰かに作ってもらう?」と俺は納豆をご飯に混ぜながら、静かに尋ねた。

「料理は好きよ。でも、うちのシェフが毎日作ってくれるの。特別なことじゃないわ…いつも美しく盛り付けられて、完璧に調理されてるけど、どこか温かみに欠けるのよね」と彼女は諦めたような微笑みを浮かべた。

「まあ、朝食で悩むことってあんまりないよな? それとも何か他に好きなものある? だって、卵は時々『割れる』だけだけど、大事なのは静かな瞬間だろ、ただのスクランブルの騒ぎじゃなくてさ。」

彼女は一瞬視線を逸らし、袖の端を折ったり広げたりした。そして俺の目を見た。

「食事そのものより、誰と一緒に食べるかが大事かもしれないわ。一緒にテーブルを囲む人が正しい人なら、シンプルな料理でも特別な味になるものよ。」

「確かに。球形の牛とか、g=10で説明する奴と飯食うのは遠慮するけどな。」

「ふふ…でも、論理ばかりだと、ロンリーになっちゃうかもよ。」

「まあ、数学の奴らはどうせ隔離されてるようなもんだしな。」

二人でクスクスと笑い合った。

「神崎くんはどう? 学食で十分満足してる? あなたみたいな体格だと、結構量が必要そうね」と彼女は好奇心をちらつかせ、俺のトレイをチラッと見た。

「実は…ちょっと金欠なんだ」と俺は苦笑いした。

「奨学金でこの学園に入れたんだ。星野先生の推薦と、バイト先で会った怪しい卒業生のツテのおかげでな。」スープを啜りながら、話を切り出す糸口を探した。

彼女の顔に驚きと懐かしさがちらりと過ぎ、すぐに消えた。「幽玄で奨学金を得るなんて、すごいことよ」と彼女は静かに言った。視線を落とし、頬に髪が落ちる。

「もしよかったら、いつか一緒に朝食を食べない? うちにはいつも余るくらいあるの。それに、数学の問題を一緒に解いたり、研究したり…」彼女の指がわずかに震え、落ち着いた表面の下に秘めた希望が覗いた。

まるで本物の五つ星朝食デリバリーだ。出会った学生のほとんどは金持ちで傲慢な家柄だが、如月は明らかに別格、あるいは女神の仮の姿か?

「マジ? それめっちゃいいな…でも、迷惑じゃない?」

「全然」と彼女は微笑んだ。

気まずい視線を交わし、朝の穏やかなざわめきだけが沈黙を破った。

(カラスの群れの鳴き声)

「昨日のガンマ関数のアプローチ、めっちゃ鋭かったな。どうやってあんな簡単にやってんの? お前の解き方、めっちゃ好きだよ。」納豆ご飯と卵焼きを食べ終えた。

「大したことじゃないわ、ただの経験よ。神崎くん、あなたの能力なら、すぐに私を追い越すわ。数学者にはそれぞれの視点があるものよね?」彼女の瞳がわずかに広がり、指がそわそわ動く。

「経験か。まあ、お前のアプローチはほんと印象的だった。で、いつから数学やってんだ?」トレイを片付けながら尋ねた。

「3歳から」と彼女は懐かしげに微笑んだ。「練習に代わるものはないわ。5歳で大学レベルの数学を学び、進んだ本を読んでいた。9歳頃から競技のトレーニングを始めたの。神崎くんは?」

「やっぱ天才だな。俺は13歳まで本気じゃなかった。星野先生に出会って、数学の見方がガラッと変わった。部室で言ってたみたいに、問題の背後の論理と理由を理解し始めたんだ。盲目的に解くんじゃなくてな。」俺は笑った。

