鏡を見つめると、汚れた鏡面に映ったのは、二十代前半の若い男の姿だった。顔は汚れに覆われているものの、整った顔立ちは美男子だったことが容易に想像できた。中ぐらいの長さの黒髪はぼさぼさで、汚れの下の肌は血の気がないほど青白かった。
「確かに俺自身だ……そんな気がする……」
彼はつぶやくと、試しに洗面台の蛇口をひねってみた。水道はとっくに止まっていると思いきや、蛇口からは大量の深紅色の液体が湧き出た。一見すると血のようだが、よく見ると錆水だった。これを飲めば間違いなく嘔吐と下痢を引き起こすだろう。適当に個室のドアを押し開けると、中にはボロボロの旧式便器があった。上部にタンクが付いていて、紐を引いて水を流すタイプだ。便器には水がなく、床と仕切り板は錆のような汚れで覆われ、近づくだけで鼻をつく鋭い錆の臭いがした。
「まるで『ソウ』のトイレか、『サイレントヒル』の裏世界みたいだ」──そんな考えが頭に浮かんだが、彼は『ソウ』も『サイレントヒル』が何なのか知らなかった。
神父の遺体をもう一度注意深く観察すると、男が死ぬ前に血でタイル床に小さな文字を書いていたことに気づいた。
【錆の強き祝福を汝に授けんことを、虫の慈愛が汝に注がれんことを】
「錆」?「虫」?
意味が分からない。
「誰かいるか?おい?誰かいるのか?」
彼の叫び声は狭い空間に響き渡ったが、当然ながら返事はなかった。
乾いた目を瞬かせた瞬間、何かが目の前を過ぎるのを感じた。何度か瞬きを繰り返し、左目を閉じて凝視すると数字の「0」が見えることに気づいた。この数字は左まぶたの内側に焼き付けられたかのようで、目を閉じて意識すれば必ず見える。幻覚ではない。この数字が何を意味するのか、全く分からなかった。
「落ち着け、落ち着くんだ。まずはこの忌々しい場所から脱出するのが先だ……」
彼は独り言を言いながら、洗面台の横のゆるんだ鋼管を掴み、数回強く蹴りを入れてから、力を込めて引き抜き、取り外した。とりあえず、最低限の護身用の道具を——
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古びた鋼管
種類:建材/鈍器/短武器
能力:なし
入手方法:慈善聖母孤児院別棟二階トイレの洗面台
詳細:ハイゼンベルク製鋼所で生産されたもので、慈善聖母孤児院の創設時に最初に納入された建材の一つ。定期的なメンテナンスや交換が行われておらず、やんちゃな子供たちがよくゴミを詰まらせていた
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鋼管を手にした瞬間、またどこからともなく別の情報が彼の頭の中に現れた。前の「臍帯ハサミ」の説明よりもずっと明確なものだった。
「慈善聖母孤児院……」
彼はその言葉をつぶやいた。おそらくこの場所の名前だろう。脳内のメッセージを「環境」からのヒントだと考えれば、彼は今、孤児院の別棟二階にいることになる。
周知の通り、様々な映像作品、特にホラーやスリラーにおいて、孤児院は常に悲劇や恐怖事件と結びつけられている。こんな不気味な場所でスタートするのは、良い兆候とは言えない。
ギィィッ!
その時、彼の背後で木と金属が軋む鋭い音がした。その耳障りな音に、彼の背筋は鳥肌が立った。
振り返ると、トイレのドアが十数センチほど開いていた。隙間の向こう側は暗く、目を細めて凝視しても、外に何があるのかよく見えなかった。
何も見えないが、彼は「誰かがドアの隙間から覗いている」という強い感覚に襲われた。
「……おい?」
彼は唾を飲み込み、小声で呼びかけた。
「おい……えっと、外に誰かいませんか?」
声は静寂のトイレに水の波紋のように広がり、錆びた壁と床に吸い込まれていった。
黒木朔は息を殺し、耳を澄ましてドアの外の気配を聞いた——
「お手伝いしましょうか?」
ドアの外の人が口を開いた。
中年女性の声だった。
その声色は、掃除のおばさんを連想させるようなものだった。
「お手伝いしましょうか?」
その人はもう一度尋ねた。
抑揚のない、平板な口調で。
「お手伝いしましょうか?」
再度の繰り返し。質問というよりは催促のようで、その平板な口調の裏には、迫り来る圧力が潜んでいた。
黒木朔の心臓は激しく鼓動していた。彼は何度も深呼吸を繰り返し、少し考えてから、とりあえずこう答えた。
「ありがとう。でも、少し休みたいから、後で外に出て君を探します」
外の人は黙った。
まだそこにいるのかどうかも分からなかった。
「……あの、まだそこにいますか?」
黒木朔は慎重に尋ねた。
ドアの外から返事はなかった。
言いようのない沈黙が鼓膜を刺し、静かな水面下の暗流のように、重苦しい不安をじわりと膨らませていった。
数秒後か、あるいは数分後か、黒木朔はトイレのドアの反対方向にゆっくりと一歩後ずさりし、手の中の鋼管をしっかりと握りしめた——
「パン、パン」
ドア口から拍手の音が聞こえた。
一対の手、蒼白い手が、ドアの隙間から差し込み、澄んだ音を立てて二回拍手した。
「パン、パン」
さらに二回の拍手。
まるで飼い主がペットを自分の側に呼び寄せるような、手を叩く音。
「パンパン」
その手の持ち主は、黒木朔にトイレから出てくるよう促している。
「パンパン」
「パンパン」
「パンパン」
「パンパン」「パンパン」「パンパン」「パンパンパンパンパンパンパンパン」
拍手はますます頻繁に、ますます急速になり、まるで試験終了を告げるベルのようだった。そして黒木朔は——
「……ふざけやがって!」
黒木朔は低く唸り、洗面台を踏み台にして飛び上がり、左手を伸ばして低い天井にぶら下がっている吊り照明の金属部分を掴んだ。体重全体と腕力を込めて思いっきり引っ張ると、すでに酷く錆びていた金属のチェーンがバキッと音を立てて断裂した!
