第04話:最後の通告
病院の廊下を歩きながら、雫は退院手続きの書類を握りしめていた。三日間。この三日間、彰からの連絡は一度もなかった。
「雫」
振り返ると、彰が美夜を支えながら歩いてくる。美夜の手首には白い包帯が巻かれていた。
「退院か?次の検診、俺が送ってやる」
彰の申し出に、雫は静かに首を振った。
「いらない」
「何だって?」
「五回のチャンス、もう全部使い切ったよ」
雫の言葉に、彰は鼻で笑った。
「まだそんなことを言ってるのか。冗談はよせ」
彰は美夜の肩に手を回し、そのまま歩き去っていく。
雫は二人の後ろ姿を見つめながら、心の中で呟いた。
彰、五回分のチャンスはもう終わり。これから先、もう、二度とあなたに傷つけられたりはしない。
支払い窓口の列に並んでいると、急に目の前が霞んだ。体が前に傾く。
「大丈夫ですか?」
看護師が慌てて雫の体を支えた。
「顔色、すごく悪いですよ。どうして一人で支払いを?ご家族は?」
雫は力なく微笑んだ。
「いません」
看護師は困ったような表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。
病室に戻ると、医師たちが廊下で話し込んでいるのが聞こえてきた。
「一条美夜、本物だったよな」
「めっちゃかっこよかった、付き添いの男性」
「あんな美人と付き合えるなんて羨ましい」
雫は布団を頭まで被った。
医師の一人が病室を覗き込む。
「あれ?お一人で退院準備ですか?ご主人は?」
「仕事です」
嘘だった。彰は今頃、美夜の看病をしているのだろう。
自宅の玄関を開けると、台所からいい匂いが漂ってきた。珍しく彰がエプロン姿で料理をしている。
「どこほっつき歩いてたんだ!」
彰の怒鳴り声が響く。
「妊娠四、五ヶ月にもなるのに、そんなにふらふらして」
雫の足が止まった。
「三ヶ月未満よ」
「何?」
「妊娠三ヶ月未満だった。過去形」
彰の顔が困惑に歪む。その時、階段から足音が聞こえた。
「彰さん、お粥の味はいかがですか?」
美夜が階段を降りてくる。雫の家で、まるで女主人のように。
彰は美夜に温かい粥を差し出した。
「ありがとう、美夜。手は大丈夫か?」
「雫さん」
雫が口を開きかけた時、彰が遮った。
「ここは俺の家だ。彼女の許可なんか、いらないさ」