橋本隼人はわけもなく機嫌が悪くなった。彼は美咲がそれに気づかないようずっと抑えていて、顔にも出さないように工夫している。自分をじろじろ見ている美咲を驚かせるか心配しているからだ。
二人は病院に着いてから、隼人は美咲に付き添って受付、採血、申込書などの受取をする。
美咲は待合室の椅子に座り、手には検査結果表を持っている。それには一連の検査数値が並んでいるが、美咲は何も分からない。最近、体調の状態を振り返ると、彼女は何か重い病気にかかったのではないかと心配している。
ぼんやりしていたせいで、順番が呼ばれても気づかなかった。
隣で付き添っていた隼人に呼ばれてようやく、魂の抜けた殻のように彼に従って診察室に入った。
「検査結果を見せてください」医師は眼鏡を押し上げながら、美咲に手を差し出した。
美咲は「ええ」と答えて、紙を渡した。
そして彼女は目を離さず医師の表情を見つめた。
医師は検査結果を見て、最初は眉をひそめ、それから表情がだんだん厳しくなった。
美咲の心臓は大きな手で握りしめられたようで、緊張して、細くて白い指をもじもじと絡ませている。
医師はまずは美咲を見て、それから隼人を見た。その表情は非常に見辛かった。
「先生、私は何か重い病気なんですか?胃がんとか?」美咲は震えた声で尋ねる。
隼人の心も重くなる。
医師は彼女に答える代わりに「来る前にお酒を飲みましたか?」と尋ねた。
美咲は頷き、すぐに言い訳をした。「一杯だけで、それも吐いてしまいました」。
美咲は医師にらみつけられて、びくっと震え、思わず手を伸ばし、隼人の服のすそをしっかりと掴んだ。
隼人は自分の服を掴んでいる細長い指を見て、さりげなく美咲の傍に寄り、彼女にもっと近づいて立っている。
医師もこの様子を見て、もう美咲を睨むのをやめ、代わりに隼人を睨みつけた。
「若い娘は無知でも仕方ないが、彼氏として君も分からないのかね?」
美咲は一瞬固まり、思わず言い返そうとする。
「彼は私の…」
「彼女は妊娠しているのに、君は酒を飲ませるのか?彼氏としていいのか?」医師は顔色が厳しくなって言った。
美咲の言い返す言葉は喉につまり、まずは信じられない様子で、後は確かめるように隼人を見つめる。
彼女の目には疑いと、無視できない慌しさが現れている。
隼人は彼女の目から「今の聞き間違いじゃないよね?」という意味を読み取った。
隼人も非常に驚いていたが、美咲よりはずっと落ち着いている。あの夜のことを思い出し、ある程度の心当たりがついた。
医師は二人の気持ちなど気にせず、検査結果票を隼人に渡した。
「さあさあ、彼女を産婦人科に連れて行って、もっと詳しい検査を行って下さい」。
医師はそう言って、次の順番を呼んだ。
美咲はまるで意識のない人形のように、隼人の服を掴んだまま診察室を出た。
隼人は何も言わず、彼女が自分の服を掴んだまま、人の多い病院の廊下で、軽く腕を美咲の肩に回し、彼女を守るように抱き寄せた。
彼は美咲を連れて病院を出た。
美咲はずっとこの事の処理方法を考えていて、隼人が車のドアを開けてくれて、ようやく我に返った。
「橋本様、産婦人科でもう一度検査する必要があるかもしれません」
隼人は頷いた。「分かってる。まず車に乗って、別の病院に行って見よう」
美咲は思わず言われた通りに車に乗った。隼人が静かにドアを閉め、回ってもう一方のドアから車に乗った後、彼女はやっと気を戻した。
「なぜ病院を変えるんですか?」
隼人は答えず、運転手に目的地を告げ、後すぐ携帯を取り出して阿部竜也に電話をかけた。
竜也は橋本のトラブルの現場を片付けたばかりで、今はパーティの主催者である木村薫と今日起きた出来事について噂話をしていた。
突然、噂の相手から電話がかかってきて、彼は少し調子に乗った様子で電話に出た。
「おや、橋本社長、どうした?美人を抱いていながらも俺に電話する暇があるとは」
隼人は彼との無駄話に興味がなく、直接言った。「今すぐ病院に来い」
「病院に何しに行くんだ?」竜也は理解できずに尋ねた。
「検査の手配をしてくれ」
竜也は事情が分からなかったが、立ち上がって木村に用事があるから先に帰ると告げ、急いで駐車場に向かった。
「誰の検査だ?さっきの女性か?彼女がどうしたんだ?何の検査?」
隼人は次々と質問されるのにうんざりして、「妊娠検査」と言い放ち、電話を切った。
竜也は切られた電話を見つめていて、思考が乱れていた。
橋本という男は本当に一鳴驚人だ。
隼人は運転手に車をゆっくり走らせるよう指示し、病院に着く頃、美咲は揺れてもう眠れそうになった。
隼人について病院に入り、二人は直接産婦人科へ向かった。
竜也は運転が速かったので、すでに入口で二人を待っていた。