第2話:裏切りの真実
[詩織の視点]
なぜ私がこんなにも冷静でいられるのか。それは、この茶番劇を事前に知っていたからだ。
あれは数日前のことだった。
晃牙から電話がかかってきたのは、夕方の静かな時間だった。
「詩織、結婚式を挙げよう」
受話器の向こうから聞こえた彼の声に、私の心は躍った。祖母の病状が悪化していて、彼女を安心させてあげたかった。結婚の話が出るたびに、祖母は嬉しそうに微笑んでくれていたから。
「本当?」
「ああ、来週の土曜日はどうだ?」
急な話だったけれど、私は迷わず頷いた。
「ありがとう、晃牙。祖母もきっと喜ぶわ」
電話を切った後、私は兄の智也に相談しようと思った。結婚式の準備について、色々と聞いておきたいことがあった。
書斎のドアに手をかけたとき、中から声が聞こえてきた。
「本当に俺が結婚するつもりだと思ってるみたいなんだぜ!あの女、マジでバカだよな?」
晃牙の声だった。
私の手が、ドアノブの上で止まった。
「夜瑠が喜ぶ顔が見たいって言うから、こんな面倒なことしてるんだ」
智也の声が続いた。
「詩織には悪いけど、夜瑠の病気のことを考えると仕方ないよな」
私の胸が締め付けられた。
「頭の上で割れるくす玉を水風船に変えるのはどうだ?」
拓海の提案に、三人が笑い声を上げた。
「それいいな!詩織の間抜けな顔が見られそうだ」
「夜瑠も大喜びするぞ」
私は静かにその場を離れた。足音を立てないように、そっと。
心臓が激しく鼓動していた。信じていた人たちが、私を貶めるための計画を立てていた。私が心待ちにしていた結婚式は、夜瑠を喜ばせるためだけの茶番劇だったのだ。
かつて、晃牙は私を一番に思ってくれていた。智也も拓海も、私を大切にしてくれていた。でも夜瑠が鬱病になってから、すべてが変わった。彼女の機嫌を取ることが、彼らにとって最優先事項になった。
私の存在は、夜瑠を楽しませるための道具でしかなくなった。
そして今、結婚式場で水に濡れた私は、マイクを手に取った。
「皆様、お騒がせして申し訳ございません」
私の声が会場に響く。ざわめきが静まった。
「少しウェディングドレスを着替えてまいります。夫が登場してからでは遅いので」
晃牙の顔が青ざめた。
「新郎なんていないんだ!」
彼が叫んだ瞬間、私は微笑んだ。
「本当の夫のことよ」