「数学のトレーニングキャンプで何度か会ってるけど、ちゃんと話すの初めてだな。ほんと数学好きなんだな?」

「え、ほんと? 全然覚えてないわ」と彼女は苦笑した。「実は、トレーニングに夢中で周りを見てなかったの…私の悪い癖…」

「数学と思考は、私が本当の自由を感じる場所なの。」一瞬、彼女は遠く空虚な目をした。

「それがお前の才能だ。みんながそんな集中力持ってるわけじゃない。俺なんてすぐ気が散るから、学ばなきゃな。」

「そんなことないわ、あんまりいい特性じゃない…私…」

「…」

「私…」

朝の校内ベルが静寂を切り裂き、如月の言葉を遮った。

「如月、後で話の続きをしよう。いい会話だった。改めて、アーカイブ勝手に触ってごめん。」

「お願い…それはあなたのせいじゃないわ…アーカイブやブックログ、自由に使って。」彼女は柔らかく言い、優雅に立ち上がり、スカートの裾をそっと整えた。

「トレイ返して、ちょっと身支度するわ。後で教室で!」急いで荷物をまとめ、軽く手を振った。

彼女の優雅なシルエットが建物間の廊下に消えていくのを見た。何人かの生徒が好奇心で彼女をチラ見し、他の生徒はそっと視線を逸らし、彼女が人混みに溶けるのを避けた。

如月あかりは一見冷たく見えるけど、間違いなく一番謙虚な生徒だ。地位や背景を考えれば、彼女の優しさと気遣いは本物だ。星野先生の言う通りだ。

「はぁ…もっと早く如月と話す勇気があれば、数学のスキルももっと上がってたかも…ハハ。まあ、今からでも遅くない。」

トレイを返し、身支度を整え、食堂からゆっくりと第一講義棟へ向かった。キャンパスは活気でざわめく。生徒たちが小道を縫い、会話が響き、イベントやコンテストのポスターが壁や掲示板に貼られている。

近くで、教師が生徒のシャツの乱れや姿勢を叱る声が、賑やかなざわめきに混じる。少し先では、生徒たちが慌てて通り過ぎ、焦った声が聞こえる。「今日のクイズ、勉強した? ノート見る時間なかった!」と一人が嘆き、もう一人が「田中先生、絶対容赦ないよ」と答えた。

近くでは、別の二人が話していた。「工学部棟のラボの怪談、聞いた? 放課後にラボ近くにいると、突然冷たい風が吹いて、まるで目に見えない手が触れるんだって。」

「うわ…昨夜、換気シャフトの近く通ったら、ゆっくりリズミカルなタッピング音が聞こえたよ。」

この数日の観察から、この学園の生徒は5つのグループに分けられる。如月あかりのような予測不能な天才、アウトライヤー。図書館やラボに住み、コーヒーで限界まで追い込む努力家のグラインドギャング。楽々と滑り抜け、投資会社への未来が約束されたシルバースプーン組。

ネットワーキングとピッチに忙しい起業家スウォーム。そして、世界のルールを書き換えると信じるテクノロジー信奉者たち。

講義棟に近づくと、騒音が次第に消え、キャンパスの静かな部分に静寂が広がる。I-ハウス、つまり「内向的ハウス」。その名の通り、内向的な者たちの聖域で、就職に繋がらない超マニアックな授業――抽象数学、宇宙論、宇宙素粒子物理学、有機合成、脳神経科学、量子情報理論――がここに集まる。

マジで、完璧な成績で無数のインターンや共同研究に応募したけど、入門レベルのポジションに5年の経験を求められるってどういうこと? でも、幽玄に入れば道が開けるって希望を持ってる。だって、この学園は大学とコネクション強いしな。

雰囲気が明らかに変わり、メインキャンパスの活気あるエネルギーが、集中と熟考を求める静かな落ち着きに変わった。

今日、選択科目の初回――高等実解析。教室の顔ぶれは想像できる。入り口で掲示板を確認。講義室番号、受講者リスト。合計4人。講師は PhD.星野映奈先生、知った名前だ。受講者には如月あかりと俺の名前。

これ、ただの数学研究部の集まりじゃね?

重い木製のドアを押し開けると、年季の入った木材と磨かれたオークの香りが迎える。静かな威厳に満ちた部屋。入ると、知った顔が待っていた。穏やかな期待のざわめきが階状の講義室を満たす。座席は緩やかな階状に並び、星野先生が立つ演台を優雅に囲む。高い窓から柔らかな光が差し込み、黒板を照らし、キャンパスの喧騒の中の静かなオアシスを作り出す。

