細い白い指先が薄緑色の飴を拾い上げる。
「どんな味?」
吉田静香は瞬きをして、再び口を開いた時の声はやや柔らかくなっていた。
「ミント味よ」
木村隼の視線が数秒間止まった。彼が常に持ち歩いている飴もミント味だった。
「食べさせろ」
静香の瞳孔が一瞬揺れたが、隼の威圧的な眼差しを見て、「いいえ」という言葉を口にすることができなかった。
そのため、おとなしく透明な包み紙を剥がし、薄緑色の飴を彼の口元へ差し出した。
隼は少し口を開き、ミント味の飴を口に入れた。意図的かどうかは分からないが、舌先が柔らかく冷たい指の腹に軽く触れた。
静香の体は一瞬硬直し、耳たぶから熱が広がっていった。
飴を食べているにもかかわらず、隼の視線は静香の顔から一秒も離れなかった。
静香は顔が熱くなるのを感じていた。ちょうど車が校門前に停車したので、彼女は赤くなった顔で隼の腕から抜け出した。
「わ、私、着いたわ」
「送ってくださってありがとう、木村様。さようなら」
言い終わるや否や、静香は車のドアを開けて降り、急ぎ足で学校の門をくぐった。
隼は彼女の純白のスカートの裾と、その下の均整のとれた細い白い足を見つめた。
彼は指先で軽くタップし、ゆっくりと口を開いた。「調べろ」
原作の記憶どおり、静香は寮に戻った。
ドアを閉めると、彼女は元の持ち主の小さな世界を観察した。
清北大学の服飾デザイン科はとても入学が難しく、今年の入学者はわずか23人だった。
全て個室だ。
元の持ち主はデザインの才能があり、小説ではあまり詳しく描かれていなかったが、記憶から彼女がすでにチャイナドレス業界で名の知られたデザイナーであることがわかった。
机の上には何枚か乱雑なデザイン画が置かれていた。静香がそれを手に取ろうとした瞬間、スマホにメッセージが届いた。
木村文也(きむら ふみや)「三時、帰りバー1888」
短い一言のメッセージを見て、静香は嘲笑うような表情を浮かべた。
文也はこの小説の男二号で、元の持ち主の中高時代の同級生だった。木村姓を利用して、彼女の学費を援助していると嘘をついていた。
元の持ち主はそれを信じ込み、6年間も彼の後をついて回り、さらには文也の仲間たちからは「お手伝いさん」と呼ばれていた。
大学に入ってから、彼女はようやくそれが全て嘘だったことを知った。
そのことで文也と大喧嘩し、今日を含めて半月も連絡を取っていなかった。
原作では、今日は元の持ち主が侮辱され、文也との関係を完全に断ち切る日だった。
結末を知っている以上、静香は行くつもりはなかった。
筋書き通りに動く時間があるなら、デザイン画を完成させた方がいい。最近、急いで仕上げなければならない注文がいくつかあるのだから。
鉛筆を手に取ったその瞬間、突然の激痛が心臓から波のように押し寄せてきた。
手の中の鉛筆が未完成のデザイン画の上に落ち、静香の顔色が一瞬で青ざめた。
どうなってるの?
小説には元の持ち主が心臓病を持っているなんて書かれていなかったはずだ!
