「ぶしつけな質問を致しますが。ヴェル様は金を錬成することなどできるでしょうか?」
遺跡の地下で充電(魔力)をした翌朝、執務室に入るなりエミリがそんなことを聞いてきた。
唐突な質問だ。でも、意図は何となくわかった。お金の話だな、さては。
『現在の設備では金の錬成は不可能です。設備への魔力流入量が少なすぎます』
「できるのか、金……」
恐ろしいのはこの体だけじゃなくて、地下の遺跡も同様のようだった。この世界の経済がどうなってるか知らないけど、金を沢山作ったら影響がでるんじゃないか?
そんな心配をしつつ、出来ない旨をアンスルに伝える。
「そう。さすがにヴェルでも無理よね……」
特にがっかりした様子もない。そりゃあそうだろう。ポンポン金を作れると思うほうがどうかしている。そして、この世界でも金は希少で価値ある金属なのは確認できた。
「城壁、土地の耕作、水路、ヴェル様のおかげで数年はかかる作業が数日で終わりました。まず、これらにお礼を申し上げます」
エミリは深々と頭を下げた。それから、数字の書き込まれた紙を俺とアンスルに示す。
「畑に対しては事前に用意していた秋植えの麦と秋の作物。少し、時期が遅いですが育てないよりはいいでしょう」
「そうね。でも、冬越しのための食料が心もとないわね」
元々あった畑は荒らされ、倉庫も壊された。村内の倉庫にはそれほど備蓄がない。冬は生き物に厳しい季節だ。二十一世紀の日本で暮らしていると殆ど意識することはなかったけど。
いくら俺でもその場で食料を生み出すことはできない。
「私達はただ冬越しをするだけじゃ駄目。まず、ちゃんとやっていけていること、この村に価値があることを示す必要がある」
まるで実感はないけど、アンスルは王族の権力争いの只中にいる。その上で、強くなると宣言した。
その覚悟の乗った瞳は、次の一手があることを示している。
案を聞かせてくれ、という俺の意志に答え、アンスルが口を開く。
「東の森の奥に、エルフの集落があるの。彼らと取引します。ヴェルがいる今なら、できるはず」
どういうことだ? この疑問も伝わったらしく、エミリがこちらを向いた。
「入植直後、交流を持とうと接触したのですが、すげなく断られました。まず、この地で生きていけることを証明せよ、と」
「付き合う価値すら認められなかったけど。今ならヴェルの存在がそのまま取引材料になるわ」
そういうものなのか? むしろ、より悪い情勢で、村の存続が出来るかの瀬戸際にあると思うんだけど。
『私達の存在は、強大な戦力、アンスル様の魔法の知識の証明、もたらされる知識、と多くの可能性を示唆するでしょう』
インフォが教えてくれた。言われてみれば、俺がいること自体に価値があるのか。そりゃそうだ。どうも、まだこの世界のことが把握しきれてないな。
エルフからは何が期待できるんだろう? そんな疑問がそのままアンスルに伝わる。
「エルフ達は森の奥で果樹の栽培をしている他、冬に育つ作物の種を保管している。単純に、彼らの森で狩りをさせて貰えるだけでも大きいわ」
『我々にとってもメリットがあります。東の森の奥には、遺跡があります。再稼働に成功すれば、村の地下設備への魔力流量が増加するでしょう』
「なにより、エルフと協力関係を築けたという実績は是非欲しいところね」
アンスルとインフォが交互に教えてくれた。
メリットがとても大きい。なにより、今の俺達には接触をする以外の選択肢はない。他の案も思いつかない。
アンスルとエミリをそれぞれ見てから、大きく頷く。
二人とも、嬉しそうに表情を明るくした。
皆のためにも、エルフと交渉に行こう。
●
エルフ。主に森に住む人型の種族。長身で痩せていて、耳が長い。外見的にも優れている。
この辺りは前世のファンタジー小説で見た印象とだいたい同じだ。
