電話の向こうから、篠原 拓也の呼吸音が瀕死の野獣のように荒々しく聞こえてきた。
短い沈黙の後、彼のヒステリックな否定が続いた。
「美咲、そんな虚勢を張るな!」
「何が軍婚だ?お前のそんな嘘に騙されると思ってるのか?」
彼の声は恐怖で甲高くなっていた。
私は軽く笑った。
「拓也、まさか父が私と佐藤グループをなんの保証もなしにあなたに任せると思ったの?」
「父は臨終の際、最後の人脈と面子を使って、私にこの護符を残したのよ」
「あなたのような恩知らずから私を守るための護符をね」
私の一言一言が、重いハンマーのように彼の最後の希望を打ち砕いていく。
電話の向こうで、重いものが床に落ちる鈍い音がした。
すぐに彼はそれを拾い上げ、さっきの傲慢さはどこにもなく、取り乱した哀願だけが聞こえてきた。
「美咲、いや、妻よ...聞いてくれ...」
「一時の過ちだったんだ!全部林 清香というあの女が誘惑したんだ!」
「俺が愛してるのはずっとお前だけだ!本当だ!」
このセリフは、おぞましいほど聞き慣れたものだった。
「あなたの言い訳は、裁判官に話しなさい」
「そして、あなたの可愛い妹についてだけど」
「警察はもうすぐ彼女の家に到着するでしょうね」
「軍婚保護法違反に加えて、あなたの公金横領による詐欺の容疑...」
「彼女の残りの人生は、きっと『充実』したものになるわね」
拓也は完全に崩壊した。彼は電話の向こうで泣き叫んでいた。
「やめろ!そんなことするな!美咲、彼女を許してくれ、彼女は何も知らないんだ!」
「彼女はただ俺に騙された可哀想な女性なんだ!」
こんな時になっても、彼はあの女を守ろうとしていた。
私の口元から最後の温もりも消えた。
「そう?じゃああなたは牢屋で、その『可哀想な女性』と仲良く過ごしなさい」
そう言って、電話を切ろうとした。
だがその時、拓也が突然悲鳴を上げた。
「違う!美咲!父さんと母さんが...さっき電話があって、彼らが...」
彼の言葉が終わらないうちに、私の携帯が震えた。
伊藤さんからの緊急メッセージだった。
開くと、私の瞳孔が一気に縮んだ。
【佐藤社長、今病院から連絡がありました。篠原の両親が静岡市に向かう途中、あなたの訴訟のことを聞いて】