清水大樹が手を上げた瞬間、星奈は背後の気配に気づいた。空気の流れさえ聞こえるような、不思議な感覚だった。
まだその感覚を味わう間もなく、体の本能が反応した。大樹の手が伸びてきた瞬間、絶妙なタイミングで左に一歩踏み出した。結果、大樹は空を押す形になり、バランスを崩して、よろめきながら教壇にぶつかってしまった。
ドンッ――
教壇の上のチョークの粉が舞い散り、大樹の頭と顔を覆った。彼がそのまま手で払うと……その様子を見て、第三列で普段最も真面目なあの女子までもが、思わず吹き出してしまった。
「二人とも何やってるの!もうチャイム鳴ったでしょ!さっさと席に戻りなさい!」
教室は一瞬で静まり返った。
担任の村上茜が、黒い表情で教室の入口に立ち、厳しい声で叱責する。
「ほんと、何もできないくせに余計なことばかり!」
渡辺優子は中学三年八組でトップの成績を誇る。教育委員会が重点クラスの設置を禁じた時、学校は独自に全校上位50名の生徒に自由選択させる方法を考えた。
予想外にも、40名以上は一つのクラスを選び、トップ3のうち、渡辺優子だけが八組に来ると決めたのだ。
はっきりとは言わないが、みんな心の中でわかっていた。40名以上が選んだクラスこそ「隠れ重点クラス」で、学年でも最高の教師が揃っている。
優子の選択は、村上茜にとって予想外のサプライズだった。
しかも、優子によってもらった賞金や名誉も多く、村上茜にとっては我が子以上に可愛がる存在となった。
今朝、優子が警察に連れて行かれたことで、村上茜の機嫌は最悪になった。すべて星奈が言い訳したせいで優子が巻き込まれたと考えていたのだ。
担任の不機嫌さを見て、クラスの生徒たちはすぐにおとなしく教科書を取り出し、暗記を始めた。星奈も大樹も、それぞれの席に向かう。
はあ……
教室の後ろを見た星奈は、ふと少し憂鬱な気持ちになった。何年経っても、自分の席の位置ははっきり覚えている。
最後尾、ゴミ置き場の横の席――
中学三年間、一度も席を変えなかった。
ゴミ置き場の前に座り、皆が投げた紙くずの上を踏みつけながら、見慣れない教科書をじっと見つめ、次の計画を練る。ふと、自分の近視が少し改善され、記憶力も向上していることに気づいた……
もしかして、昨夜の乳白色の光のせいだろうか?
星奈は机の下でこっそり手を動かして何度も試したが、あの白い光は二度と現れなかった。
それでも、自分の視力、聴力、記憶力、反応速度が確実に上がっているのがわかる。精神力もいつもより充実しており、胸に抑えきれない興奮が湧き上がった。
優子は一日中、学校に来なかった。
放課後、星奈はクラスメイトに孤立し、一人ぼっちだった。
そんな彼女を迎えに、またしても叔母が校門前に現れたのだ。
校門で、内部を覗く叔母の姿を見た瞬間、星奈は自分がどれだけ幸福かを実感した。
幸福で、思わず目元が熱くなった。
家に着くと、暁月が玄関を開けてくれた。
暁月は叔母の末娘と言われているが、実際には双子の兄・斎藤時也(さいとう はるや)よりほんの数分遅く生まれただけだ。
12歳の暁月は身長がすでに160cmを超え、彫りの深い立体的な顔立ちに、髪の毛までおしゃれで美しい。
暁月は彼女を見て、元の笑顔が一気に曇った。「あらあら、星奈姫さま、またつらい思いをしたの?どれくらい悲惨だったか教えて、私を楽しませてよ!」