雪子は一瞬固まり、すぐに前に駆け寄って、親しげに梅子の腕を掴んだ。
「お姉さん、昭さんのことが好きなのは知ってるわ。でも、私と昭さんが両思いだってことも知ってるでしょう?お願いだから、私たちを引き離さないで!昨日、昭さんに何を言ったの?今日は私のことを無視してるのよ…」
梅子は眉をひそめ、雪子に掴まれた手首を冷たい目で見つめ、軽く力を入れて振り払った。
「言われなければ忘れるところだったわ。昨日、河童みたいな男が私にLINEを交換したいって、醜かったから教えなかったの。あなたの恋人だったのか」
雪子は言葉を失った。
「梅子!何を言ってるの?」
梅子は少しの同情も見せずに彼女を見つめた。
あの不細工で脂ぎった男のどこが気に入ったのか、雪子の趣味を理解できなかった。
昭のスマホにいる「お宝ちゃん」「ハニー」「かわゆ子」たちを総出させたら、雪子の前で女子サッカー大会が即興開催できそうだ。
みんな顔がほとんど同じで、雪子と同じシリーズの顔立ち。知らない人が見たら、彼がコレクションしているのかと思うだろう。
こんなゴミ男を大切がるなんて、雪子も目が節穴だ。じゃあ自業自得でせいぜい質素な暮らしでも楽しみなさい。
雪子は梅子のこの視線を見て、自尊心が深く傷ついた。
なんで?!
今や彼女は林家の正真正銘のお嬢様なのに!
梅子のような偽物が、なぜまだこんな上から目線で彼女を見るのか?
雪子の目に濃い嫉妬の色が一瞬浮かんだ。ふと視界の隅に金子華が近づいてくるのを捉えると、さりげなく足を絡ませ、そのまま倒れ込んだ。
「あっ!お姉さん、どうして私を押したの!」
梅子:「…」
金子華は愛する娘が梅子に押されて地面に座り込んでいるのを見て、急いで駆け寄り、心配そうに雪子を助け起こした。
梅子は華の腕の中で泣きじゃくる雪子を見下ろすと、軽妙な一言で局面を逆転させた。
「いい加減に演劇はおしまいなさい。相変わらずの『母は慈しく、子は孝行』ぶりですね」
華は一瞬固まった。「その言葉はどういう意味?私が前に雪子を贔屓していたことを責めているの?」
梅子は手を叩いて、冷淡に言った。「責めてなんかいないわ。私はあなたを軽蔑しているだけ。私の言葉が理解できないのは当然よ。結局、私はあなたの産んだ子じゃないもの。知能というものは、あなたには備わっていないでしょうから」
華:「…」
「待ちなさい!毎日何をいったい演じているつもり!」
雪子の目に得意げな色が浮かび、急いで素直に怒りに任せている華をなだめた。
「お母さん、怒らないで。お姉さんは自分が家に帰ったらどれだけ辛い思いをするか分かってないのよ。私、お姉さんが可哀想で仕方ないわ。山奥の女の子は皆、結納金のために嫁に行かされるって聞いたわ」
彼女がそう言うと、長年彼女を育ててきた家政婦がすぐに口を挟んだ。
「雪子お嬢様の仰る通りですよ。梅子様あんな性格では、ろくに嫁の貰い手もなく、年寄りのやもめ男とでも縁組するしかないでしょう。あの口の悪さでは、嫁入りしたらすぐ殴られそうですわ!」
「雪子お嬢様は本当に優しいですね、まだ梅子様のことを心配されてるなんて」
「雪子お嬢様は小さい頃から梅子様より努力されていました」
…
これらの声は雪子の耳に心地よく響いた。
彼女は口元を緩めたが、梅子がまだ淡々と微笑んでいるのを見て、まるで彼女たちを相手にする気がないかのようだった。
なぜ梅子はまだ笑えるの?
きっと演技に違いない!