この激しい動作で腹部の傷の痛みが増したが、彼は歯を食いしばって我慢した!体を大きく回転させ、躊躇なく、遠心力を利用して全力で吊り照明をドアに向かって投げつけた!数キロの重さのある金属の塊が回転しながらドアの隙間に飛び込み、しきりに手を叩いていたあの手に直撃した!蒼白く細長い指がバキバキと折れる音がし、黒木朔はそのままトイレのドアに向かって全速力で突進し、体当たりでドアを押し開けた。彼はドアの外の奇妙な存在にもぶつかった手応えがあった!
ドアの外は薄暗い灯りがともる廊下だった。外にいたあれが、「ドスン」と音を立てて地面に倒れた。ようやく黒木朔は、それが何なのかをはっきりと目にしたのだ!
それは全身が蒼白い人型の物体で、女性か細身の男性のような体型をしていた。一糸まとわぬ裸体で、肌の質感は干からびた干し肉のようだった。頭部は汚くて臭い麻布袋でぎゅっと覆われ、その下からは、死に際の者の咽び泣きのような息遣いが聞こえた!
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人体モデル
種類:人型・呪い生物
レベル:雑兵
武器:四肢、酸液
スキル:爪払い、噛みつき
特殊習性:単純な言葉や動作で獲物をおびき寄せる
詳細:孤児院の労働者や訪問者たち。純粋な子供たちを危険な外の世界に連れ出そうとしたため、当然の罰を受け、理性を失って怪物と化し、永遠に孤児院を彷徨い続けている。
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見知らぬ情報が再び黒木朔の頭に浮かんだが、彼はじっくり見る暇がなかった!この極度の緊張の瞬間、彼の思考と行動はまるで分離したかのようだった。ショックの感情が行動を鈍らせることはなく、彼は何も言わずに手にした鋼管を高く掲げ、全力で「人体モデル」と名付けられた怪物の頭に叩きつけた!
ドン!!!!
その鈍い音は鼓膜を叩く重槌のように響き、鈍器が人型生物の頭蓋骨を叩く衝撃が鋼管を伝って黒木朔の手に響き、虎口が痺れるように痛んだ!強烈な吐き気が込み上げったが、動きを止める余裕はなく、鋼管を「ドンドンドン」と連続で殴打を続けた。怪物の頭を覆う麻布の下から赤黒い血が滲み、「ギギィィッ!ギギィッ!」という耳障りな鳴き声が上げった!
シュッ!
人体モデルが激しく暴れ、乱暴に振り回した腕が黒木朔を床に叩きつけた!その四肢は細く見えてかなりの腕力があり、打たれた脛骨は裂けるように痛んだ。怪物はエビのように床から跳ね上がり、ひっくり返って黒木朔の上に覆いかぶさり、麻布袋の下の口らしき部分から嗄れた咆哮が上がった!
しかし黒木朔も座して死を待つことはなかった。彼は鋼管を投げ捨て、視界の隅に立っていた棒状のものを掴むと、力を込めて引き抜き、振り下ろした。それは、怪物の頭にズドンと命中した!黒木朔は、怪物の動きが止まった一瞬を逃さず、それを蹴り飛ばし、手にした長柄の武器——床置き燭台を長柄ハンマーのように振り回し、怪物の顔面を強打した!
この一撃は強烈かつ精確で、怪物は床の上で激しく痙攣した!燭台のロウソク台には、ロウソクを固定するための槍先のような尖った突起があった。彼は息を殺し、燭台を反転させ、それを長槍のようにして怪物の頭に突き刺した。尖った先端は、怪物の額の位置に深々と突き刺さった!
「くた……ばれ!」
彼は全体重を燭台に乗せ、突起をさらに深く押し込んだ!この時点で、怪物はついに抵抗をやめ、数回痙攣した後、完全に息の根を止められた。
黒木朔はさらに何度か猛烈に突き刺し、本当に死んだことを確認してから、震える手で燭台を握りしめたまま、よろよろと数歩後退し、壁際にもたれて息を切らした。
「はぁ……はぁ……くっ……」
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長柄燭台
種類:照明器具/長武器/長槍
能力:なし
入手方法:慈善聖母孤児院別棟二階廊下
詳細:ハイゼンベルク製鋼所で生産され、慈善聖母孤児院の初期建設後に照明用として購入された。照明機能は後に石油ランプや電灯に完全に取って代わられたが、廊下の両側の装飾品として置かれ続けた。
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頭の中で四度目の情報がよぎったが、黒木朔はもうそれに慣れていた。
……いや、慣れるわけがなかった。
「一体俺は、どんな鬼畜な場所に放り込まれたんだ?」