性格は暮らしている場所による。エリアナ村の東に住んでいるエルフ達はやや排他的。森の奥に村を作り、そこで果樹の栽培や狩猟を行っているそうだ。
狩猟をするというのはちょっと意外だったけど、この世界のエルフは多少は肉も食べるらしい。多くは毛皮や肉を交易に出して金銭に変えているようだ。
他にも色々やっていると思われるが、詳細は不明。排他的なので。都市部にいるエルフはまたちょっと違うとは、アンスルの話だ。
エルフの森に出かけるにあたって、村の中で話し合いが行われた。
アンスルと俺、指導者と防衛力が一時的に不在になるわけだから、村人たちは不安になる。特に、魔物の群れに襲われた直後だから尚更だ。
幸い、エルフの村は近い。早ければその日の内、遅くとも二日後には帰るということでどうにか説き伏せた。
その間、村人達には城壁の中で暮らしてもらい、エミリが代理の領主となる。本格的な種まきは、今回の交渉が終わってからとした。
「準備はできたわね、ヴェル」
気軽な様子でアンスルが言う。村内にいる時は長いスカート姿だけど、今日は動きやすそうな服装だ。少なめだけど荷物も背負っている。
俺の方はより大きなリュックを背負っている。少しの食べ物と袋が大半。ほぼ空ではある。
『魔力残量、十五パーセントです』
「じゃあ、かなり安心できるな」
戦わなければ、問題なさそうだ。
「では、行ってきます」
「お気を付けて。ヴェル様、姫様を宜しくお願い致します」
不安げに見送るエミリを始めとした村人に見送られ、俺とアンスルは東へと向かう。
アンスルを背負って川を渡り、森に入った。入口付近は村人が狩猟や採集にも使っているという話だ。
木々が落葉しつつある森の中に、かろうじて道とわかる小さな地面の筋がある。
そこを俺とアンスルは慎重に進む。まだ葉の落ちきっていない樹木は日差しを遮り、日が傾くと冷え込みそうだ。
「ヴェル、あれです」
しばらく歩くと、森の中で自然にはない光景が現れた。木の幹に赤い紐が結びつけられている。
「あれが、エルフの森の領域との境目です。近くに誰かいればいいのですが……」
わかりやすい合図で、自分達の領地を主張しているわけか。すると、見張りがいるな。
『周辺を探索、三百メートル先に、私達を監視しているエルフがいます』
「そんな遠くから見えるのか?」
『俗に言う「エルフの目」です。射手であるエルフは、魔力によって視力などを強化できます』
「なるほどね。どの辺だ?」
問いかけると、視界にマーカーが現れた。意識を集中すると、一部が拡大されていく。
おお、なかなかロボらしいな。
自分に感心しているうちに目標が見えた。太い木の幹の上で、銀髪のエルフがこちらを厳しい目で見張っている。
「なんか、弓に手をかけてるけど?」
『警戒しているのでしょう』
排他的だっていうしな。人間の娘が見慣れないロボを連れていれば神経質にもなるか。
「どうしたの、ヴェル?」
あそこにエルフがいる。そう意志を飛ばしつつ、真っ直ぐに件のエルフを見据える。
『こちらの視線に気づいたようです』
エルフが慌てて弓をしまって木から飛び降りた。こちらに来る。
「気づいてくれたのですね……。エリアナ村の領主、アンスルです! 本日はエルフの皆様にご相談したいことがあって参りました! どうか、お目通りを!」
見た目に反してよく通る声で、森に向かって叫ぶ。こちらに害意がないことを示すのは大事だな。喋れないのは不便だ。
『エルフの反応が複数、接近しています』
レーダー状の画面に光点が三つ。凄い速さで近づいてくる。
なんとなく、アンスルの前に出たのと、エルフ達が姿を現したのは同時だった。
「以前来た、娘だな。……そちらの連れ合いについて聞きたいことがあるので、村に案内しよう」
リーダーらしい男のエルフが前に立つと、警戒心全開でそう言った。
「まぁ、連れ合いなんて……そんな」
アンスルはなんか妙な反応をしていた。