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人間が希少なディストピア ~目が覚めたら四千年後の未来で機械生命やミュータントと人間文化を復活することになりました~ 人間が希少なディストピア ~目が覚めたら四千年後の未来で機械生命やミュータントと人間文化を復活することになりました~ original

人間が希少なディストピア ~目が覚めたら四千年後の未来で機械生命やミュータントと人間文化を復活することになりました~

Penulis: 稲荷竜

© WebNovel

Bab 1: 第1話 目覚め

 目が覚める。

 カプセルが開く。

 視界がカプセルのシールド越しの薄い緑色から、古びたかび臭い灰色へ変化した。

 カプセルの縁にかけた手、その手首には腕時計のようなものがついている。

 腕時計には、わりと大きな……スマホの画面ぐらいのモニタがあった。

 見ていると、『O』と『N』を組み合わせたようなマークが出て、たぶん、起動を始めているように思える。

 外そうという気にはならなかった。起動を待つ間に、カプセルから外に出る。

 周囲を見回す。

 見覚えがない……というより、なぜ、俺はこんな場所にいるんだろう……

 廃墟は廃墟なのだろう。古びた空気が、どうしようもない時間の流れがこの場所にあったことを示している。

 だけれど、朽ちてはいない。かび臭い灰色は、鏡のように磨き上げられた平坦な材質だった。見た目は硬そうに見える。だけれど、触ると不思議と、そう硬いものでもないような気がする……

 硬質ゴム? あるいは……わからない。壊せるか壊せないかで言えば、俺の腕力じゃあ傷一つつけられないように思う。

 左右を見回す。

 ……暗い。

 照明はどこだろう。そもそも、あるのだろうか?

 とりあえず壁に手をついたまま、右か左か、どちらに行こうか迷っていると……

 手首から、よく知らない音楽が鳴った。

 どうやら、手首の装置の起動が終わったらしい。

 現状について何もわからない。ヒントになればと思ってそちらを見れば……

『おはようございますご主人様』

 メイド服を着たSDデザインの女の子が、モニタの中でカーテシーをしていた。

 呆然としていると、女の子がわずかに伏せた顔をちょっとだけ上げて、

『おはようございますご主人様』

「……もしかして音声でやりとりが可能?」

『肯定。有能なご主人様サポートAIはご主人様に挨拶を返していただけるのを心待ちにしております』

「お、おはよう」

『声の抑揚から動揺を感知しました。優秀なサポートAIはご主人様の心身の健康状態を管理する役割を持っています。そこで提案します。サポートAIに名前を付けてはいかがでしょう?』

「その前に今の状況を知りたいんだけど……」

『円滑なコミュニケーションには、互いの名前を知り合うことが重要と考えます』

 なんかすごく……押しが強いな……?

 サポートAIってこういうものだっけ……ちょっとまだ記憶が混濁している。

「えーっと、困るな……起き抜けで頭が回らない。AIだからアイとかいうのはなんか安直で嫌だし……そうだな……君の役割を教えてくれ」

『ご主人様の心身の健康状態を管理すること、それから知りたいと思った知識をお伝えすることなど、多岐に渡ります。物理的なボディが必要なこと以外はすべてが出来ると申し上げてしまっても、過言ではありません』

「役割が広すぎて逆になんのヒントにもならないな……ああ、ということは、この空間から抜け出す方法とかも、教えてくれるのかな?」

『周辺マップは製造時にダウンロードされています。名前を付けていただいたあと、ご主人様を地上へお連れすることもわたくしの使命でございます』

「……ヘルメス」

『散逸した神話において道案内を行うとされる神の一柱でございますね』

「君はヘルメスとしよう」

『畏まりました。わたくしはこれより、ヘルメスです。続いてご主人様の名前を音声入力してください』

「…………思い出せない」

 思い出せなかった。

 ぼんやりとした記憶はある。学校に行っていた。卒業した。就職は、どうだったか……

 これまで暮らしていた日々の記憶はある。そこで培われた常識もある。

 だけれど自分のことが思い出せない。どういう人と知り合いだったのか、どういう親がいて、どういう暮らしをしていたのか……俺は、俺のパーソナリティを失っていた。

『記憶に多少の欠落が見られますが、それは長期間に渡って代謝機能を限界まで落とし続けていたからです。いずれ、蘇る記憶であると診断します』

「……そうか」

『肉体的には健康そのものです。蘇生処理は完璧であったと思われます』

「……うん」

 ここで、俺は、『予感』を覚えていた。

 俺の自覚──記憶はないので印象、ぐらいのものだが──において、『普通』だった俺の人生。

 それが、何か普通ではなくなっている、そういう、予感だ。

「でも、困ったな、名前を思い出せない。また何か適当に決めるべきかな」

『では仮登録としておきます。登録名は「人間」でよろしいでしょうか』

「えぇ……? 個人を判別するための名前でしょ? 判別できるかあ?」

『可能です』

 この断言は、なぜか、予測できた。

 人間。俺は、『人間』だ。人間なんてたくさんいるはずだけれど、人間というだけで、俺だとわかる……

 ヘルメスの案内で、地下施設を歩いていく。

 彼女のナビゲートは正確だった。そして、どうにも俺が話しかけなくても勝手に話題を提供してくれる機能があるようで、俺はあまりしゃべらなかったけれど、道中、寂しさや恐ろしさを感じることはなかった。

 暗い道を、総合でだいたい、一時間は歩いただろうか……

 何度もエレベーターを乗り換え、時に階段を使った。どうにも、かなり地下の深い場所にいたらしい。

 どうして、俺はこんな場所にいたんだろう?

