「あれ? 拠点に帰るんじゃないの?」
六花を乗せた黒いジュエルナイトが着地したのは、見知らぬ貨物艇のコンテナの上だった。もちろんその貨物艇も魔導結界炉によって宙を浮いて航行している。
地上までの距離は目視だけでイカルガよりも低い位置を飛んでいるが、それでも落ちたらひとたまりもないのは一目瞭然だ。
『当たり前でしょ。失敗しようが成功しようがあの拠点はすぐに放棄する予定だったんだから』
「そうなんだ」
知らなかった。
フェイは知っていて自分は知らない。六花の胸の奥に不安と疑心が生まれる。そんなことを思っている内にコンテナの屋根の一部が重低音を響かせて扉のように開いた。そこから黒いジュエルナイトはコンテナ内に着艦する。
どうやら中はジュエルナイトの格納庫だったようだ。
六花が黒いジュエルナイトの手から降りると、黒いジュエルナイトは格納場所に移動し固定器具で拘束される。直後、黒い閃光が黒い躯体を包み、瞬く間に素体状態へと変貌する。
胸部中央のコックピットハッチが開かれ、フェイが大きなあくびをしながら、ハッチから伸びたワイヤーを伝って降り立つ。
「行くよ、六花」
「うん」
六花はポーカーフェイスを貫いているつもりだが、フェイからしてみれば疑心暗鬼になっているのが丸分かりだった。
フェイはやれやれと言った面持ちで溜め息をついてから耳打ちで、
「大丈夫。アンタは死なないから」
とさらに六花を困惑させた。
正直、フェイ自身もどうしてそんなことをしたのか分からなかった。ただ、六花には悲しい顔や苦しい顔をして欲しくなかった。
丁度その瞬間、格納庫の扉が勢いよく開かれた。
「貴様! ローゼの命はどうなった!」
格納庫内に怒号が響き渡る。
仮面の男だ。その後を続くように仮面を被った槍やら剣を腰に差した集団がぞろぞろと格納庫に入ってくる。
声にはやはりエコーが掛かっているため声での特定は不可能だった。と言っても六花はこの世界に来て仮面の集団とローゼ達にしか会っていない。そのため、特定する相手がそもそもいないというのが現実だ。
この時点ですでに嫌な予感しかしない。
六花は先程から続くクラクラした感覚が目眩に変わり、それが波動酔いとは別の列記とした体調不良であることを確信する。それでも気を失うほどではない。
「……殺せなかった」
「なんだと! この役立たずが!」
「ッ!」
六花は思わず仮面の男を睨んでしまった。
仮面の男はその態度が気に食わなかったのかさらに声を荒げる。
「お前が護衛をちゃんと足止めしておけば失敗しなかったんだぞ! 分かっているのか!」
なんともまあ恥ずかし気もなく言えたものだ。
二騎目のジュエルナイトの登場なぞ、容易に予想できたはずだ。暗殺する相手が姫皇なら尚更予想できて当然のことだ。
「アンタが殺すはずだっただろう?」
六花は無表情で言い返した。言い返してしまった。無表情なのは癇に障ったからではない。目眩のせいか判断力が鈍くなってしまっているからだ。
(これ、まずいかも……)
少しずつだが後頭部の辺りが痛み始めてきた。同時に首筋にも違和感を覚え始める。痛みというより熱が籠っている感覚に近い。
「ええい! コイツを取り押さえろ!」
六花の背後に回り込んでいた仮面の兵士が六花を取り押さえようと肉薄する。
「ぅわっ!」
六花は取り押さえられるや身体をまさぐられる。すると服の隙間からカードのような物が一枚ひらひらと落ちてきた。
初めて見るそれに六花が困惑する。
そんな六花を置いて仮面の集団はカードを見るやうろたえ始める。
「これは魔導発信機です! それも盗聴効果が付与されております!」
仮面の兵士の一人が言うと、仮面の男はすぐさま踏み潰した。
「貴様! これはどういうことだ! まさかローゼの口車に乗ったのか!」
「そんな訳ないだろ! 俺は何も言ってない!」
あらぬ疑いを掛けられ六花の顔色がどんどん悪くなっていく。
「ふん、所詮は異世界人! 元の世界に帰れると言われればどこにでもついていく陳腐な存在だな!」
「なんだと!」
「この際はっきり教えてやる! この世界に異世界人、つまり、お前を元の世界に返す手段などない! お前はただの暗殺計画に必要な捨て駒だったのだ!」
