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Chapitre 13: 第十三話 査問会

 査問会当日の朝は、重い雲に覆われていた。蓮麻呂は正装に身を包み、陰陽寮の査問廷に向かった。小菊が心配そうに見送る中、彼の胸には不安と怒りが渦巻いていた。

 陰陽寮の査問廷は、厳粛な雰囲気に包まれていた。上座には安倍晴明を中心とした査問官たちが並び、両脇には五大家の代表者が座している。橘諸兄の冷やかな視線が、蓮麻呂を見据えていた。

「藤原蓮麻呂」

 晴明が重々しく口を開いた。

「お前に対し、妖怪との禁断の契約を結んだという疑いがかけられている」

「はい」

 蓮麻呂は毅然と答えた。

「しかし、私はそのような事実はないと断言いたします」

「では、証拠品について説明してもらおう」

 係官が庭から発見された品々を並べた。妖怪の毛、血のような液体、謎の石版――どれも確かに妖怪との契約を示唆するものばかりだった。

「これらの品々について、何か知っていることはあるか?」

 蓮麻呂は提示された証拠品を見つめた。明らかに何者かが仕組んだものだったが、それを証明する手段はなかった。

「存じません。私の知らぬ間に、何者かが庭に埋めたものと思われます」

「何者かが?」

 橘諸兄が口を挟んだ。

「それは随分と都合の良い推測だな」

「しかし、事実です」

「では、証人の証言を聞こう」

 晴明が合図すると、一人の男が前に出た。

 見覚えのない中年の男だった。商人風の身なりをしているが、その目つきには何かしら不自然さがあった。

「私は毎夜、藤原家の近くを通る商売をしております」

 男は震え声で語り始めた。

「ある夜、庭で蓮麻呂様が何かと話をしているのを見ました」

「何かとは?」

「人間ではない、大きな影でした。獣のような形をしていて……恐ろしい気配を放っていました」

蓮麻呂の胸に怒りが込み上げた。明らかな偽証だった。

「それは事実ではありません」

「では、この証人は嘘を言っているとでも?」

 橘諸兄の声に皮肉が込められていた。

 続いて二人目、三人目の証人が現れた。それぞれが微妙に異なる証言をしたが、共通点は「蓮麻呂が妖怪と密会していた」というものだった。

「複数の証人が同様の証言をしている」

 晴明が重々しく言った。

「これは偶然とは考えにくい」

「しかし、私は……」

 蓮麻呂が弁明しようとした時、さらなる衝撃が待っていた。

「追加の証拠があります」

 橘諸兄が立ち上がった。手には一通の書状が握られている。

「これは蓮麻呂殿が妖怪と交わした契約書です。我々の調査により発見されました」

 係官がその書状を受け取り、内容を読み上げた。そこには確かに蓮麻呂の名前で、妖怪から力を得る代わりに人間を裏切るという契約が記されていた。

「これは偽造です!」

 蓮麻呂は立ち上がった。

「私がこのような契約を結ぶはずがありません!」

「偽造という証拠はあるのか?」

「それは……」

 筆跡まで巧妙に似せられており、偽造を証明するのは困難だった。しかも、書かれている内容が蓮麻呂の急激な実力向上と一致しているため、説得力を持ってしまっている。

「さらに」

 橘諸兄が続けた。

「鬼熊討伐の際の術式についても疑問があります。あのような高度な技術を、人間が独力で開発できるでしょうか?」

 査問官たちの表情が険しくなった。確かに、あの術式は従来の陰陽術とは全く異なるものだった。

「あれは私が独自に研究した結果です」

「独自に?」

 橘諸兄が冷笑した。

「では、その理論を説明していただけますか?」

 蓮麻呂は困惑した。現代科学の知識を基にした理論など、この時代の人々に説明できるはずがない。

「それは……まだ理論として完成していないので」

「完成していない理論で、鬼熊を一撃で倒したと?」

「偶然です」

「偶然……」

 橘諸兄の声に勝利の響きがあった。

「あまりにも都合の良い偶然が重なりすぎではありませんか?」

 査問廷に重い沈黙が落ちた。証拠、証人、そして合理的な説明の不足—全てが蓮麻呂に不利に働いていた。

「藤原蓮麻呂」

 晴明が立ち上がった。

「証拠と証言を総合的に判断した結果……」

 蓮麻呂の心臓が激しく鼓動した。しかし、晴明の表情には既に答えが表れていた。

「妖怪との禁断の契約を結び、陰陽師の名誉を汚したとして、有罪と認める」

「そんな……」

 査問廷にどよめきが起こった。傍聴席では、道長が苦悶の表情を浮かべている。蓮太郎は複雑な顔をしており、蓮次郎は無表情だった。

「ただし」

 晴明が続けた。

「藤原家への配慮と、お前の年齢を考慮し、死刑は免れるものとする」

 わずかな希望を感じた蓮麻呂だったが、次の言葉が全てを打ち砕いた。

「よって、鬼門の地である鬼ヶ島領への永久追放を言い渡す」

 査問廷に再びどよめきが起こった。永久追放――それは死刑に次ぐ重い刑罰だった。しかも、鬼ヶ島は妖怪の巣窟として知られる辺境の地。そこへの追放は、事実上の死刑宣告に等しかった。

「父上……」

 蓮麻呂は傍聴席にいる道長を見た。父の表情には深い苦悩が刻まれていたが、政治的立場上、息子を庇うことはできないでいた。

「判決に異議はあるか?」

 蓮麻呂は拳を握り締めた。異議を申し立てても、この状況では覆ることはないだろう。それどころか、さらなる処罰を招く可能性もあった。

「……ありません」

「では、明日の朝一番に出発の準備をせよ」

 こうして、蓮麻呂の都での生活は終わりを告げた。濡れ衣を着せられ、家族からも見放され、辺境の地へと追放される運命。

 しかし、彼はまだ知らなかった。この絶望的な状況こそが、真の成長への第一歩となることを。鬼ヶ島という新天地で、彼は想像もしなかった可能性を見出すことになるのだ。

 査問廷を後にする蓮麻呂の背中を、橘諸兄が満足そうに見送っていた。計画は完璧に成功したのだから。


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