赤土まみれの道を、トボトボと歩いていた。
空は変に紫がかっており太陽も二つ。
一個でええやろ、なんで二つもあんねん。
風はスパイス臭いし、遠くから「ギャギャギャギャギャ」と聞いたことない鳴き声が響いてくる。
道の脇には、デカい石の浮いとる遺跡が宙にぷかぷか。よーわからんけど物理が仕事サボっとる。
──うん、異世界やわ。
真堂拳志は、干し肉を噛みながらぼやいた。
「なんやねんこの世界……現代とゲームと中華街の悪いとこ全部混ぜたみたいやな……」
「それでも、ここがヴェルザ=ルーンの王都圏よ。覚えときなさい」
横でキレ気味に歩くのは、金髪の姫、アリシア。
「はいはい、王都やな。うまい飯あるんやろ?早よ行くで」
「……はぁ……あんたの脳みそって、空腹と喧嘩しか入ってないのね……」
そう言いながら門へ近づくと──
人のざわめきと、空気の重たさが、急に変わった。
「……なんや、騒がしいな」
門の先、石畳の広場。
処刑台と、縛られた子供の姿。
拳志の目が、すっと細くなる。
(弱いもんいびる奴は...昔から一番許せへんな)
「姫さん、ちょい行ってくるわ」
「はあ!?ちょっと拳志!またアンタ勝手に……!」
すでに、拳志は広場へ歩き出していた。
ざわめきが、広場を覆っていた。
処刑台の前では、民衆が口を噤んで立ち尽くしていた。
怒るでも、止めるでもない。誰もが、ただ見ているだけ。
泣き出しそうな女、顔を伏せる老人、手を引く母と子。
その目には、諦めと恐怖が宿っていた。
一方で、その背後の石造りの街道では、
豪奢な服をまとった貴族たちが、処刑の様子を見ながらも、
「またか」と言わんばかりに、何事もなかったように通り過ぎていく。
周囲の騎士団は、誰一人として目を逸らさない。
だが、それは正義のまなざしではなかった。
処刑台に向けられる視線は、冷酷で、無表情で、訓練された無関心。
王都ヴェルクレスト
それが、この国の正義だった。
中心にある石畳の処刑台では、十歳にも満たない少年が、縄で柱に縛りつけられていた。
「これにて、本件の裁きとする」
騎士団の男が、冷たく告げた。
罪状は貴族街のパンを盗んだ。
ただそれだけ。
「民に模範を示すには、罰も必要だ」
「王都の秩序を乱す異分子を、断固排除する」
「この国は法と統律によって守られているのだ」
もっともらしい言葉を並べる騎士たち。
その周囲には、息を潜める民衆と、無関心の貴族たち。
そしてその場に、ひときわ異質な男がいた。
肩で風切って歩きながら、咥えていた干し肉をもしゃもしゃと噛みちぎる。
「ああ、うっさいなぁ……胸糞悪ぅてしゃあないわ」
処刑台へと続く階段の下──その足音に、誰かが気づいた。
「……待て、そこの男!ここは王国の処刑場だ。立ち入りは──」
次の瞬間、騎士の体が崩れ落ちていた。
顔は石畳にめり込み、呻き声すら出せない。
広場にいた誰も、拳志が動いたところを見ていなかった。
ただ、気がつけば騎士が沈んでいて──
空気は一瞬で凍りついた。
「お、おい……!?誰だあの男は……!?」
アリシアが、顔を青くして呟く。
「拳志……!」
拳志は処刑台を見上げる。
縄で縛られ、震えている少年。
そして、その前で大剣を構え、今まさに断罪せんとする騎士。
「……へぇ。民に模範を見せる言うて、ガキ殺すんか。ずいぶん立派な正義やな」
首を鳴らしながら、階段を一歩ずつ登る。
「……なにをしている、貴様は!?」
「処刑を妨害すれば、貴様も国家反逆罪──っ!!」
言葉の続きを告げる前に、騎士の体がぐらりと傾いた。
数歩よろめいたかと思うと、そのまま前のめりに倒れ込み、動かなくなる。
拳志はもう、処刑台の上に立っていた。
「ガキを殺すために武器構えて、守るために殴る奴を悪者呼ばわりか。どんな教育しとんねん、この国は」
震える処刑隊長が、最後の手段とばかりに構えを取る。
「こ、この暴徒を鎮圧せよッ!!」
直後──
処刑台に展開されたのは、複数の魔術式。
空間を歪め、剣を高速で振るい、炎と風を操る複合魔術剣士。
「貴様のような暴力者に、秩序を乱す権利はない!!」
風が鋭く裂け、空気が押し出される。
火の塊が軌跡を描きながら、一直線に拳志へ迫った。
「──で?」
拳志が前に出した拳が、炎も風も──すべてを、無造作に打ち砕いた。
火球が砕け、風が消え、魔法が崩れ落ちる。
魔力の奔流すら、拳一発で吹き飛ばした。
処刑台の上で、沈黙が落ちた。
「……魔法が……効いてない……?」
「いや、違う……消された……!」
騎士たちが青ざめる。
アリシアですら、ゴクリと唾を飲んだ。
拳志は、魔法陣が砕ける火花の中で、ただ一言。
「お前らの正義、薄っぺらいねん」
殴ろうとした。
そのときだった。
「やめなさい拳志ッ!!」
アリシアの声だった。
「それ以上やったら、あんたがただの暴力になる!希望じゃなくなる!私は……そんなの、見たくない……ッ!」
拳志の拳が、止まった。
……ほんの、寸前で。
沈黙。
処刑隊長は、汗だくで一歩引く。
拳志は、口の端だけを吊り上げた。
「……しゃあないな」
ゴッ!!
拳志は騎士ではなく、処刑隊長の足元を殴った。
石畳が砕け、バランスを崩した騎士の大剣が宙を舞い──
拳志は、その柄を掴んだ。
そして。
パキィィン!!!
真っ二つに、へし折った。
「これが、お前らの正義の剣や。ペラペラやな」
隊長が崩れ落ちる。
広場は、静まり返っていた。
アリシアは拳志の背中を見つめた。
怒鳴ったはずなのに、胸が妙に早く打っているのに気づき、思わず息をのむ。
「……暴力的なのに……ちゃんと止まれるのね、あんた」
拳志は、一度だけ振り返って、言った。
「理不尽なことには、容赦せえへん。
まぁ、筋の通った声には、ちゃんと耳傾けんとな」
アリシア、目を見開いて、思った。
──この人なら、変えてくれるかもしれない。
民が、静かに拍手を始める。
子どもが泣きながら、拳志に抱きつく。
拳志は、少し戸惑いながら──その頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
拳志は歩き出す。
「腹、減ったな。なんか食うもんないんか?」
この日、王都の正義が──ひとつ、ぶっ壊された。