最前列は俺の定位置。如月あかりがすでに座っているのを見つけ、隣に腰を下ろした。彼女の香りが、まるで朝の庭園の花のように、そっと空気を彩る。

「安定したキャリアや社交生活より、抽象数学を選ぶなんてな」と俺は文房具を広げながら、軽く笑った。

「心が自由に羽ばたける唯一の場所よ。素晴らしい選択ね、神崎くん」と彼女は静かに微笑み、言葉に数学の真理のような澄んだ響きがあった。

生徒がぽつぽつ入ってくる中、一人が明らかにいない。星野先生はリモート参加の生徒もいると言ってたな。

星野先生がウインクして講義を始めた。「高等実解析へようこそ。ここでは、知ってると思っていたことを厳密に証明し、さらにその先へ進みます。現実を疑い始めたら、心配しないで。それ、ただの数学が話しかけてるだけよ!」

教室がクスクス笑う。彼女は続けた。「このコースの終わりには、基本定理を厳密に証明し、積分や関数空間に関する複雑な問題を解き、純粋数学の研究の強固な基盤を築けるようになるわ。」

星野先生の講義に没頭する中、如月の存在感が静かに波紋を広げる。彼女の繊細な香りが漂い、まるで夢の螺旋が現実の空気に溶け込むように、集中をそっと揺さぶる。好奇心に駆られ、彼女のノートをチラ見――整然とした文字、まるで数学の定理そのもののように完璧だ。

講義と如月の静かな仕草の間で、集中が何度も揺らいだ。彼女が眉を寄せ、鼻の橋を擦る姿に気づく。静かな不快のサイン。

星野先生の講義は本当に素晴らしい。複雑なトピックを明快に説明し、1時間が瞬く間に過ぎる。最後の20分で、彼女は挑戦的な問題を出し、深い洞察と実際の取り組みを完璧に融合させた。彼女の教え方は難しい概念を身近にし、よく作られた課題で積極的な学習を促す。

Banach代数 A に対して、任意の x∈A、任意の連続線形汎関数 ϕ∈A∗ について、関数 f(λ)=ϕ((λ−x)^−1)

を開領域

Ω=C∖σ(x)

上で解析的であることを証明せよ

如月は俺より早くペンを走らせた。俺には二つの道が見える――初等微積分でリゾルベントを直接微分するか、ノイマン級数で構築的に解析性を示すか。

ノイマン級数を終え、彼女を振り返った。彼女は目を閉じ、青白い額に汗を浮かべている。

「今、f(λ)=φ((λ−x)^(−1)) の解析性をノイマン級数で証明した。意見聞きたいな」と俺は、彼女との橋を架けるように言った。

「面白いわ」と彼女は答えた。疲れが数学の輝きで吹き飛んだように、瞳が光る。

「ノイマン級数はリゾルベントを具体的に、まるで手で触れるように描き出すわね。」

「具体的に、級数展開と収束半径が自然に出てくる感じにした。手触り感があるんだ。で、お前のアプローチは?」と俺は少し自意識過剰に笑った。

「そうね」と彼女は柔らかく、控えめに熱意を込めて言った。「私はホロモルフィック函数解析の視点でやったの。少し抽象的だけど、リゾルベントがBanach代数の基本的な解析的対象で、スペクトル理論と深く繋がってることを示すの。」

「それ、俺の理解超えてる」と俺は認めた。「めっちゃすごいな。函数解析は読んだことあるけど、実際どう使うか掴めてなかった。どうやって解析性を示すんだ?」

「基本的に」と彼女は説明した。「函数解析は ( x ) のホロモルフィック函数を厳密に扱うの。リゾルベント写像 λ↦(λ−x)^(−1)) はリゾルベント集合上で ( A )値函数としてホロモルフィック。そして、ϕ が連続線形だから、リゾルベントと合成するとスカラーなホロモルフィック函数になるの。」

「つまり、リゾルベントをただの函数じゃなく、もっと大きな解析的構造の一部として見るってこと?」

「その通り。もっと概念的な視点よ。でも、あなたのアプローチは素晴らしく明快。抽象的な理論を具体的に感じさせる明確な級数展開が好き。」

「いや、俺のなんて初等的に見えるよ」と俺は謙遜した。「如月、どこでこんなアプローチ学んだんだ? めっちゃエレガントだ…お前の脳みそ開けてみたいよ。」

彼女は柔らかく微笑んだ。「ダンフォードとシュワルツの『線形作用素』、ボンソールとダンカンの『完備ノルム代数』、加藤の『摂動理論』から学んだの。星野先生の講義で全部繋がったわ。」

