どれくらい寝ていたのだろうか、再び目を覚ますと、横で誰かが話している声が聞こえた。
「彼はどうかしてるの?詩織の子供が危ないというのに、まだ他の女と一緒にいるなんて!だめ、私が彼に説明を求めに行くわ!」
「彼女は、相馬には子供のことを知らせたくないって言ってたじゃないか」
桐山陽介は神崎美緒を制止した。「もう離婚すると決めたんだし、子供がいなくなった方が、彼女にとっては良いのかもしれない」
美緒の声には涙が混じっていた。彼女がとても悲しんでいることが伝わってきた。
陽介はため息をついた。「彼女が目を覚ましたら、詩織には自分なりの判断があるさ」
美緒の声は次第に小さくなっていった。「でも、詩織の初めての子供なのよ…」
胸が締め付けられ、閉じていた瞼が震えた。
子供が、いなくなったの?
こんなに簡単に消えてしまったの?
まだ産むかどうか決めていなかったのに、もういないの?
ぼんやりとした意識の中で、相馬が私を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
「詩織、子供を作ろう」
彼は酒を飲んでいて、強い酒の匂いが鼻をつき、私をベッドに押し倒し、ほとんど乱暴に私を求めた。
「おじいさんの願いのためにー」
この子は、彼が酔った時にできたものであって、彼が本当に欲しかったわけじゃない。
それならば、いなくなったならそれでいい。
美緒はもう何も言わず、陽介も黙り込んだ。
病室内は怖いほど静かで、私は両手をぎゅっと握り、ゆっくりと目を開いた。
「詩織、目が覚めたのね」
美緒が駆け寄って私の手を取った。彼女の目は赤く腫れていた。
「おじさんとおばさんには何も言ってないわ」
私はまばたきをして、力なく頷いた。「うん、知らせる必要はないわ」
両親は体が弱いから、心配させない方がいい。たいしたことじゃないし。
「今どう?」
陽介が尋ねた。「辛い?」
私は首を振った。「辛くないよ」
手を上げてお腹に当てると、そこはぺちゃんこで、何かが足りないような気がした。
陽介は口を開きかけたが、何を言えばいいのか分からないようだった。
次の瞬間、私の携帯が鳴った。
美緒はそれを取り、しばらく迷った末、私に渡そうとはしなかった。
「相馬?」
私は乾いた唇をかみしめた。「渡して」
電話に出ると、相馬の冷たい声が聞こえてきた。
「どこにいる?」
「病院?」
「なんでまた病院にいるんだ?」相馬は沈んだ声で言った。「おじいさんが朝茶に呼んでる。迎えに行く」
彼の口調はいつも通りで、昨日起きたことをすべて忘れているようだった。
そして私がなぜ病院にいるのか、一度も気にかけようともしない。
「暇じゃないわ」
私は淡々と言った。もう彼に会いたくなかった。
相馬への愛は、わずか数日のうちに徐々に消え去っていた。
子供もいなくなった今、彼との間には何の関係もない。
だったら、会う必要もない。
「おじいさんが会いたがってなければ、俺が今お前に会いたいと思うか?篠原詩織、昨日お前が優香を殴ったこと、まだ清算してないからな!」
相馬の私への態度が、白石優香が戻る前とはまったく違うものになっていることに気づいた。
彼はもう演じることすら、したくないようだった。
「篠原」彼はさらに付け加えた。「知らないとでも思ったか?当時、父さんが優香を留学させたのは、完全にお前の仕業だったってことを!」
携帯を握る手に力が入り、何かを見抜かれたような気がして、心臓の鼓動が早くなった。
「わかったわ、すぐ行く」
電話を切ると、私は布団をはねのけて起き上がろうとした。
美緒が私を支えた。「何するの?本当に行くの?命知らずね?」
私は美緒の手を握り返した。彼女の手はとても暖かく、凍りついた私の心を少しずつ温めていった。
「行くわ、美緒。今度こそ相馬にはっきり言うの。もう彼とは何の関係も持ちたくないって」
きっと私の目が強い決意を示していたのだろう、美緒はゆっくりと頷いた。
陽介は自分の上着を取り、私の肩にかけた。
「一緒に行こう。何かあったら、力になれる」
私は頷いた。「ありがとう」