Capitolo 6: 怪我をした毛むくじゃら
Editore: Pactera-novel
すると、汚れたモフモフの大きな爪が、草むらの端からそっと現れた。
それは最初、慎重に前へ出そうとしたが、伸ばした瞬間、熱い鉄板に触れたように、素早く引っ込めた。
しばらくして、周囲に動きがないのを確かめると、それは慎重に大きな頭を半分ほど草むらの外へ出した。
茶色がかった黄色のたてがみ、短く丸い耳。大きく見開かれた瞳はまん丸で、覗かせた顔には、愛らしさと警戒心が入り混じっていた。
大きな生き物の視線が、焚き火のそばに座る静へと向けられた。その瞳孔が細く線のように縮み、金色の目が鋭く光る。静をじっと見つめながら、黒い鼻先がわずかに動いた。――仕方ない。あまりにも香りが良すぎたのだ。
魚がちょうど焼き上がったのを見て、静は悟った。――自分がここにいる限り、この大きな生き物は近づけないだろう。その様子から察するに、かなり警戒心が強い。
ちらりと見ただけで、それが成獣のライオンであることがわかった。毛並みの一部が乱れ、肩のあたりには乾きかけた血の跡が見える。どうやら、どこかで怪我を負っているようだった。
静の鋭い嗅覚が、ライオンの体からかすかに漂う血の匂いを捉えた。だがその匂いは、獲物を仕留めたときのものではない――もっと淡く、乾いた血の香りだった。それは、彼自身の傷から流れた血の匂いだと、静にはすぐにわかった。
この一匹の魚など、成獣のライオンにとってはほんの一口、歯の隙間にも入らないほどの量だろう。
静が突然立ち上がると、ライオンは驚いたウサギのように素早く草むらへ飛び込み、地面に伏せて息をひそめ、見つかるのを恐れた。
そのとき、焼き魚の香りがさらに濃くなり、ライオンの神経を強く刺激した。爪がうずき、理性の奥で抑えきれない衝動が湧き上がる。――あの美味しそうな食べ物を奪いたい。そう思う気持ちが、獣の本能をじわじわと支配していった。
衝動と警戒心がせめぎ合う中、ライオンは視線を上げた。静が魚を刺した木の枝を手に、湖のほとりへ駆け寄っていく。彼女は水面に映る太った魚をじっと見つめ、次の獲物を狙うように身を乗り出していた。
ライオンはその瞬間を逃さなかった。四肢にぐっと力を込め、一気に草むらから飛び出す。後ろ足の一本から血が滴っていたが、その動きにはまるで影響がなかった。
茶色がかった黄色い影が、一瞬のうちに視界を横切った。次の瞬間、焚き火のそばにあった焼き魚は跡形もなく消えていた。
湖畔の隠れた場所で、ライオンは魚をくわえたまま身を伏せ、まずは慎重に周囲の様子をうかがった。
焼き魚は清潔な草の上に落ち、ライオンがざらついた舌でひと舐めすると、魚の身が大きく削ぎ取られた。
体の内側からじんわりと心地よさが広がり、ライオンはうっとりとした表情を浮かべた。気づけば、一匹およそ一・五キロはある焼き魚をすっかり平らげ、残ったのは骨だけだった。それでも満たされない。空腹ではなく、あの香ばしい味への渇望が、再び本能を刺激していた。
そのとき、ライオンはまだ気づいていなかった。焚き火のほうから、誰かが音もなく近づいてきていることに。風も草も、その足音を隠すように静まり返っていた。
最後の一口を飲み込み、痛みとめまいで霞んでいた頭がようやく軽くなった――そう感じたその瞬間。ライオンの首筋に、かすかな重みがのしかかった。次の瞬間、一本の手が、静かに、しかし確かにそこに置かれた。
そのとき、優しい声が頭上から降ってきた。
「大きな猫ちゃん、この魚じゃ足りないよね。――もっとごちそうしてあげる」
ライオンはハッと我に返り、喉の奥から低い唸り声を漏らした。牙をむき出しにし、反射的に爪を振り上げる。次の瞬間、自分の首に置かれた手めがけて、猛烈な勢いで引っかきにかかった。
静は一歩も退かず、爪を振り下ろすライオンの前で微動だにしなかった。瞬間、掌から放たれた勁気が空気を震わせ、目に見えない力がライオンの体を包み込む。「落ち着いて」静の声が低く響くと同時に、ライオンの巨体は地面に押し倒され、動きを封じられた。
彼女ほどの錬気大成期の修為を持つ者にとって、この程度の “大きな猫” を制するのは造作もなかった。
まるで “叩いてから飴を与える” ように、静は片手でライオンをしっかりと押さえつけ、もう一方の手でその首のたてがみを優しく撫でた。何度か撫でるうちに、力が抜けていくのが手のひら越しに伝わってくる。静はそっと身をかがめ、ふわふわの体に頬を寄せた。柔らかな毛並みの感触、温かな体温、そしてかすかに混じる野生の匂い――すべてが心を満たしていく。彼女は深く息を吸い込み、目を閉じた。――幸せ。本当に、幸せだった。
その自然の毛皮は驚くほど滑らかで、手のひらに吸い付くような心地よさだった。しかも、このライオンからは獣特有の強い臭いが一切しない。代わりに漂ってきたのは、草の淡い香り――おそらく、草むらを通り抜けたときにまとったものだろう。そして、その香りの奥に、ほんのかすかに血の匂いが混じっていた。
血の匂い――？静はハッとして目を瞬かせた。モフモフの感触に包まれているうちに、頭がぼんやりしてくる。危ない、このままじゃ完全に酔ってしまいそうだ。「まずは、怪我の手当をしないと……」彼女は深呼吸をして気を落ち着けると、名残惜しそうに手を離し、荷物の中から救急箱を取り出した。
