「馬鹿者」
そう言うと、彼は直接背を向けて出て行った。
安藤詩織は歯を食いしばり、彼の背中に向かって拳を振り上げた。
篠原一誠のお腹がちょうどその時「グゥ」と鳴り、大きな瞳で詩織を見つめてまばたきした。
この困ったガキ、また彼女に可愛さアピールして同情を買おうとしている!
でも仕方ない、なぜか彼女は一誠に対して奇妙な感情を抱いていて、思わず彼に近づきたくなり、彼を心配してしまう。
詩織は愛憎入り混じった気持ちで彼の小さな頬をつねり、一誠を下ろすと、覚悟を決めて台所へ朝食を作りに行った。
一誠のせいで今回は大損したけれど、彼に何の罪があるだろう?彼はただ母親に愛されたいだけで、完全な家庭が欲しいだけなのだ。
悪いのはあの恥知らずな女たらしだ。きっと毎日遊び歩いているから奥さんが見限って去ってしまい、一誠を孤独に残したのだろう。
あの女も良い人間ではない、生まれたばかりの息子を捨てるなんて。
詩織は憤慨しながら考えた。
冷蔵庫を開けると中には牛乳と卵しかなく、少し眉をひそめた。
一誠はまだ小さいのに、毎日これだけを食べさせているなんて、彼の父親は本当に無責任だ。彼女は卵を数個焼いて朝食を作った。
一誠はダイニングテーブルに座り、小さなあごを指でつまみながら、台所で忙しく動く詩織を細目で見つめていた。
白石美纪のどこがいいんだ?母さんは顔も良くて、スタイルも抜群で、料理もできる。父さんは何を考えているんだろう。
あの女が大スターだからか?
一誠の目が輝いた。何かを思いついたようだ。
小さな脚でいすから飛び降り、部屋に走っていって小型のコンピューターを取り出した。
詩織が出来上がった朝食を持って台所から出てくると、一誠がミニノートパソコンを抱え、キーボードの上で指を素早く動かしているのが見えた。
興味を持って近づき、「何してるの?」と尋ねた。
「S市イメージレディーコンテストにママを応募してるんだ」と一誠は答えた。
「ブッ!」詩織は飲みかけた牛乳を吹き出した。
一誠は嫌そうな顔をして、テーブルの箱からティッシュを取り出し、パソコンについた牛乳を拭き取った。
「ママって象じゃないんだから、物を吹き出すのは衛生的にとても良くない習慣だよ」
詩織は目を丸くした。このガキのせいでびっくりしたのに!
このガキが彼女を非難するなんて、そして重要なのは「どうして私が美人コンテストに出なきゃいけないの?」ということだ。
一誠は目の前のパソコンを閉じ、顔に可愛らしい笑顔を浮かべた。
「ママは僕と契約したから、僕の言うことを聞くしかないんだよ」
父さんがスターを好きなら、母さんをトップスターにしてやるんだ。
こんなに可愛い顔をしているのに、なぜ言うことは全然可愛くないんだろう?
詩織の心の中では万頭の草泥馬が駆け巡った。
契約、契約、またもや契約か。
彼女はなぜあんな頭の回転の早い時にこの困ったガキに同意してしまったのだろう?
「ママ、急いで食べて。今日は予選最終日だよ。予選を逃したら、契約が10年延長だからね」
一誠はにこにこしながら急かした。
詩織の内心は崩壊していた。彼女は痛感した、一度の過ちが永遠の後悔につながるということを。彼女はこのガキに人生を決められてしまったのだ!
朝食の後、一誠は詩織を予選会場のテレビ局へ連れて行った。
「選ばないという選択肢はないの?」
詩織は車の中で最後の抵抗をした。
「予選に通らなかったら、10年だよ!」
一誠は詩織が車から降りるのを見送り、にっこり笑って応援のジェスチャーをした。「ママ、頑張って!僕はママなら絶対できると信じてるよ!」
できるわけないじゃん!詩織の内心ではうどんのような太い涙が流れた。
自由のために、彼女は仕方なく振り返ってテレビ局へ入っていった。