Capitolo 9: 雪村家との幼馴染婚約
Editore: Pactera-novel
正明は信じがたい思いで、さっきの番号にもう一度かけ直した。だが返ってきたのは無情なアナウンスだった――
「おかけになった電話は、現在電源が入っておりません」
咲は迷いなく電源を切り、もう一度ベッドに潜り込んだ。話は目が覚めてからでいい。
この世界に来た初日は一睡もできなかったせいで、彼女はそのまま午前十一時までぐっすり眠り続けた。
ドレスルームから出ると、鈴木さんが知らせた。「お嬢様、雪村家の正明様と雪村夫人がお見えです」
咲はぼんやり思い返した。朝に電話してきたのは正明だった。そのときは半分寝ていたが、今になってようやく正明が誰なのか思い出したのだ。
雪村家は錦川市でも指折りの名家で、その格は岡本家よりさらに上だった。咲が生まれる前から、両家は口約束とはいえ婚約関係にあった。この数年も、岡本家と雪村家は明らかにビジネスとしての縁組を視野に入れていた。
つまり、その正明は自分の婚約者――
いや、正確には晶の婚約者だった。
小説の中の元の咲は、正明に淡い想いを寄せていた。自分が偽物の令嬢だと知ると、岡本家が以前ほど大切にしてくれないと感じ、家への不満を募らせていく。そして正明との結婚に執着し、ついには岡本家を裏切ることさえためらわなかった。
最終的に岡本家は破滅し、その財産も雪村家に吸い上げられた。そして雪村家は主人公カップルと敵対し、当然ながらろくな結末を迎えなかった。
咲はLINEを開き、ざっとスクロールして確認した。どのメッセージも、ほとんどが検索トレンドについて彼女に訊ねる内容だった。SNSを開くと、トレンドの一位には——
「錦川市名門・岡本家、本物と偽物の令嬢」
【名門の裏側：衝撃！名家を揺るがす“取り違え”スキャンダル！兆豊エンタのお姫様にして天才ピアニストの岡本咲は、実は“取り違えられた偽の令嬢”だった！一方、本物の令嬢は十七年間も田舎の孤児院で暮らしていたという……。関係者によれば、岡本家はすでに本物の令嬢を迎え入れたものの、岡本グループはその身元を公表する気がないらしい。このまま誤りを押し通すつもりなのか？】
【ヒツジちゃん：とんでもないスキャンダル！なんか陰謀くさい！】
【妖怪は師匠に捕まった：あの偽の令嬢、何年も他人の立場を奪っておきながら、まだ図々しく居座るつもり？恥知らないにもほどがある！岡本家って錦川市の名門じゃなかったの？どうしてこんなに杜撰なの？@岡本グループ @兆豊エンターテイメント】
【シュレディンガーの猫：岡本家も公表の準備をしてるだけかもしれないよ。もう少し様子を見よう】
「名門の裏側」は名家のスキャンダルを専門に暴く大手アカウントで、証拠さえあれば容赦なく公開する。そのため信頼度も高かった。
そもそもネット民は富裕層や名家のゴシップが大好物だ。まして兆豊エンターテイメントは国内四大エンタメ企業の一つで、常にSNS上で目立つ存在。おかげでこの件の話題性は一気に跳ね上がっていた。
これだけの騒ぎになれば、岡本家がトレンドを揉み消そうとするのが普通だ。なのに話題はまだ消えていない。裏で誰かが意図的に煽っているのは明白だった。
咲はふと思い当たることがあり、足早に階下へ向かった。
「咲、早く雪村のおばさまと正明兄さんにご挨拶しなさい」雪絵はそう言って咲を呼び、席へ座るよう促した。
向かいのソファには、母子が並んで腰掛けていた。
咲は丁寧に頭を下げ、二人に挨拶した。
雪村夫人は咲に軽く会釈しただけで、どこか見下すような気配があった。正明にいたっては鼻で笑うように息を漏らしたきり、咲のほうを振り向きもしない。傲慢さと侮蔑が露骨ににじんでいた。
雪絵は気の強い性格だが、岡本家は雪村家の前では分が悪い。だからこそ、彼女も頭を下げざるを得なかった。「雪村夫人、確かに咲は私と昭明の実の子ではございません。ですが、それでも岡本家の令嬢であることに変わりはありません……」
雪村夫人は雪絵の言葉をさえぎり、笑みを浮かべて言った。「岡本夫人、私だって咲さんのことはとても気に入っていますよ。けれどご存じのとおり、名家同士の縁組では血筋と身分が何より重いのです」
遠回しではあったが、要するに――咲のような“偽物の令嬢”は雪村家の若旦那には釣り合わない、という意味だった。
雪絵は顔をこわばらせた。そんなことは百も承知だ。だからこそ晶と咲の真実を公にしたくなかったし、咲が雪村家との婚約を失うのを何より恐れていたのだ。
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