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Capitolo 5: 005

俊介が小学二年生のある日、放課後になっても迎えが来なかった。

家に電話をかけても、誰も出ない。

先生が心配して、校門のそばで一緒に待ってくれたが、空はすっかり暮れてしまった。

やがて、迎えに来たのは叔父だった。

叔父は俊介の姿を見るなり、その場にしゃがみ込み、ぎゅっと抱きしめて、赤い目をして長く息を吐いた。

俊介はただ呆然としながら見上げた。――どうして叔父が迎えに来たの? お父さんとお母さんは?

そのあとのことは、俊介の記憶から抜け落ちている。

きっと脳が彼を守るために、混乱と悲しみの場面を塗りつぶしてしまったのだろう。

毎日涙を流していた祖母の姿も、

出発の前夜、抱きしめながら一晩中離さなかった母のぬくもりも、

二人の叔母の家を転々とした日々も――何一つ、思い出せない。

記憶の二年間が、まるごとぼやけてしまった。

だから俊介にとって、その出来事を思い出すたびに湧くのは痛みではなく、ただの麻痺のような感覚だった。

一つの大火事が、彼の家をすべて焼き尽くし、父を奪い、やがて母も失った。

もともと明るい子ではなかったが、それ以来、俊介はさらに口数が減った。

まるで言葉を知らない小動物のように、いつも周囲を警戒しながら生きていた。

そんな子どもが学校で好かれるはずもない。

仲間外れにされ、いじめられ、笑われるのは日常だった。

中学三年間、俊介はずっとそうして過ごしてきた。

そんな彼にとって、西村は初めての友人だった。

西村は優しく、穏やかで、目が見えなかった。

彼のそばにいると、俊介は「自分が誰かに必要とされている」と感じられた。

拒まれないという安心が、そこにはあった。

西村と同じ机になってから、俊介は少しずつ明るくなった。

依然として無口で、人に対して慎重ではあったが、以前よりずっと“普通”になっていった。

どちらも根は素直な子どもだ。

ただ、あまりに早く守ってくれる人を失っただけ。

だから孤独で、だから弱かった。

けれど、人生というものは、なぜかそういう子を好んで試すようにできている。

もう十分に不幸なはずなのに、さらに少しだけ不運を重ねてくる。

高校三年の春。

俊介は毎晩、最後の自習を終えると、教科書の詰まった鞄を背負い、駅へと走っていた。

地下鉄の最終に間に合うためだ。

学校からも家からも駅は遠く、この時間にはもうバスもない。

タクシーに乗るお金はもったいなくて、彼はいつも走っていた。

その日の夜、先生は珍しく怒っていた。

自習時間に教室がうるさすぎたせいで、放課が数分も遅れた。

だから俊介は、いつもより焦って校門を飛び出した。

交差点を曲がったところで、不意に誰かとぶつかった。

相手も高校生で、制服の色からして、通りの向こうの学校の生徒だった。

「すみません」と俊介は小さく頭を下げて、そのまま走り出そうとしたが、腕をぐいっと掴まれた。

「おい、前見て歩けよ。目ぇついてんのか?」

相手の手の力は強く、俊介の腕を掴んだ指が痛いほどだった。

こういうとき、俊介は何も言えなくなる。

ただ、眼鏡の奥から黙って相手を見つめるだけだ。

相手の男子は、まだ怒りが収まらないようで、

「チッ」と舌打ちしてから、さらに数言の悪態をついた。

そして、俊介の腕を乱暴に放り投げるように押しやった。

俊介の身体は、すぐそばの鉄のフェンスにぶつかり、

肩と頭を打った。

乾いた音がして、一瞬、視界が白くなった。

それが衝撃のせいか、さっきまで走っていたせいか、自分でもわからなかった。

そのとき、すぐそばで車が止まる音がして、

「……ったく、運のねぇガキだな」

聞き覚えのある声が低くつぶやいた。

俊介が顔を上げるより早く、その人影は前へ駆け出していた。

次に見たときには、その人はすでにさっきの高校生の背後にいて、

肩にかけていた鞄を振り上げ、頭めがけて思いきり叩きつけていた。

「いっ……!」と相手が悲鳴を上げ、耳を押さえてしゃがみ込む。

「自分の学校で威張り散らすのは勝手だが、

 うちの学校の生徒に手ぇ出すなよ。」

鞄を片手で持ち上げたまま、航平が立っていた。

相手の男子は顔を上げ、震える声で聞いた。

「……誰だよ、お前。」

「制服見りゃわかんだろ。

 威張りたいなら、俺みたいなのを相手にしろ。

 弱そうな奴にしか手ぇ出せねぇのか? みっともねぇな。」

航平は冷ややかに言い放ち、視線を落とした。

その横顔には、薄く笑うような、しかし心底からの軽蔑が浮かんでいた。

俊介が駆け寄ると、航平はちらりと振り返り、

何も言わずにまた前を向いた。

相手の男子は、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

その沈黙の中に、もう勝敗ははっきりしていた。

 


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