 外は──地上は、どうなっているのだろう?

『その扉を開けば地上です。ただ、自動開閉機能が破損しており、開くためにはそれなりの力が必要だと思われます』

「……そうか」

『扉の外ではすでに救助隊が待っているようです。わたくしももはや最新モデルとは言えませんが、この通信規格だけは厳正に管理され、今も残っていたようです』

「……そうか。ねえ、君は道中、話すのを避けていたようだけど……」

『避けていたと察してなお、聞きますか』

「心の準備をしたい」

 扉の隙間に、指をねじ込む。

 朽ちた金属扉はとても分厚くて、重い。

 扉そのものは歪んでいるけれど、レールの方が歪んでいないようで、力を込めると、だんだん、開いてきた。

 光が、外から漏れる。

 目を細める。

「もしかしてここは、俺が知るより、ずっとずっと未来なんじゃないか?」

『肯定』

「詳しく聞きたい。君が、語るのを避けていた理由も含めて」

 サポートAIは沈黙した。

 それは悩んでいるような、とても人間的な『間』だった。

 俺は扉を開いていく。

 だんだん、外の光が大きく差し込むようになっていく。

『ご主人様の時代、世界は一度滅びました』

 光の強さが増していく。

『幸いにも──不幸中の幸いにも、人類は滅びが来る直前、わずかな準備期間を与えられました。その中で、地下シェルターでのコールドスリープを選んだ人類が存在しました。そのうち一人が、ご主人様です』

「……そうか」

『地上は、「神の手」によって、人の住まうことのできない環境へと変えられました。その中で、人に代わって生存し、繁栄した者たちがいます。現在は、「機械生命体」「ミュータント」と、二つの種族に大別され……争っているようです』

 扉が、重い。

『その争いは熾烈を極め、最終的に、この二種族はそれぞれが近縁種とともに都市国家をばらばらと形成し、環境をどうにか人間に住めるようなものに調整しつつ、管理されたその場所で日々を過ごしています』

「だいぶ、ディストピア、だね……!」

 重たいけれど、開く。

 開くことが、俺の意思だ。

 俺は──

 この未来を、生きなければならない。

 思い出した。俺は、未来を生きるために、希望を託された。だからこうして、蘇生に成功している。

 ……何を、どう、誰から託されたのかは、わからない。

 でも、俺が入ったコールドスリープカプセルをのぞき込む、優しい微笑を浮かべた女の子のことは、ぼんやりと、覚えている。

 扉が、開いていく。

 もう少しで、人間一人分。

『あなたは、この世界に生き残った、「ただ一人の人間」です』

「……」

『きっと、争いの中心になるでしょう』

「そうなのかもしれないね」

『あなたの心身の健康を考えれば、それでも外に出るべきとわたくしは判断いたします。けれど、あなたには今さら選択することが可能です。外に出るか、出ないか』

「本当に今さらだな……だから今まで、この話題を避けてたんだ。ここまで来てしまうように。途中で帰ろうと俺が思わないように」

『はい』

 自我がある。間違いない。

 そしてその自我は、俺の健康を思いやっている。これも間違いない。

 怒りはない。

 どの道俺は、外に出る。

 記憶のない俺の唯一の記憶が、俺にこの世界で生きていけと言っているから。

 扉が開く。

 光に、手で庇を作って、それでも足りず、目を閉じる。

 手首のサポートAI、ヘルメスが、語る。

『この世界は、人間を巡って争いを続けています』

 だんだん、光に目が慣れて来る。

『人間を──絶対にうちの都市でお世話したいという争いです』

「へ?」

 景色が、見える。

 都市、だった。

 高い建物が並ぶ都市──

 かと思えば、少し視線を移すと、まるでファンタジーのような街並みがある一角もある。

 それどころか想像もつかない、表現もできない……なんだろう、アレは。白い……陶器で出来た、山脈? 本当にわからない。

 そして、目の前──

 人が、いた。

 人間では、なかった。

 機械のような人。人間に角、あるいは翼、あるいは獣のような特徴の加わった、人……

 それ以外にも、いる。何人、いるんだ? 百人はたぶん、超えている……

 それら多くの『人々』が、俺に向けて頭を下げ、膝をついていた。

 ……平伏していた。

『未来へようこそ、最後の人間のお方』

 ヘルメスの声がする。

 どこか、遠くから聞こえて来るような、そういう気持ちがする。

『あなたのための、世界に、ようこそ』

 遠いのに、なぜか、頭の中で、何度も何度も、反響するようだった。


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