「星野先生の講義、ほんと最高だよな。複雑なトピックをスラスラ説明して、1時間が一瞬で過ぎる。」

「そう、深い理論を正確に、速く織り上げるその方法、魔法みたい。私、彼女から学べて本当に幸運だわ。」

「後で図書館か、丸善京都書店行ってみるかな。数学の本、棚いっぱいあるもんな。」

「実は、数学部のアーカイブにあるわよ。」

二人で笑顔を交わし、発見の興奮と相互の尊敬が部屋を満たした。同じ優雅な真実に異なる道でたどり着く。数学の豊かさと、憎しみや嫉妬じゃなく、共に学ぶ喜びの証。

前方で、星野先生が俺たちの瞬間を見て微笑み、頷いた。

ちょっと恥ずかしいな、仕事に集中してよ、星野先生。もしかして一緒に混ざりたい? 欲しいのーせんせい?

次はホームルーム。内田のいつもの輝きがなく、目を伏せ、机で無意識に模様をなぞっていた。軽く挨拶したが、彼女は遠くにいるようだった。

朝型じゃないのか?

「よ、内田、どうした? 選択授業、退屈すぎたか?」

「あかりちゃん、神崎くん。なんでもない…さっきの講義がすごかっただけ…ハハ。」

「何取ったんだ?」

「ミクロ経済学…ちょっと微妙かも、変えるかもしれない。あかりちゃんと神崎くんは?」

「実は同じ授業、高等実解析。星野先生が講師だ。」

「うらやま…やっぱりね、ハハ。少なくともホームルームは3人一緒でよかった…そういえば、工学部棟のラボの噂、聞いた?」

「全然」と如月。「俺は建物の異常について誰かが話してたの聞いたな。」

「友達のリカが工学部クラブで、3週間後に科学コンテストの締め切りなんだけど、プロジェクトがうまくいってないって。それに、建物が幽霊に取り憑かれてるって…超自然的なものってあると思う?」

「絶対ある。今朝、雪女にストーカーされたし。」

「は、なんじゃそりゃ?!」

如月の鋭い視線と圧が俺に向かってくる…

「まあ、幽霊とは途切れた囁きそのものだ。」

「そうなの?」と内田は指を動かし、考え込んだ。

ホームルームの先生が来るまで、雑談を続けた。

金曜日、週最後の授業が早く終わった。

中央図書館へ向かうと、夕暮れの陽光が建物を温かな金色に染め、そよ風が紫陽花の香りをそっと運ぶ。荘厳なアーカイブ棟は、京都の伝統工芸とガラス張りのパネルが溶け合い、室内を柔らかな光で満たす。ガラス越しに覗く苔と石灯籠の庭は、まるで時を止めたように静かだ。

部活まで少し時間がある。星野先生の依頼とヒントを進めるにはいいタイミングだ。

サービスカウンターに近づくと、カチッと小さな音が響く。返却された本の列に半分隠れた学生司書、唇に口紅を塗っていた。慣れた仕草は、派手さではなく、静かな美を求めるよう。俺の気配に気づき、彼女は口紅を隠し、プロの微笑みを浮かべた。