鋭い痛みで静香はもう少しで気絶するところだった。
突然、いくつかの映像が脳裏に素早く浮かんだ。
カフェで母親が突然の心臓発作を起こし、態度が急変したことを思い出し、静香は何かを悟ったようだった。
彼女は痛みを我慢して立ち上がり、スマホを取って寮を出た。
案の定、寮を出た瞬間、心臓の痛みはかなり和らいだ。
静香は心の中で天道を激しく罵り、諦めて帰りバーに向かってタクシーを拾った。
十数分後、静香は1888号室の前に立っていた。
「木村さん、あと2分で3時だけど、お手伝いさんはまだ来ないの?」
隙間から、賑やかな笑い声が聞こえてきた。
静香がドアノブに手をかけると、文也の声が耳に入ってきた。
「焦るな、彼女は必ず来る」
絶対の自信がある声だった。
静香は嘲笑うように口角を上げ、ドアを押して中に入った。
部屋内では耳をつんざくような音楽が鳴り響き、まばゆい光に静香は目がくらんだが、それでも彼女の視線はソファの中央に座る文也の姿を正確に捉えていた。
「くそ!あと1分だった!」
男の怒りの声とともに、躍動感のある音楽が突然止まった。
部屋全体が一瞬で静まり返った。
全員の視線が入口に立つ静香に釘付けとなった。
まばゆい光が彼女の白い顔の横を過ぎ、まつげを長く伸ばしているように見せ、彼女全体が柔らかく清潔で、少しも怒りの気配がないように見えた。
しかし彼女がそこに立っているだけで、誰も彼女の存在を無視することはできなかった。
彼女はあまりにも美しかった。
文也は目を細め、まるでペットを呼ぶように彼女を呼んだ。
「静香、こっちに来い」
静香が歩き出すと、周囲から囃し立てる声が上がった。
「くそ、マジで従順だな!」
「やっぱり木村若様は運がいいよな。こんな上玉を側に置いて、抱いたらどれだけ気持ちいいんだろうな」
文也は聞こえなかったふりをして、口角に笑みを浮かべ、静香が一歩一歩自分に近づいてくるのを見つめていた。
孤児で、美しく、性格も柔らかい。側に置いて愛人にしても構わないと思っていた。
静香の澄んだ瞳の奥に冷たさが沈み、彼女は振り返って先ほど発言した男を見た。男は即座に黙り込んだ。
部屋の雰囲気が一気に緊張した。
言うことを聞かない静香を見て、文也の表情が沈んだ。
「静香、お前は言うこと聞かなくなったのか?」
静香は振り返り、再び文也を見た。
「言うこと聞く?」
彼女は淡い笑みを浮かべた。
「あなたが何様のつもり?私があなたの言うことを聞くと思う?」
一瞬、全員が息を止めた。視線が彼女と文也の間を行ったり来たりした。
文也の瞳の奥に怒りが沈み、顔から笑みが完全に消えた。
「静香、お前、自分が何言ってるか分かってるのか?」
「俺が嘘ついたことを怒っているんだろ?もう半月も冷たくしてるじゃないか、いい加減にしろよ」
彼の言葉には脅しが含まれていたが、静香はまったく怯まなかった。
こんな静香を見て、文也の心臓は激しく鼓動し、何か大切なものが自分の掌握から外れそうだと感じた。
「丸6年間、あなたの嘘のせいで、私は忠実な犬のようにあなたの後をついて回った」
「ちょっと手招きするだけで、私は尻尾を振って喜んであなたの方に走っていった」
「あなたは私を弄び、私に気性がないからといって好き勝手に扱った」
静香は冷然と口角を上げ、冷たい声で言った。
「あなたが私を騙した瞬間から、私を失うことは決まっていたのよ」
文也の瞳に信じられないという色が浮かんだ。彼は常に自分に従順だった静香が自分との関係を切る決意をするなんて信じられなかった。
「文也、もう二度と会わないわ」
言い終えると、静香は振り返ることなく部屋を出た。
後ろからワインボトルが割れる音が聞こえ、静香は淡く笑った——ああ、文也の心が折れる音だ。
彼女は文也に平手打ちをかましたい衝動に駆られたが、そんな行動は明らかに元の持ち主の性格に合わないため、言葉で攻めるしかなかった。
静香が次の展開を思い出しながら歩いていると、不注意で角から出てきた人とぶつかってしまった。
「気をつけて」
突然の浮遊感に彼女の心臓は早鐘を打った。
彼女は急いで目を上げ、深く暗い欲望を秘めた瞳と視線が合った。
「大丈夫?」
腰に当てられた手のひらが少し力を入れ、耳元でゆったりとした呼吸音が聞こえ、見覚えのあるミントの香りがゆっくりと迫ってきた。
強引さと鋭さを兼ね備えている。
「また会ったね、静香」