「この怠け者!いつまで寝てるんだい!こんな怠けた娘、他にいるもんかね!まったく、あんたの母親が甘やかすからだよ!」暗闇の中で、大塚美咲は懐かしくも耳障りな怒鳴り声を聞いた。
「ドンッ」と乱暴に扉が開く音がして、次の瞬間には布団をめくられ、腕を引っ張り起こされた。
美咲は完全に目を覚まし、顔を上げると、そこには深い皺の一つ一つに嫌悪の色を刻んだ祖母――大塚家の老婦人が、顔を近づけて睨みつけていた。
「さっさと起きてご飯の支度しな!休みだからって何もしないで寝てるんじゃないよ!うちでタダ飯食ってると思ってるのかい!」祖母は罵りながら美咲を放し、「こんな怠け者、どこの家がもらってくれるかね!」と吐き捨てて、ずかずかと出て行った。
美咲は呆然とその背中を見つめた。
……自分、死んだはずじゃなかった?
仕事のストレスと過労、それに運動まで重ねて、突然倒れて――あのとき、確かに息を引き取ったはず。
祖母ももう何年も前に亡くなっていたのに。
けれど今――
自分の手を見ると、若い娘とは思えないほど荒れていた。三十八歳のときの手の方がよほど綺麗だった。
見回せば、そこは粗末な村の家屋。弟の大塚浩司がまだ小さい頃、二人で一つの部屋を使っていた。だが弟が成長してからは、兄妹が同じ部屋というわけにもいかず、祖父母が物置を片付けて彼女の部屋にしたのだ。
湿っぽく薄暗い部屋。壁には黒いシミが浮いている。
ベッドから起き上がり、壁に掛けられたカレンダーに目をやる。――本当に戻ってきた。二十年前に。
信じられず、頬をつねる。痛い。夢じゃない。
「美咲!何してるんだい、早くしな!」外からまた祖母の怒鳴り声が響いた。
美咲は慌てて身支度を整え、台所へ向かった。外はまだ薄明るいだけ。
台所では、母の斎藤淑子(さいとう きよこ)が薪をくべていた。
「……お母さん」かすれた声で、やっとの思いで呼びかける。
「はいはい!」淑子は美咲を手招きし、こっそりゆで卵を一つ握らせた。「これ、先に食べなさい。いいのよ、あんたは働かなくて。おばあちゃんが来たら、ちょっと手を動かすふりだけしときゃいいんだから」
大塚家の年寄りは男尊女卑がひどい。けれど、淑子だけは娘を密かにかばっていた。力も立場も弱い彼女にできることといえば、それくらい。
美咲は手の中の卵を見つめる。まだ熱い。そして母の荒れた手――火傷の痕や傷跡が痛々しい。
前の人生で、美咲は祖父母の差別を恨み、愚孝な父を恨み、何もできない母を恨み、弟にすべてを奪われたと憎んでいた。だからこうして母がこっそり何かをくれるたび、かえって腹が立っていた。
――なぜ、同じ家の子どもなのに。――なぜ、私だけがこそこそ食べなきゃいけないの?
まるで盗み食いでもしているみたいに。
だからいつも、渡されたものを突き返していた。
昔、一度だけ同じようにゆで卵をもらったときも、「いらない」と言って突っぱねた。母の顔が寂しそうに歪んだのを、今でも覚えている。
美咲は目を閉じ、熱くなるまぶたを押さえた。しばらくして顔を上げると、母はまた不安そうな目でこちらを見ている。
美咲は鼻をすすり、微笑んだ。「……うん、いただく」
そう言って、宝物のように卵をそっとむいた。
その姿を見て、淑子の胸が痛む。娘が、たった一つの卵をまるで宝石のように大事そうにしているのだ。
美咲は殻を火の中に投げ込み、跡形もなく燃やした。祖母に見つかればまた騒ぎになる。
それから母の隣へ行き、卵を二つに割る。「お母さん、半分こしよ」
「いいのよ、私は――」淑子は断ろうとした。美咲のためにわざわざこっそり取っておいたものだし、どうして自分が食べられるだろう。
この家では、毎日大塚家の老翁、美咲の父親、そして浩司だけが毎日一つの卵を食べられた。
美咲と淑子どころか、大塚家の老婦人さえも卵はなかった。
しかし美咲は淑子が口を開いて断ろうとした瞬間を捉え、卵の半分を彼女の口に押し込んだ。
そして残りを自分の口へ。
二人は見つめ合って、ふっと笑った。
淑子は笑いながら、涙ぐみ、切った野菜を見つめてその半分の卵をゆっくり飲み込んだ。
手を洗った美咲は袖をまくり、まな板の前に立つ。「少しでも早く済ませましょう、お母さん」
「でも、あんたは休んでていいのに……」
「いいの、一緒の方が早いし、楽しいから」
前の人生でも、母は無理に働かせようとはしなかった。「手を動かすふりだけしてればいい」と言ってくれた。けれど、その優しささえも、美咲の胸には棘のように刺さっていた。――結局、おばあちゃんに見つかったらまた殴られるだけなのに。
守ってくれもしないくせに、どうしてそんな中途半端なことを言うの?そう思うたびに腹が立って、言うことなんて聞かなかった。
わざと大きな音を立てて鍋を叩き、まな板に包丁を叩きつけながら、心の中の苛立ちをぶつけるように家事をしていたのだ。
淑子は少し驚き、そして顔を下げ、袖で目を拭った。
「……ごめんねぇ、母さん、何もできなくて……」
「お母さん」美咲は優しく遮った。かつて鬱陶しいとしか思えなかったその口癖も、今は懐かしくて泣きたくなる。でも泣く代わりに話題を変えた。
「浩司、もう出かけた?」
大塚浩司は町の小学校に通っており、少し遠いため、毎朝日の出前には家を出ていた。
「うん。おまんじゅうと卵と牛乳を持たせたの。……あっ……」母は口をつぐんだ。牛乳のことを思い出したのだ。
母は、自分にはこっそり卵を与えられるが、牛乳までは与えられない。
牛乳は町で買う高級品。祖母がきっちり数を数えているから、一袋でも減ればすぐに気づく。男たちの分しかなかった。
「お母さん」美咲はそっと言った。「もう、そんなに気を使わなくていいよ。……今まで私、わかってなかった。お母さんの苦労も、優しさも。でも今は大人になったし、もう自由気ままに感情を爆発させることはしない」
神様にもう一度チャンスをもらったのなら、今度は違う生き方をする。――小林彰人とは関わらない。――小林家とも縁を切る。そして家族みんなを、もっと幸せにしてみせる。