Bab 5: 男主・長谷修彰
Editor: Pactera-novel
それは――一度見たら忘れられない顔だった。
遠くの山並みを思わせる濃い眉が、いまはわずかに寄せられ、眉間に深い皺を刻んでいる。
わずかその仕草だけで、圧倒的な威圧感が迸るようだった。
その下にある瞳は、深海のように暗く澄んでいる。
黒曜石のような虹彩の奥に、かすかな金の光が揺れ――
まるで底知れぬ海の中で、わずかに射し込む天の光が反射したようだった。
高く通った鼻梁の下、引き結ばれた唇は一文字に硬く締められている。
形の整った薄い唇は滑らかな線を描き、芸能界で「最もキスしたい唇」などと称えられるものよりも、さらに妖しく美しい。
見る者の心を無意識に引き寄せる、危うい艶があった。
――だが、その唇の持ち主は、自らの美をまるで気にも留めていない。
乾いてひび割れた唇は、それでも不思議と美しさを損なわず、
むしろどこか退廃的で、危険な色気を帯びていた。
「……あなたのボス、まだ意識が戻らないの？」
外から、女の声が微かに響いてくる。
「チッ」
長谷修彰は軽く舌打ちした。
ポケットに入れていたスマートフォンの画面に新しいメッセージが表示されていたが、彼はそれを一瞥することもなく、無造作に端末を仕舞い込んだ。両手で地面を押しながら、上体を起こす。
その瞬間、両脚から鋭い痛みが奔った。骨の髄までえぐられるような痛み。
だが、彼の表情には一片の動揺もない。まるで何事もなかったかのように、静かに身を起こした。
真っ暗な洞窟の中――。
その顔は血の気を失い、額からは大粒の汗が滴り落ちる。
汗はすぐに床に敷かれた高級スーツの上着を濡らしていった。
「ボス？」
外で気配を感じた部下が、慌てて黒い布をめくった。
その瞬間、外光が一気に流れ込み、修彰は思わず目を細める。
「す、すみません……」
部下があわてて布を戻し、ほんの僅かな隙間だけを残す。
光が柔らぎ、彼はようやく目を開けた。
「ボス、脚の感覚は戻ってますか？」
声の主は、彼に長年仕えている副官――唐沢彰（からざわ しょう）だった。忠誠心は人一倍だが、どうにも頭の回転が足りないのが玉に瑕である。
修彰はちらりと彼を見やり、低く、抑えた声で言った。
「俺が……汗をかいた理由が、熱中症に見えるか？」
「えっ……？」
唐沢彰は間抜けな声を漏らし、周囲を見回した。この島には暑さよりも強風が吹き荒れている。
――ボスが暑くて汗をかいたわけがない。
そして視線が、汗に濡れたシャツと、再び血がにじみ出している脚の傷口へと移る。「っ……ボス！ 誰か！ 早く止血を！」
彰が慌てて外に向かって叫ぶと、数人の人影がどっと洞窟へ駆け込んできた。
修彰はちらりと視線を流す。
その一瞥で、彼らのほとんどが自分の部下ではないと悟った。
眉間にわずかな皺が刻まれる。
そんな彼の表情を読み取ったもう一人の副官――松本朝陽（まつもちあさひ）が、素早く水のボトルを差し出しながら説明を加える。「ボス、我々の乗っていた飛行機は、この無人島に不時着しました。幸い、この島には別のグループがいて、彼らは遊覧中に嵐に巻き込まれたそうです。偶然この島に漂着し、こちらの区域で沈没船を見つけた時に合流しました。
「医療チームも同行しており、ボスの応急処置も彼らが行いました」
――そう、あの墜落の瞬間。
飛行機は岩礁に激突し、爆発寸前。そのとき、安全ベルトが外れなくなった部下が一人いた。
修彰は迷うことなく彼を助けに戻り、次の瞬間、爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。
両脚は岩に叩きつけられ、骨が見えるほどの重傷を負った。
それでも――命は繋がった。
この島で出会った医療班がいなければ、彼は今頃、確実に死んでいただろう。簡易治療とはいえ、傷はなんとか塞がっている。
あとは回復を待つのみ。時間さえかければ、再び歩けるはずだった。
「ボス、タオルで汗を拭かせてもらいますね」
清らかで凛とした女声が洞窟の奥から響く。どこかで聞いたことのある声だった。
修彰は顔を上げかけた――その瞬間、ポケットのスマートフォンが震える。
画面が光を帯び、メッセージの通知が浮かび上がる。
――そういえば、さっき受け取ったまま確認していなかった。
この番号を知る人間は、そう多くはいない。
長谷修彰は無言でスマホを取り出し、視線をその小さな画面へと落とした。
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