「野菜を育てるのが何か問題でも?」
佐藤詩織は不機嫌そうに橋本乳母を見た。橋本乳母は慌てて首を振った。
「いいえ、奥様はお花がお好きなのかと思いまして」
橋本乳母は急いで説明した。冗談じゃない、松本辰也は詩織が自分の妻だと言ったのだ。たとえ辰也を幼い頃から見守ってきた乳母だとしても、詩織に指図する資格はなかった。
「お手伝いの方をお呼びしましょうか?」
橋本乳母はやはり我慢できずに尋ねた。詩織がどういう身分なのか分からないが、野菜作りに慣れているようには見えなかった。乳母自身は昔、農村で野菜を育てていたが、長年そういった作業はしていなかった。
今となっては自分にまだ野菜が育てられるかどうかも分からなかった。
詩織のために詳しい人を呼んでくるのも悪くはないだろう。
「結構です。私一人でできますから」
詩織は他人を信用していなかった。他人には彼女の木質超能力はないのだから。
彼女は自分の手で育てた野菜なら、味は間違いなく一流、いや最高級になると信じていた。
「奥様、何かご不明な点があれば、私にお尋ねください」
橋本乳母は詩織に一言伝えた。詩織はうなずいて、作業を続けた。
橋本乳母も自分の仕事に戻った。言うべきことは言ったのだから、あとは彼女の関与するところではなかった。
詩織も忙しく、橋本乳母も忙しく、二人は最初のように対立している様子ではなくなっていた。
「課長、目を覚ましましたか?」
一時間後、予想通り松本辰也が目を開けると、橋本浩一は興奮して叫んだ。
庭で畑の手入れをしていた詩織は首を振った。目を覚ましただけで何を驚いているのだろう。
「課長、お起こしします」
もう一人のボディガードはそう言いながら、辰也が起き上がるのを手伝った。
浩一は辰也に水を一杯注いだ。
辰也は水を飲み終え、少し楽になった気がした。
「課長、具合はいかがですか?」
浩一は心配そうに辰也を見た。辰也の体調を確認したかったし、できれば病院で検査を受けてほしいと思っていた。まだ不安だった。
「体が随分軽くなった気がする」
以前は両足に何の感覚もなかったが、今はわずかながら感覚が戻っていた。
この微かな感覚のおかげで、詩織が彼の両足を治療することへの期待が高まった。
「本当ですか?」
浩一は驚いて辰也を見つめた。詩織が本当にそんな能力を持っているとはまだ信じ難かった。
しかし、辰也の体調が良くなったことは嬉しく思った。
「ああ」辰也はうなずいた。確かに体調が良くなっていると感じていた。「最近、外の情報に注意して、エンターテイメント会社を設立してくれ」
辰也は芸能界に何か不穏なものを感じていた。薬物使用者があまりにも多すぎるのだ。彼らの上流下流の関係がどこにあるのか分からないが、その線をつかみたかった。
芸能界の影響力の大きさは言うまでもない。
芸能界は水が深いようだ。彼の知らないことがあるのかもしれない。
芸能界のラインがどんなものか確信はなかったが、浅いものではないと確信していた。
「分かりました」
もう一人のボディガードがうなずいた。浩一は常に辰也のそばにいる人間で、もう一人は辰也の指示で外で様々な仕事を処理する役割だった。
「斎藤剛、会社登録の際は斎藤彩音に特に注目してくれ」
詩織から頼まれたことを思い出し、彩音を監視すれば思わぬ手がかりが得られるかもしれないと思った。
「はい、課長」
剛はうなずいた。芸能界の人々についてはあまり詳しくなかったが、調べることはできる。
課長が言及した彩音については、新しい奥さんの実の両親の養女だということは知っていた。
彼は今、好奇心に駆られていた。新しい奥さんの両親は一体どう考えているのだろう。なぜ自分の実の娘を愛さずに、養女の方を好むのだろうか?
養女が幼い頃から彼らの側で育ったからだろうか?
しかし、彼らの実の娘も彼らのそばで育ちたかったはずだ。生まれたばかりの時に取り替えられてしまい、彼らのそばで育つことができなかったのは、彼女のせいではない。
それなのに、彼らはそれを理解せず、彩音を必死に守っている。
「剛、警戒を怠るな」
辰也は影に潜む人々のことを考えた。彼らがどこから自分を監視しているのか確信が持てず、軽々しく行動することはできなかった。
しかし、いくつかの動きでも彼らに影響を与えることはできるだろう。結局、今の彼は両足の感覚がなく、体が弱っている。彼があと三ヶ月の命だということを彼らが知っているかどうかは別として、体調が優れないことは推測できているはずだ。
「課長、ご安心を」
剛は考えるまでもなくうなずいた。警戒を怠るわけにはいかない。課長の仇を討ちたかったのだから。
「課長、何か食べますか?」
浩一は辰也の腹が鳴ったのを聞いて、少し躊躇いながら尋ねた。
「ああ」
辰也はぐうぐう鳴る腹に手を当てた。自分が食いしん坊になったような気がした。昼食でお腹いっぱいになったのに、数時間しか経っていないのにもう空腹になっていた。
まあいい、食べられないわけじゃないし、空腹なら食べればいい。
「食べ物を持ってきます」
そう言うと、浩一は厨房へ向かった。辰也は浩一が厨房へ行くのを見て安堵した。彼が食べ物を持ってきてくれれば十分だ、本当にお腹が空いていたから。
浩一はすぐに戻ってきた。手には麺が入った丼を持っていた。麺のタレは、詩織が午前中に作った赤煮込み肉とジャガイモの煮汁だった。
詩織はこの状況を見ていたが、辰也に料理を作るとは言わなかった。出しゃばりは商売にならない。それに今日は少し腕前を見せたので、辰也たちは彼女を軽視しなくなっただろう、それで十分だった。
彼女にはまだやるべきことがあった。
そして午後いっぱい、詩織は庭の土地と格闘し続けた。
夕方になり、詩織は夕食に赤煮込みスペアリブを作ることにした。肉が大好きだった。
丁度、赤煮込みスペアリブは夜に食べたいと思っていたものだ。夜にひと鍋煮込めばいい。
それに酸菜肉丁も作って、夜はご飯にしようと思った。ご飯を蒸すのに何を使うかといえば、蒸し桶がいいだろう。そうしないと足りないかもしれない。
橋本乳母は詩織が忙しそうにしているのを見たが、何も言わず、彼女の作業を見守った。
彼女は今夜、詩織の夕食のための料理を準備していたが、詩織が蒸し桶でご飯を蒸そうとしているのを見ると、電気炊飯器でご飯を炊こうとしていた手を静かに下ろした。
研いだお米を詩織に手渡すと、詩織は彼女に称賛のまなざしを向けて、自分の作業に戻った。
橋本乳母はこれを見て、自分も再び忙しく働き始めた。ただ、無意識のうちに少し料理の量を減らしていた。