「本日はどのようにお手伝いしましょうか?」

「アカデミークロニクル・ブックログを見るために、グランドアーカイブ棟に入りたいんだ。」

「まあ…それは意外ですね。普段、誰も行かないのに。最近ちょっと忙しかったみたいですけど。」

「へえ、最近忙しいんだ? アーカイブで他に見るべきものってある?」

「クロニクル・ブックログ、改修計画、建築記録、出版物、財務記録などがあります。こちらのシートにお名前を。」

「了解、ありがと。」

ほんとだ、誰か頻繁に来てるな…相原悠人、か。

「アーカイブ棟内では携帯や電子機器は禁止です。こちらでお預かりします。」

「ほい、任せた。」

手続きを進める彼女を見ながら、カウンターのシフト表と名札をチラ見。

「少々お待ちいただき、ありがとうございます。それでは、ご案内します。」

ガラス張りの廊下を進むと、古い本の匂いが強くなる。アーカイブ棟に着くと、その香りがさらに濃厚に。

「アーカイブは毎日19時に閉館します。クロニクル・ブックログは1階と2階、左から昇順に並んでます。パソコンでデータも見れます。」

「ありがと、植竹さん。」

「え…名前知ってるの? 問題ないわ。何かあれば、館内の電話を使ってね。」

「了解。ありがと。」

彼女は微笑み、踵を返す。ほのかなミントの香りが漂う。古いアーカイブの香りとは対照的な清涼感。

巨大な書物とパソコンに囲まれ、アーカイブの静寂が俺を包む。記録は、数学部の輝かしい成功を物語っていた。

驚くことなく、如月の名前がページを支配。数々の国際数学コンクールで圧倒的な勝利を収め、金メダルを獲得し、日本を代表していた。

勝利は詳細な報告書に記録され、写真や表彰状が添えられていた。個人の成功だけでなく、1年半から2年前のチーム競技の記録も豊富で、国内・国際コンクールでの連続優勝が記されていた。

雪村由希子、桜井弘樹、佐原愛生といった知らない名前がチームの主要メンバーとして頻出。あのシーズンの仲間意識と静かな熱気がページに残る。

「思ったよりメンバーが多いんだな…桜井弘樹、どっかで聞いたような…」

競技以外にも、星野先生と如月の貢献が詳細に記録されていた。国内外の著名大学と最先端研究に携わり、論文、セミナー、資金提供プロジェクトで学術界での地位を築いていた。