静は顔を上げ、ライオンの後ろ足に視線を向けた。そこには深い切り傷があり、まだ血がにじんでいる。さらに、足の骨は不自然な角度に曲がっており、見るからに痛々しかった。
「大きいの、怪我してるね。治してあげるよ」静はできるだけ優しい声でライオンに話しかけた。「おとなしくしてね」それが伝わるかどうかはわからなかったが、少なくとも敵意は感じられなかった。
ライオンは先ほど静に強引に撫でられたとき、最初こそ反射的に抵抗しようとした。だが、あの二本足の生き物の手が毛並みを滑る感触があまりにも心地よく、次第に警戒心も薄れていった。今ではもう、ただその手の温もりを思い出すだけで、体の力が抜けてしまうほどだった。
静が立ち上がって少し離れても、ライオンは逃げようとしなかった。むしろ、落ち着いた様子でその場に伏せたまま、じっと静のほうを見つめている。本能的には逃げるはずなのに――今はただ、不思議とその場所が安心できるようだった。
静は急いで四輪バギーのもとへ戻り、救急箱を抱えて駆け寄った。地面に膝をつき、箱を開けると、中の器具を手際よく並べていく。「よし……大丈夫、怖くないよ」彼女はそう声をかけながら、慎重にライオンの傷口を消毒し、治療を始めた。
静は止血剤と抗感染剤の注射を取り出し、ライオンの傷の周囲にそれぞれ一針ずつ打ち、包帯を巻こうとした。
だめだ――ライオンの傷ついた足は、他の獣に噛まれて骨折しているようだ。ただ包帯を巻くだけでも、枝で固定しても、位置がずれてきちんとは治らないだろう。せっかく治療するなら、最後まできちんとやるべきだ。骨を正しい位置に戻して、しっかりと治してあげよう。
静はライオンの大きな頭を優しく撫でながら言った。「これからちょっと痛いかもしれないけど、おとなしくしててね」そう言うと、彼女は慎重にライオンの足の骨を正しい位置に戻し、指先から霊気を流し込んだ。淡い光が静かに広がり、損傷した骨がゆっくりと再生を始める。
錬気大成期とはいえ、静の体内に蓄えられた霊気はまだ十分とはいえなかった。これから森の中を巡回する中で、どんな事態が起こるかもわからない。そのため彼女は、霊力を骨の治療だけに集中させることにした。皮膚の傷や浅い切り傷は自然の回復力に任せ、霊気の消耗を最小限に抑えた。
魚を食べたときよりも、さらに強い心地よさがライオンの体を包み込んだ。幸福そうに目を細め、喉の奥から小さく満足げな音を漏らす。特に傷ついた足から伝わる感覚は鮮明で、温かな力が骨の奥まで染み渡っていくのをはっきりと感じていた。
頭の中が真っ白になり、ふわふわとした感覚に包まれた。こんなにも心が解けるようにリラックスして、気持ちよく感じたのは本当に久しぶりだった。これまで胸の奥に溜まっていた苛立ちや痛みが、まるで霧が晴れるように遠ざかっていった。
目を覚ますと、あの二本足の生き物――静は、すでに焚き火のそばに座っていた。炎の上では数匹の魚が焼かれ、香ばしい匂いがあたり一面に漂っている。
この二本足の生き物のそばにいると、不思議と頭がすっきりして気持ちよくなる。それに、どうやら自分を傷つけるつもりもなさそうだ――そう悟ったライオンは、もう逃げようとはしなかった。のんびりと歩み寄り、静の隣に身を伏せる。
静は振り向いてライオンを見つめ、口元にやわらかな笑みを浮かべた。「遠慮ないのね」軽くそう言うと、ライオンの耳がぴくりと動き、まるで言葉の意味を少しだけ理解したように尻尾をゆるやかに揺らした。
人と獣、どちらの視線も焚き火の上の焼き魚に釘づけだった。二人とも、早く焼けて腹を満たせることを心の底から願っている。焚き火のぱちぱちという音だけが静かに響き、その場の空気は一時的に、驚くほど穏やかで和やかだった。
一方その頃、事務所は大混乱に包まれていた。まだ夜明け前だというのに、動物園ではすでに重大な異変が発生していたのだ。
ペドロ老親王の獣の姿が森の中で負傷し、派遣された兵士たちは依然としてその行方を追えていなかった。森の地形が複雑で、追跡用ドローンも信号が途切れがちになっており、捜索は難航している。
フィルス園長は焦りのあまり落ち着きをなくし、静の前で見せていた優雅さはすっかり消えていた。自ら森へ出て探しに行きたいほどだった。
「どうしてこんなことに……」誰もが心配そうな表情を浮かべ、重苦しい沈黙が事務所を包んでいた。
広い監視室では、全員が衛星映像に目を凝らし、負傷して身を隠したライオンの姿を探していた。だが、追跡装置が示す座標まで兵士を派遣しても、そこには何の反応もなかった。映像には木々の影と揺れる草原だけが映り、肝心のライオンの姿はどこにも見当たらなかった。
「くそっ！」フィルスは思わず悪態をついた。焦りと苛立ちが入り混じり、握りしめた拳が震えていた。
「もしかして、親王殿下はあのエリアに行かれたのでは？」アンソンは眉をひそめながらそう言った。
あのエリアだけは、すべての信号を完全に遮断する。そこへ向かったということは――誰もが考えたくない最悪の可能性を意味していた。ペドロ親王殿下があの場所に入ったということは、すなわち、ご自身で “命が尽きかけている” と感じているということだった。
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