「そ、そんな……」
言葉を失った。
いや、薄々気づいていた。
知らされていない貨物艇での逃亡。素性の一切を明かそうとしない集団。そして、何より自分への扱いがローゼ達とは明らかに違う。イカルガから独房を吊るされるという罰は受けたが、姫を暗殺しようとした者に対する処罰にしては軽すぎる。
「……騙したんだな!」
六花は確かな怒りを覚え、今度こそ包み隠さず感情を曝け出す。
仮面の男は六花を見下しながら鼻で笑うとおもむろに右手を挙げる。それが合図となり、六花の周りを仮面の兵士達が取り囲む。
「死ね、異世界人!」
最後に仮面の男が自分の剣を抜いた瞬間、六花は跳び蹴りを胸部に炸裂させる。
「ウゲッ!」
仮面の男は情けない声を上げて吹っ飛ばされる。
六花は仮面の男を視界の端で捉えつつ、後方から迫る槍の切っ先を紙一重で躱し、兵士の鳩尾へ拳を一発打ち込む。さらにその背中を足場に跳躍し、斬り掛かろうとしていた剣を持った兵士の顔面、いや、仮面に跳び蹴りを喰らわせる。
さらに着地すると同時に身を低くし、コマのように身体を回転させて別の剣を持った兵士の足を払う。
瞬く間に打ちのめされていく仮面の兵士達。
しかし、その数が一向に減ることは無かった。
段々と息が荒くなっていく。額だけでなく全身から疲れとは別の汗が流れてくる。身軽だったはずの身体も疲労からではない怠さによって重くなっていく。
その様子を観察していた仮面の男は勝機とばかりに高らかに笑い始める。
「そうか! 発症したのか! この世界特有の風土病に!」
「……風土病?」
「異世界人であるお前がこの世界に慣れるのには時間が掛かる。それがこの風土病だ! お前はまもなく死ぬ!」
「ッ! それでも!」
六花は仮面の男に向かって全力で駆け出す。
仮面の男は一瞬たじろいだものの、剣を構え迎え撃つため振りかぶる。
しかし、もう遅かった。
六花は目にも止まらぬ速さで仮面の男の懐に入り込むや右拳を鳩尾に打ち込む。すると仮面の男の足がふわっと床から浮いた。さらに続け様に左脚による回し蹴りを右側頭部に叩き込み蹴り飛ばす。
仮面の男の身体は綺麗な弧を描いて固い格納庫の床に背中から激突した。
六花は気が済んだ訳ではないが、少々やり過ぎたかな、と思い反省する。
直後、格納庫の壁が外側からの攻撃により大爆発を起こして大穴を空けた。
危うく巻き込まれそうになった六花だったが、それを助けたのはフェイだった。困惑する六花を他所にフェイは薄紫の髪をかき上げ、格納庫に空いた大穴から侵入してくるジュエルナイトを睨みつける。
赤いジュエルナイト。
ローゼを護衛する親衛隊長のサーニャ・ブランカの機体だ。
『見つけた!』
サーニャの声が外部マイクから出力される。その声はどこか焦っているようにも思えたが、赤いジュエルナイトは足早に六花の下へと歩み寄り膝をつく。
『おい、お前! 男の騎操師!』
「俺……?」
『ぼさっとするな! 早く乗れ!』
「え、でも……」
六花は赤いジュエルナイトと仮面の集団を交互に見る。
もう決別した相手とこれ以上一緒にはいられない。と言うより、自分を騙し、命を狙ってくるような連中の船に残る意味はない。それでも信用していいのか、疑心が六花の判断を鈍らせる。
その背中を押したのはまさかのフェイだった。
「行きたきゃ行きな」
言ってフェイは六花を一瞥してから格納された素体状態のジュエルナイトの方へ駆けていった。
出撃すると言うことは赤いジュエルナイトと戦うつもりなのか。
ならば早くこの場から去った方がいい。
六花は酷い倦怠感に蝕まれながらも赤いジュエルナイトの掌に乗り、サーニャと共に逃亡することを選んだ。
この判断が吉と出るか凶と出るか。それはすぐに分かることになる。
読んでくださりありがとうございます!
良ければコメントや応援をして下さるとうれしいです!
よろしくお願いします!
Creation is hard, cheer me up!
Like it ? Add to library!
Have some idea about my story? Comment it and let me know.