目覚めたら、知らない部屋にいた。
いや、本当に知らない。なんか薄暗い、石で出来た地下室みたい所にいる。今見てるのは天井か? 光源がLEDっぽくないな。なんだ、ここは?
どういうことだ? 俺はさっきまで警備の仕事で同僚とビルの中を歩いていたはずだが……。
「っ!? 動いた! お願い! 私の言葉がわかりますか!!」
状況がゆっくり考えさせてくれない。焦りを帯びた呼びかけが直ぐそばから聞こえた。ゆっくりと視界が下に動く。なんか、動きがぎこちないな。それに手足の感覚もおかしい。
目の前で声をかけてきたのは、金髪の女の子だった。年頃は二十歳くらいだろうか。もっと若いかもしれない。背中まで流れる綺麗な髪、形の良い眉の下には綺麗な青い瞳。有り体に言って美少女。それも、品の良さを感じさせる雰囲気のある子だ。
その女の子は何故かボロボロだった。髪も顔も、着ている地味な服も全て薄汚れている。顔つきだって、疲労の色が濃い。
何らかの大変な状況にあることは間違いないようだった。
そして、俺は上手く反応できない。
さっきからずっと、「ここはどこだ?」「あなたは誰だ?」「どんな状況?」と言おうとしてるんだけれど、全く声が出ない。
「お願い……力を貸して……」
今にも消え入りそうな切実な声音。こちらに向かって真摯に見つめてくるその瞳に映る姿を見て、理解した。
俺、ロボになってる。角張った頭にモノアイの、ちょっとほっそりした人型二足歩行ロボだこれ。
試しに腕を見てみる。五本指のマニピュレーターが見えた。腕の部分は一部装甲がなくてフレームがむき出しだ。それに割と汚れてる。
なんか、整備途中というか、古いという感じだな。
『魂の定着を確認。最適化5%』
急に声が聞こえた。優しげな女性の声だ。それと、視界に色々な情報が表示される。
一瞬、わけのわからない文字が並んだが、すぐに日本語に変換された。
『最適化10%』
「今度はなんだ? 誰か説明してくれよ」
思わず呟くが、声は出ない。
しかし、答えはあった。
『はじめまして、オオバヤシ・イツロウ様。私は当機の支援システム、インフォです』
支援システム?
『当機、汎用万能魔導機体ユルの稼働には魂の定着が必要でした。呼びかけたミナティルス家の子孫との適合率が高い魂を検索した結果、貴方が選定されたのです』
ロボだけどファンタジーってことか? えっと、俺はこの子と相性がいいってことかな?
視界の向こうで泣きながらも、少女はじっと俺を見つめ続けている。動き出すのを待っているように。
『はい。当機の発声機能は故障中ですが、貴方の意志を伝えることが可能です』
「話せないのか。不便だな。動けないし」
『現在、貴方の魂を当機への最適化を優先しております。現在、15%』
「そうか。上手く動けないのは最適化ってやつが進んでないからなんだ」
実はさっきから立ち上がろうとしてるんだけど、まったく体が言うことを聞かないんだ。
『最適化20%。質問があれば、遠慮なくおっしゃってください』
「……俺は、死んだのか?」
記憶に残っているのは若い子と警備の仕事中、強盗と鉢合わせたこと。何とか取り押さえたけど、向こうはナイフを持っていた。俺は若い子をかばって刺された。
そこからの記憶はない。
『当機に魂を呼び込めたことから、そのように判断できます。ご一緒に仕事をされていた同僚はご無事かと思われます』
「そんなことまでわかるのか?」
『魂を定着する際、貴方の記憶が読み込まれております。薄れゆく意識の中、同僚と思われる方々が到着する音が聞こえました』
「そうか……。良かった、無事だったか」
一緒に働いてたのはこの春高校を出たばかりの子だった。最近、彼女が出来たって喜んでた。無事で何よりだ。独身で家族もいないおっさんが生き残るより、余程いい……。
『最適化、25%。勝手に記憶を読んだことはお詫び致します』
「いや、いいよ。恥ずかしいけど、話が早い」
一応、状況は飲み込めた。俺は死んだ。それで、異世界のロボに宿った。
さて、どうする?
『最適化、30%。立てます』
とりあえず、立ち上がった。ゆっくりと視界が上がる。結構背が高いな。二メートルくらいありそうだ。
「た、立ち上がってくれた! 本当に、力を貸してくれるの……?」
少女が表情を明るくしつつも、不安げに聞いてくる。
「この子が何をお願いしようとしてるか、わかるか?」
『推測。外部からの襲撃を受けております。音声センサーに衝撃音あり』
襲撃? 俺はゆるふわ異世界ファンタジーが好みなんだが。そこで女の子とくっつきそうで、くっつかない感じでスローライフしたい。
『最適化35%。残念ながら、当機体の現状はスローライフからは遠いかと思われます』
「そうか。とにかく、状況確認をしないとな」
ロボとはいえ、異世界転生して速攻で死ぬのはごめんだ。
俺は目の前の女の子に、何が起きてるか教えてくれ、と心で語りかけてみた。インフォが言うには、意志が伝わるらしいから。
「っ! これは……はい! 外へ!」
一瞬だけ、俺と少女の体が輝いた。淡く白い光。不思議な光景だった。
『管理者認証完了。最適化40%』
「管理者って、あの子か。……せめて俺の了承もとってくれよ」
管理者権限ってのは相当のことができるはずだ。そういうのはロボ側だって合意がいるんじゃないか?
『ご安心を。意志を交わすための儀式のようなものです』
「そうかい。それならいいが……」
少女は軽く駆ける勢いで俺を先導する。足元の石畳を歩くたび、硬い金属音が響く。少し、ふらつくな。
『最適化、45%。歩行のためのバランス調整を同時に行っています』
ロボットだって、目覚めていきなり走ったりはできない。そんなところだろう。
歩く場所は床から階段になっていた。少しずつ、地上に向かっている。
「外、明るいから眩しいかも。いえ、貴方には関係ないかな?」
階段の終点、重そうな扉の前に立つと少女はそう言った。
『最適化、50%。視覚機能の調整は完了しています』
インフォの声が聞こえる。大丈夫なようだ。
開けてくれ、と思うと少女が頷いた。
「ミナティルスが命じる、開け」
少女がペンダントを掲げて言うと、扉が一瞬光ってゆっくりと開き始めた。
扉の向こう、外の世界が俺の視界に入ってくる。