だが、ページをめくるうちに、何かがゆっくり、気づかぬほどに変化する。丁寧に織られたタペストリーの糸がほつれるように。

記録によると、9ヶ月前の大きな大会後、如月だけが競技に参加。チームの記録は突然止まり、参加の減少が記載されるが、説明はない。

さらに不穏なのは星野先生の記録。数学部門の主任、数学ギフテッドプログラムのコーディネーターから突然降格、期間不明の停職。詳細は少なく、ただの事実が淡々と並ぶ。

数学部自体、解散の危機に瀕していた。2度の存続申請が記録されるが、理由は曖昧。誰かが部を存続させようと最後の努力をしていた。

この不穏な背景の中、如月が桜井浩樹に代わり数学研究部の部長に。安定のための希望か、深い変化の兆しか、不明だが、静かな転換点だった。

財務報告も問題を裏付ける。資金は減少し、内部メモは「メンバー喪失」や「部運営の懸念」を記す。だが、それも曖昧で、多くのことが語られていない。

数学部の物語は、輝かしい頂点と、続く沈黙だった。

本をそっと閉じ、静寂が重くのしかかる。磨かれた業績は、語られぬ疑問のベールに霞む。

最初は時間が止まったようなアーカイブの静けさだったが、記録を読んだ後、静寂は鋭さを増す。突然、時間が心臓の鼓動より早く、壁の外の現実より急に流れ出す。

情報の重さに圧倒され、学生記録をチェックしようとしたが、アクセス拒否。

ちくしょう、星野先生や数学部メンバーの詳細記録が見れたら…

時間を見ると、部活の時間だ。

遅れちゃまずい。

少し敗北感を覚え、本を返した。荷物をまとめながら、新たな決意がちらつく。いたずらか、必要か。いやな計画が頭に浮かぶ…

カウンターに戻ると、植竹たちが本を整理していた。俺は咳払い。

「アーカイブ資料は終わりました? 荷物お返ししますか?」と植竹はいつものプロの口調。

「よ、植竹さん。実は…量子物理のコーナーで質問が。ちょっと手伝ってくれる?」

彼女は目をパチクリ。「量子物理? 私の専門じゃないけど…いいわよ?」

量子物理コーナーは、埃と静寂だけが支配する場所。

「ここに連れてきてごめん。物理の本はカモフラージュ。実は、ちょっと二人で話したくて。」

彼女は一瞬固まり、眉を上げる。「…不穏ね。告白でもするつもり?」

「そこまでじゃねえよ。数学部の学生アーカイブ、過去のデータにアクセスしたいんだ。」

彼女は目を丸くし、半分呆れ、半分感心。「うわ、速攻で闇市リクエストね。密輸ビジネスもやってんじゃないでしょうね?」

「週末だけ」と俺は真顔で。「マジで、助けてくれよ。」

植竹は腕を組む。「学生は学校の機密データにアクセスできないのよ。仮に私が学生司書のリーダーだったとしても――」

「だからお前に頼んだんだ」と俺は声をさらに下げ、「だって、お前なら…『非公開』のルートを知ってるだろ。」

彼女は眉をひそめる。「ごめんね、神崎くん、ルールは破れないわ。」そして、からかう口調で、「でも、チャームで切り抜けようとしたのはナイスよ。」

俺は身を乗り出し、声をさらに潜めた。「ルール破る話、ほんとにしちゃう?」

彼女の目が細まり、遊び心が本物の警戒に変わる。「は、なにそれ?」

「図書館や学校で電子タバコ、しかもあの爽やかメンソールアイスフレーバー…ルール違反じゃね?」

沈黙。植竹の耳がピンクに。「な、なんのこと?」

「ほら、春の空気はキリッとしてるけど、お前が通り過ぎるとミントのそよ風が。唇も…電子タバコ常用の乾燥そのもの。」

俺は知ったかぶりの笑み。「別に責めてねえよ。ミントのセンス、いいと思うぜ。でも、ルールはルールだよな?」

彼女はシュレーディンガーの猫を見るような目で俺をガン見。「…フレーバー探偵かよ? 次はお菓子の包み紙でも分析すんの?」とムッとして、空っぽの通路をチラ見。

「安心しろ、スナックの隠し事までは暴いてねえ…まだな。」ウインク。「でも、今回だけ助けてくれたら…何も見てない、匂ってない。量子原理:観測されなきゃ、罰なし。どうだ?」

彼女はしばらく俺をじっと見て、劇的なため息。「…ありえない奴。いいよ、必要なものは手に入れてあげる。ほんと、一回だけよ。バラしたら、数学部全員で体育館裏でラジオ体操だよ、毎朝。」

「ありがとう、植竹様! 愛してるぜ!」

彼女は真っ赤になって声を抑えきれず、「は!?」

図書館中の視線が一斉にこっちに。学生司書の一人が驚いて本を落とす。俺は静かにするジェスチャー。「しーっ、静かにね、主任学生司書さん。」

植竹は中指を立てて返す。まあ、そりゃ食らうわな。

彼女は囁く。「マジで死ね…これだけじゃ済まないよ。条件があと2つ。」

「植竹様の望むままに。」

彼女は大げさに首を振る。「まあ、微積分の宿題、手伝え… 死にそうなんだから。あと、データで二人とも退学にならないように。あ、最高の授業計画も用意してよね。」

「悪名高い数学研究部の日常業務だよ。如月あかりが部長だし。新メンバー大歓迎だぜ!」と俺はダサいサムズアップ。

「はぁ…やっぱ頭いい奴らだ…私には別のパラレルワールドだよ…いつ必要?」

「できれば月曜までに。」

「はぁ…わかった、わかった。」

カウンターに戻り、植竹はポーカーフェイスでメモを滑らせてよこした。「次は図書館のAIロボットに頼みなよ。そっちのが早いよ。」

俺は敬礼。「了解、主任。」

鞄を掴むと、彼女が「アホ」と呟くのが聞こえた気がしたが、柔らかい微笑みがチラリと見えた。

出て行く途中、彼女が渡したメモを見て、笑いを抑えきれず、数学部へ急いだ。


L’AVIS DES CRÉATEURS
Hachiichi818 Hachiichi818

お読みいただきありがとうございます。ここまでお楽しみいただけていれば幸いです。LaTeXで数式を入力するのは難しく、英語からの翻訳もとても大変です。日本文学は本当に奥深いですね。

φは角度または位相を表す記号

オイラーの公式

ei^(ϕ)=cosϕ+isinϕ において、φは自然に実数全体を動く角度または位相のパラメータを示します。これは、複素平面上の回転として時間とともに変化するヘリックス(螺旋)の幾何学的解釈と完全に一致します。一般的な変数で幾何学的意味を持たないことが多い x を使うよりも、φの方がより正確で象徴的です。

象徴的深みと周期性との結びつき

φは周期、回転、変容を象徴しており、これは惺夜の信号の進化や自己成長という夢のテーマと密接に関連します。人生や思考の位相という考えに合致しており、夢における継続的な変化や重層的な意味合いのモチーフを強調します。

文化・美共鳴

ギリシャ文字のφはまた、自然界や芸術(日本美学を含む)に広く見られる調和・バランス・自然秩序の象徴である黄金比(約1.618)をも想起させます。これにより、惺夜の夢がより大きな調和のパターンの一部であることを示唆する、微妙な象徴性の層が加わります。

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