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Chapitre 12: 第12話 そんなものはない

「ここがステイルの街かぁ。やっと着いたぁ~……」

 

 俺は街の入口で長く息を吐くと、体から力が抜けるように項垂れる。

 肉体的な疲れはないものの、ここまで十日ほどかかった旅というのは精神的に疲労を感じていた。

 日本にいた俺は旅行の往路など最長で三、四時間ほどしか体験したことがないからだ。

  

 日を跨いで――それも一週間以上という時間を移動に費やすということ自体が、日本では自発的に行わなければ体験できないだろう。

 

 けれど、同時に達成感ともいうべきものを感じて、胸が高鳴るのを感じる。

  

「私も来るのは初めてだ。水が有名らしい」

「水?」

「ああ、あの山で磨かれた水で茶を淹れると美味だと評判だ。資源に恵まれているとこのように街も栄える」

 

 馬を歩かせながらそんな知識を披露してくれるアリアの言葉に、俺は街を見渡した。

 獣対策の外壁もあって、ここまで来るのに寄った村などと比べると建物の背も高い。

 

 特に水が有名とあるだけに、街のそこかしこに水路が引かれているのが見える。

 水の都、とまではいかないが、街の中にも草木などが多くあり、豊穣な土地なのだろうと思った。

 

 遠くには市場のようなものも開かれていて、森の中では聞こえなかった人の喧騒がある。

 

 けれど――。

 

「……なんか雰囲気暗くない?」

「そうか? 私にはわからんが」

 

 それは本当に些細な違和感だった。

 

 俺はこの街に初めてきたというのに感じ取れる、覇気のなさ。

 市場の規模からしてもっと大きな喧騒があってもよいと思うのだ。

  

 これが普通と言われれば納得してしまうだろうが、どこかおかしな空気が漂っている気がする。

 

「とりあえず馬を置いて、宿を取るぞ。久しぶりにベッドで眠れるな」

「あぁ、うん」

 

 俺は違和感に後ろ髪を引かれつつ、アリアに従った。

 

 これまで付き合ってくれた馬もゆっくり休めるように厩舎に預け、比較的広い道に面する宿を探す。

 幸い、アリアのおかげで金には困っていない。だから安全で、かつグレードの高い宿に泊まれるのだ。

  

 こういったところは俺の思っていたファンタジー世界と合致していて、気分が高揚する。

 ちょうどいい宿を見つけると、俺たちはさっそく中に入って受付に話しかける。

 

「……いらっしゃいませ」

「部屋を借りたい。三泊だ」

「かしこまりました」

 

 アリアは淡々と受付とやりとりをして、提示された料金に少し上乗せして払った。

 こういうところはこなれているというか、貴族にしては率先して自分で動くタイプだ。

  

 俺はそれについていくだけでいいので、ある意味、楽ではある。金も出さず、口も出さず、男としてどうなんだと思うところはあるが。

 

 そんなことをぼーっと考えながらアリアについていき、部屋の扉を開けると――。

 

「まぁこんなものか」

「……ん?」

 

 ――一つの部屋にベッドが二つあった。

 

 おかしい。何も考えずについてきてしまったが、仮にも俺とアリアは異性である。

 部屋が空いていなかったわけでもないのに、男女が一つの部屋に泊まる。

  

 それは結構マズいことなのでは、などと今更な疑問が浮かんだのだ。

 

「……同室なのか?」

「何か問題があるのか」

「え、えっと……」

 

 問われて、俺は考える。

 だが、中々にセンシティブな話なので俺はしばし考えた後に、それっぽいことを言った。

  

「ほ、ほら、プライベートの時間が欲しいとか、見られたくないものもあると思うんだけど」

「そんなものはない」

「え、えぇ~……」

 

 スッパリと言い切ったアリアに、俺はそれ以上の反論ができなくて、結局は同室で過ごすことになったのだった。

 俺と同じ部屋で寝ることに忌避感も遠慮も感じさせないアリアの態度に、俺はもやっとしたものを感じる。

  

 ……俺はやっぱり犬か何かだと思われてるんだろうか?

 

 そんなことを思いながら、久しぶりに屋外でもなく、清潔な部屋で休めることに俺は安堵するのだった。


L’AVIS DES CRÉATEURS
阿澄飛鳥 阿澄飛鳥

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