Chapitre 2: 誰・どこ・どの場所 2
御者が手綱をぐいっと引くと、疾走していた馬が甲高く嘶（いなな）き、馬車の速度が急に落ちた。「鹿丸」は慌ててなだめた。「お姉さん、もうやめてよ。あの人は頭を打って正気じゃないだけだよ。気にしないで。今は先を急ごう。すぐに日が暮れるし、城門が閉まる前に雲中に着けなかったら、また野宿だよ。御者さん、急いで！はやく！」
車内には再び気まずい沈黙が落ちた。龍飛（ロンフェイ）は「軍人はろくなものじゃない」と言われるのが一番嫌だった。彼は18歳で入隊し、軍隊で丸5年を過ごした。最初は野戦軍の偵察部隊の兵士としてキャリアを始め、その実力を買われてA級機械化歩兵団に転属、さらに精鋭の装甲師団へ、そして今年には特種偵察隊に選ばれ、小隊長に昇進したばかりだった。これまでに3度負傷しているが、いずれも麻薬組織やテロリストとの戦闘によるものだった。彼にとって、軍人は誇りであり、特別な存在なのだ。
しばらく沈黙が続いた後、龍飛が口を開いた。「俺を元の場所に送ってくれ。洛陽には行きたくない。」
女はまた怒り出しそうになったが、「鹿丸」がすかさず止めに入った。「僕たちはあんたを助けてるんだよ。感謝してもいいくらいだ！雲中に着いて、ちゃんとした医者に診てもらえば、あとはあんたの自由さ。どこに行こうが止めやしない。でも今ここで降りたら、本当に死ぬよ！」
龍飛は少し呆れた。今までこんな風に、まるで餅か粽（ちまき）のように縛られたことなんてなかった。でも、鹿丸の言うことも一理ある。自分一人じゃ動くこともできないのに、軍に戻るなんて無理だ。今は我慢するしかなさそうだ。旅の時間は退屈極まりない。誰かと話すのが、唯一の気晴らしだった。
龍飛は鹿丸の奇妙な格好を見ながら問いかけた。彼も自分と同じような服を着ていて、髪型も古風だ。龍飛は笑いながら尋ねた。「なあ、君たち映画かドラマの撮影か？どんな時代のやつ？俺、歴史劇が大好きなんだ。特に衛青や霍去病が匈奴を討つあたりの話が最高でさ。」
「映画？」鹿丸は首を傾げた。「衛青に霍去病？そりゃ武帝の頃の話だろ。今の大漢（たいかん）には、そんな栄華なんて残ってないよ。国内は乱れて、奸臣がのさばり、外敵の山賊どもが虎視眈々と狙ってる。もうすぐ九原（きゅうげん）まで攻め込んでくるって噂さ。俺たちの平和な日々も、もう終わりさ。」
「……え？何？大漢？今って大漢なの？」龍飛の頭の中も混乱し始めた。「いま、何年だって？」
「今は中平六年。いや、違った！この前、県令が言ってた。改元されて永漢元年になったんだって！」鹿丸は指を折りながら思い出している。
「中平六年……永漢元年……」龍飛はそれがいつなのか全く分からなかった。続けて尋ねた。「その、今の皇帝って誰だ？」
「はは……」鹿丸は肩をすくめて微笑んだ。「正直よくわからないけど、今の皇帝は献帝さ。うん、献帝だよ。」
「漢献帝、劉協……？」その瞬間、龍飛の頭の中が真っ白になった。
鹿丸は目を見開いて叫んだ。「な、なんだって！？ お前、陛下の諱（いみな）を直に呼ぶなんて……首が飛ぶぞ！」そう言いながら、周囲を気にしてきょろきょろした。
龍飛は泣きたくなった。――これは何なんだ？ 昔の言葉で言えば「一夜にして解放前に戻った」ところか、こっちは「一夜にして紀元前」だ。歴史は好きだった。いろんな歴史書を読みあさっていて、特にお気に入りは羅老先生の『三国演義』。でも、自分がネット小説みたいに本当にタイムスリップするなんて夢にも思わなかった。神様、ふざけるなよ……！
その瞬間から、龍飛は黙り込んだ。馬車の後部で仰向けに寝たまま、じっと天井を見つめて、一言も発しなかった。両親のことを思い出し、婚約者の顔が浮かぶ。――これは一体何なんだ？ 絶対に元の世界に戻らなきゃ。方法を探さないと。
彼は体を起こそうと必死で力を込めたが、まったく動かなかった。鹿丸が焦って飛び寄り、慌てて押さえつける。「ダメだって！そんなに動いちゃ！大姐（だいねえ）も言ってたろ、これ以上無茶すると本当に下半身不随になるって！」
泣きたくても涙は出ない。胸にこみ上げるこの感情――うまく言葉にできない。もどかしさ、焦燥、痛み、悲しみ、そして――わずかな高揚感、孤独感……。
日がすっかり暮れかけた頃、馬車の前方に土づくりの城壁が見えてきた。御者が鞭を打ちながら高らかに叫んだ。「皆さん、見てください、前方が雲中城です！ちょうどよかった、まだ城門が開いてる！もう少し遅れてたら、締め出されるところでしたよ！ 駕っ！」
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