結衣が珈琲を持って入ってきた。顔には憂いの色が浮かんでいる。
「星蘭さん、やっと目が覚めましたね!外では大騒ぎになってますよ。あなたが篠原景吾を拒絶したって噂が広まって、アークスの株価も下限まで下がってしまいました!」
「この三日間、あなたが寝ている間に、篠原が橘詩織にかけた言葉ったら、もう言うことなしです。彼女がクラシック音楽好きだと知ると、老舗のピアノブランドをそのまま買収して彼女にプレゼントしたんですよ」
「詩織がレコーディングスタジオの防音が良くないと言ったら、二つ返事でドイツからトップチームを呼んで、アジア一の最高級スタジオを彼女のために建てるつもりだそうです!」
「それに、詩織があなたが前に作ったオルゴールの曲が好きだと言ったでしょう?篠原は法務部に版権登録させて、それを詩織の名義にしたんです!」
私の手にあった珈琲カップが重く置かれた。
心の底に残っていた最後の迷いも、このニュースで完全に粉々になった。
結衣はまだため息をついている。「星蘭さん、篠原は詩織を目の中に入れても痛くないほど大切にしているんです。あなたがもう少し態度を明らかにしないと、彼はあなたが彼なしでは生きられないと思ってしまいますよ!」
「そんなことはないわ」
私は珈琲カップを置き、笑って彼女を安心させようとした瞬間、スタジオのドアが外から開かれた。
篠原景吾は風塵にまみれたような姿で、目の下には隈ができていた。この三日間、彼もあまり良い状態ではなかったようだ。
彼は入ってきたとたん私の言葉を耳にして、目に一瞬の戸惑いが浮かんだ後、いつもの軽蔑を含んだ笑みを浮かべた。
「加藤星蘭、本当に俺と仕事したくないなら、なぜホットな話題を消さないんだ?」
「お前は単に俺が詩織に優しくしているのを見て、わざと機嫌を損ね、俺がお前にも同じように接するよう仕向けているだけだろう?」
私は彼と無駄話をする気はなく、黙って目を回した。
この男の骨髄まで染み込んだ自己陶酔は、一体どうやって形成されたのだろう?
私が黙っているのを見て、篠原は真っ直ぐに私の前まで歩み寄った。
「今日来たのは一言伝えるためだ」彼は高い位置から、まるで命令を宣告するかのように言った。
「お前が去年アークスのために書いた曲、版権を詩織に譲渡した。安心しろ、お前の才能が欲しいわけじゃない。ただ彼女の次のアルバムの体裁を整えるためだ…」
私は驚いて顔を上げ、信じられない思いで彼を見つめた。
「篠原景吾!あの曲たちは私がどれだけの夜を重ねて書き上げたか分かってる?私の魂そのものよ!何の権限があって勝手に他人にあげるの?」
あのメロディーは私の閃きの断片、感情の拠り所、音楽家としての最も貴重な財産だった!
「あなたが橘詩織を可愛がって、彼女の見栄えを良くしたいなら、アークスの大きな曲のライブラリーは死んでるの?あなたの会社のゴールドランクの作曲家たちは飾りなの?」
「どうなの?誇り高きアークスの御曹司様、口では愛を語りながら、実際は一曲さえ買う気がなくて、ただ人のものを奪うケチな男だったの?」
「黙れ!」
私の言葉は刃のようで、彼の「深い愛情」という仮面を正確に突き破った。
篠原は私の言葉に恥と怒りを覚え、顔色は最悪になった。
「俺はただお前に詩織に善意を示す機会をくれてやっただけだ!」彼はまだ強情を張っていた。「その見返りに、契約式のあの夜、お前を一緒に出席させてやる。加藤家の面子は十分に立ててやる。ただし、俺は詩織に約束した。絶対にお前に彼女の注目を奪わせないとね…」
彼は一瞬言葉を切り、自分では好意のつもりの発言をした。
「…だから、お前は発言できない」
はっ。
私は彼のあまりにも恥知らずな言葉に苦笑し、目を赤くして彼の瞳を見つめた。