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第1話:偽りのサプライズ
[綾崎(あやざき)詩音(しおん)の視点]
聖儀の館の応接室で、私は担当プランナーの前に座っていた。彼女の困惑した表情が、私の要求がいかに異例なものかを物語っている。
「花嫁だけを変更、ですか?」
プランナーは資料を見返しながら、戸惑いを隠せずにいた。
「はい。2週間後の結婚式は予定通り行います。ただし、花嫁を別の方に変更していただきたいの」
私は冷静に答える。表情一つ変えずに。
「しかし、綾崎様。このような変更は前例がなく……」
「お金の問題でしたら心配いりません。追加料金も含めて、全て私が負担します」
プランナーの目が見開かれた。私は続ける。
「それと、氷月(ひづき)怜士(れいじ)には一切連絡しないでください。今後のことは全て私を通してほしいの。これは絶対に守っていただきたい条件です」
「わかりました。では、新しい花嫁の方のお名前を……」
「花園(はなぞの)玲奈(れいな)です」
私がその名前を口にした瞬間、プランナーの手が止まった。
聖儀の館を出た詩音は、スマートフォンを取り出してK市行きの切符を予約した。2週間後の結婚式が終わったら、すぐにこの街を離れる予定だった。
予約を完了した直後、着信音が鳴った。画面に表示された名前を見て、詩音の唇に冷たい笑みが浮かんだ。
[綾崎詩音の視点]
「詩音?今どこにいるんだ?」
怜士の声が聞こえる。いつもと変わらない、優しい声。
「聖儀の館よ。結婚式の最終確認をしていたの」
「そうか。お疲れさま。今夜、一緒に夕食でもどうだ?」
夕食。
その言葉を聞いた瞬間、私の記憶は過去へと遡った。
――あの日のことを思い出す。
私たちが初めて夕食を共にしたのは、大学生の時だった。幼馴染だった私たちが恋人同士になったきっかけも、夕食の誘いからだった。
「詩音、大丈夫か?」
怜士が心配そうに私の肩に手を置いた。あの事件の後、私は男性に触れられることすら怖くなっていた。暴漢に襲われた夜の記憶が、私を縛り続けていた。
「怖くない。怜士だから、怖くないの」
私がそう言うと、怜士は安堵の表情を浮かべた。
「詩音、俺と付き合ってくれ」
突然の告白に、私は驚いた。
「でも、私……まだあの事件のことが……」
「時間をかけよう。君のペースで構わない。俺は待つから」
怜士の優しさに、私の心は救われた。でも同時に、私は彼に条件を出した。
「怜士、もし私たちが付き合うなら、約束して。完全な愛を誓って。もし裏切ったら、私は二度とあなたの前に現れない」
怜士は真剣な表情で私を見つめ、力強く誓った。
「詩音、俺は君だけを愛する。一生君を愛し、君を大切にすることを誓う」
その誓いを信じて、私は彼と歩んできた。トラウマを乗り越え、彼の愛に支えられて、私は再び笑えるようになった。
――そして昨夜、全てが崩れ去った。
怜士が花園玲奈と既に入籍していることを知った時、私の世界は音を立てて崩壊した。
「詩音?聞こえているか?」
電話の向こうの怜士の声が、私を現実に引き戻す。
「ごめんなさい。少しぼんやりしていたわ」
「疲れているのか?今夜はゆっくり休んだ方がいいかもしれないな」
「いえ、大丈夫よ。実は、あなたにサプライズを用意したの。結婚式の日にあげるわ」
電話の向こうで、怜士が笑う声が聞こえた。
「サプライズか。楽しみだな」
その時、電話の向こうから微かに女性の吐息が聞こえた。布が擦れる音。そして、唇が重なる湿った音。
怜士は今、玲奈と一緒にいる。
私は何も聞こえなかったふりをして、明るい声で答える。
「きっと驚くと思うわ。楽しみにしていてね」
「ああ、楽しみにしている。それじゃあ、また明日」
電話が切れる。
私はスマートフォンを握りしめ、空を見上げた。
怜士、2週間後、結婚式で起こる出来事が、あなたにとって本当にサプライズであることを願うわ。