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32% 夫が私と結婚していたのは、たった七秒間 / Chapter 8: 第8話:雷鳴の向こう側

Capitolo 8: 第8話:雷鳴の向こう側

第8話:雷鳴の向こう側

結衣はソファに座り、スマートフォンの画面を見つめていた。

魅音のSNSには新しい投稿が上がっている。夕日を背景にした海辺の写真。男性の影がシルエットで写り込んでいるが、結衣には誰だかすぐに分かった。

『最高の夜になりそう♡』

挑発的なハートマークが添えられている。

結衣は画面をスクロールした。他にも写真がある。レストランでの食事、ホテルのロビー。どれも怜と一緒に過ごしていることを匂わせるものばかりだった。

その時、スマートフォンが震えた。

怜からの着信だった。

結衣は一瞬躊躇したが、通話ボタンを押した。

「結衣?」

怜の声が聞こえる。背景には波の音が微かに響いていた。

「今夜は嵐になるらしい」

かつてのように優しい声だった。

「戸締りはちゃんとして、雷が鳴っても怖がるな」

昔、結衣が雷を怖がっていた頃、怜はいつもこう言って慰めてくれた。

結衣の胸に懐かしさが込み上げる。過去の記憶が蘇った。新婚の頃、嵐の夜に怜の腕の中で震えていた自分。「俺がいるから大丈夫だ」と囁いてくれた温かい声。

「ありがとう」

結衣は小さく答えた。

「出張、順調?」

「ああ、まあな」

怜の声に微かな動揺が混じる。

「明日には帰る予定だ。君の好きなお土産を——」

その時だった。

「怜!早く!花火が始まるよ!」

電話の向こうから魅音の明るい声が響いた。

結衣の手が凍りついた。

「あ……」

怜が慌てたような声を出す。

「結衣、これは——」

「早く寝ろよ」

怜は一方的に電話を切った。

無機質な「ツーツー」の音が響く。

外では雷鳴が轟いていた。やがて稲光が夜空を裂いたとき、結衣の涙は窓の外の雨と一緒にこぼれ落ちた。

――

一夜明けた朝、結衣は庭に出た。

嵐は去っていたが、庭は無残な姿を晒していた。かつて怜と一緒に植えた薔薇の花びらが地面に散らばっている。折れた枝、倒れた鉢植え。

結衣は散った花びらを拾い上げた。

「留められないものは、無理に掴もうとしなくていい」

呟いた言葉は、風に運ばれて消えていく。

不思議と悲しみは湧いてこなかった。代わりに、冷静な諦観が心を満たしている。

もう決まった。

――

結衣はスーツケースを寝室に運び、荷物を詰め始めた。

必要最小限の衣類、大切な書類、母の形見のブローチ。それ以外は何もいらなかった。

思い出の品々を見つめる。怜との写真、二人で選んだ食器、旅行先で買った小物。

結衣はそれらを一つずつ手に取り、ゴミ袋に放り込んでいった。

写真立てが床に落ち、ガラスが割れる音が響く。

その時、スマートフォンが鳴った。

怜からのメッセージだった。

『全部君のために選んだプレゼントだ。気に入ってる?』

添付された写真には、見覚えのないジュエリーが写っている。

結衣は画面を見つめたまま、何も返信しなかった。

パソコンを開き、保存していた監視映像のファイルをUSBメモリにコピーする。オフィスでの怜と魅音の密会、宴会での二人の親密な様子。すべてが記録されていた。

証拠は十分だった。

結衣は婚約指輪を指から外し、リビングのテーブルに置いた。その隣にスマートフォンも置く。

玄関の鍵を棚に戻し、振り返ることなく家を出た。

足取りは軽かった。三年前に離婚が成立していたことを思い出し、面倒が減ったとすら感じていた。

外では新しい朝の光が差し込んでいる。

結衣は歩き続けた。どこへ向かうのか、自分でも分からないまま。


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