Capitolo 3: 第3話：偽りの証拠
第3話：偽りの証拠
[綾崎詩音の視点]
翌朝、キッチンから甘い香りが漂ってきた。
私がリビングに足を向けると、怜士がエプロン姿で白玉団子を作っていた。いつものように、上の二つのボタンを外したシャツ姿で。でも今日は違った。一番上のボタンまで、きちんと留められている。
「おはよう、詩音。昨夜はよく眠れたか？」
振り返った怜士の笑顔は、いつもと変わらず優しかった。
「ええ、おかげさまで」
私は何気なく答えながら、彼の様子を観察する。
「白玉団子？珍しいわね」
「君の好物だろう？体調が悪そうだったから、消化の良いものを作ったんだ」
怜士は得意げに、美しく丸められた白玉を茹で上げていく。
「昨夜、どこか出かけたの？」
私の質問に、怜士の手が一瞬止まった。
「いや、ずっと家にいたよ。君が寝た後、リビングで仕事をしていた」
嘘。
私は彼が車で出て行くのを、この目で見ていた。
「そう。お疲れさまでした」
怜士は白玉団子を器に盛り、私の前に置いた。
「はい、どうぞ。愛情たっぷりだ」
私は顔を上げると、怜士の顎に、うっすらとしたキスマークがあることに気づいた。家ではいつもラフな服装で、上の二つのボタンを外し、セクシーな喉仏を覗かせていた怜士が、今日に限って、一番上のボタンまでしっかりと留めていた。料理をしていたため、少し捲り上がった袖口から、女性に引っ掻かれたような痕が見えた。
決定的な証拠。
私の胃が、激しく収縮した。
「詩音？どうした？」
怜士が心配そうに私を見つめる。
「いえ、何でも」
私は白玉を一つ口に入れた。甘くて、もちもちとした食感。いつもなら大好きな味なのに、今は砂を噛んでいるようだった。
「美味しい？」
怜士が私の口元に、もう一つの白玉を運んでくる。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
「うっ……」
激しい吐き気が込み上げ、私は慌ててトイレに駆け込んだ。
「詩音！」
怜士が後を追ってくる。私の背中に手を置こうとした時、私は反射的に彼を突き飛ばした。
「触らないで！」
私の叫び声が、洗面所に響いた。
怜士は驚いたような表情で、私を見つめていた。
「詩音……どうしたんだ？」
私は洗面台に手をつき、荒い息を整える。冷静になれ。計画を台無しにしてはいけない。
「ごめんなさい。実は昨夜、小説を読んでいて……」
「小説？」
「恋人に裏切られた女性の話なの。あまりにもリアルで、登場人物に感情移入してしまって」
怜士の表情が、微妙に変化した。
「どんな話なんだ？」
私は振り返り、彼の目を見つめる。
「婚約者がいる男性が、別の女性と関係を持つの。でも彼は婚約者に嘘をつき続けて、愛しているふりをする。最終的に全てがバレて、男性はすべてを失うという話よ」
怜士の顔が、わずかに青ざめた。
「そんな男、最低だな」
「ええ。でも一番印象的だったのは、その男性が最後に言った言葉なの」
「どんな言葉だ？」
「『俺は本当に彼女を愛していた。ただ、欲望に負けただけなんだ』って」
私は怜士の目を見つめ続ける。
「怜士、あなたもあの主人公みたいに……」
「詩音」
怜士が私の言葉を遮り、強く抱きしめた。
「俺は心変わりなんてしない。君だけを愛している。それだけは信じてくれ」
彼の腕の中で、私は微笑んだ。
でも、その笑顔を怜士は見ることができない。
その頃、K市の高級マンションでは、花園玲奈が鏡の前で髪を整えていた。首筋には、昨夜つけられた愛の痕が残っている。
「怜士……」
彼女は幸せそうにその痕に触れた。
玲奈のスマートフォンが鳴る。画面には「宅配業者」の文字。
「はい、花園です」
「お荷物のお届けの件でご連絡いたしました。明日の午前9時にお届け予定ですが、ご在宅でしょうか？」
「明日？何のお荷物でしょう？」
「送り主は……綾崎詩音様となっております」
玲奈の表情が凍りついた。
[綾崎詩音の視点]
チャリティパーティー当日の午後、私たちはドレスショップにいた。
「詩音、この黒いドレスはどうだ？君に似合いそうだ」
怜士が指差したドレスは、確かに美しかった。シンプルでエレガントなデザイン。
「素敵ね。試着してみたいわ」
私が店員に声をかけると、困ったような表情を返された。
「申し訳ございません。そちらのドレスは既に予約が入っておりまして……」
「予約？」
怜士が眉をひそめる。
店員は小声で怜士に耳打ちした。
「花園様のご予約でして……」
その名前を聞いた瞬間、怜士の表情が変わった。血の気が引いていく。
私は何も聞こえなかったふりをして、微笑む。
「そうですか。では、別のドレスを見せていただけますか？人のものを奪う趣味はありませんので」
怜士が私を見つめる。その視線に、動揺が混じっていた。
「詩音……」
「大丈夫よ。他にも素敵なドレスがあるでしょう？」
私は青いドレスを手に取り、試着室に向かった。
試着室でドレスに袖を通していると、スマートフォンの画面が光った。
メッセージが表示される。
『あと7日』
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