華は怒りに任せて、梅子の手にあったノートパソコンを奪い取った。
「今まで誰のおかげで飯が食えてきたと思ってるの?今日たとえ裸一貫で出て行けと言われても、私の言うことを聞かなきゃ!」
雪子は目を見開いた。
期待に満ちたまなざしで華を見つめた。
わぁ!これは本当に刺激的だね!
林盛男が急いでやって来て、パソコンを取り上げ、梅子の腕に押し込んだ。
何と言っても、梅子と自分は父と娘の縁があったのだから。
もし事を荒立てたら、、この界隈でやっていけなくなるじゃないか?
盛男は見栄っ張りで、こんな恥はかけないのだ!
「梅子、出て行く前に欲しいものはあるか?うちは大家族だし事業も大きい。欲しいものがあるなら上げるよ」
家政婦はまだしつこく、火に油を注ぐように言った。
「私は梅子様を見るたびに、背筋が寒くなるんです…」
「やはり辺鄙な田舎から来た方は違いますね。何か奇妙な手段を知っているのではないでしょうか?」
「私が思うに、何も持って行かせるべきではありません。家の中に監視カメラを設置するような女の子は、考えてみれば本当に恐ろしいです!」
…
梅子は無視して、自分の持ち物を全て片付けた。
透き通った瞳を上げ、目の前の華と雪子を見つめた。
彼女は軽く笑った。「あんたたち親子、こんなに似てるのに、今まで気づかなかったのか?河童との婚約が決まったから慌てて、落ち着きを失ったんだろ?ありがとうよ、おかげでこっちもわざわざ婚約破棄する手間が省けたからな」
小さい頃から、梅子が何をしても、華は雪子を贔屓していた。
学業なんてできなくていい、どうせ林家は成績で生きていく必要もないからなと言い含めていたんだが、後でわかったことだが、あの時雪子が彼女の成績の良さを妬み、華に泣きついていたからだった。
彼女が試験で高得点を取ると、華に「雪子の気持ちを考えていない」と怒鳴りつけられた。
いわゆる「家政婦」の娘が、華の目には梅子という実の娘よりも大切だった。
何を意味しているのか、後ろめたいことをした華なら、自覚があるはずだ。
梅子は口元を緩め、盛男を見た。
「私は何も要りません。でも、その代わりに、あなたたちに『贈り物』を用意しました。林さんと林夫人が気に入ってくれるとありがたいです。私が出て行ってから届くだと思います」
この言葉は冷たく、林家との縁を切る意思を示すものだった。林家との関係を持ち続ける気は全くない様子だった。
盛男の顔が少し崩れた。
華は梅子の言葉を聞いて、梅子が出て行くというのに、まだ自分を脅しているように感じた。
彼女の怒りは頂点に達し、雪子の見せかけの制止など無視して、いきなり梅子に飛びかかり、平手打ちを食らわそうとした。
「あなたのような人間が石井家との婚約を解消するなんて言えるの?言っておくけど、出て行ったら二度と戻ってこないでよ。田舎に帰って鶏の世話をして泣きたくなっても、こっちはもう知らないからな!」
華は梅子の手からスーツケースを奪おうとし、振り上げた手がまだ落ちる前に、梅子は身をかわした。
後ろの人も引き止める間もなく、華は壁に頭から激突し、頭に大きな瘤ができた!
華は大きな悲鳴を上げた。「あなた、私を押したなんて?!」
雪子は驚いて、急いで華を支えに行った。
梅子はその場に立ったまま、全身が氷のように冷たかった。「私はまだあなたを平手打ちしていないわよ」
彼女の目には、華も雪子も、ただの滑稽な道化師に過ぎなかった。
この視線に華は後ろめたさを覚え、宙に浮かせた手が震えながらも、最後まで振り下ろせなかった。
事を丸く収めようとする盛男も、取りなすように言った。「みっともない騒ぎはよせ。皆で梅子を送り出そう。おそらく…これが今生の別れとなるだろうからな」