「暗夜」──桐城で一番の歓楽街。眠らない街と呼ばれる巨大な娯楽の殿堂だ。
正体不明のオーナーがすべてを仕切っており、そこには桐城一と名高いホステスたちが集められている。妖艶な女も、あどけなく清楚な娘も、どんなタイプでも揃っていた。さらには給仕に至るまで厳選され、容姿もスタイルも申し分ない。誰を見ても目の保養になるほどの徹底ぶり。
まさに、男にとっての極楽浄土だった。
美咲は、かつてそんな場所を心底軽蔑していた。
けれど今は違う。彼女にはお金が必要だった。
そう、手元にはもう一銭もない。
父の介護費用だけで月三百万円。
弟の透析費用は毎週のようにかかる。
はじめのうちはスーパーでのレジ打ちやホテルでの給仕など日雇いの仕事もした。
だが、稼ぎがあまりにも少なすぎて、生活は一向に改善しなかった。
結局、彼女は「暗夜」に足を踏み入れたのだ。
京極健太ーーかつて桐城の富豪の一人娘である彼女は、ここでも高値がついた。
処女であることを病院の検査で証明したうえで、ママの花子紬は「安売りするには惜しい」と判断し、機を待たせていた。ついに、大金を投じる男が現れたのだ。──一夜に千万円。
それまでは歌を歌ったり、酒を運んだりする程度で済んでいた。
彼女を欲しがる客は少なくなかった。だが、千万という大金を処女に投じる客などほとんどいない。遊び慣れた男たちにとって、初めてかどうかなど大した差はないのだから。むしろ、経験豊富な女の方が余裕を持って楽しませてくれる。
制服に着替え、更衣室を出た南初は、酒を届けようとしたところで藤堂楓(ふじどうかえで)が慌てた様子で駆け寄ってきた。「美咲、ママがよんでる!」
美咲は目をパチクリさせた。「……え?」
楓の清楚な顔に不安が浮かんでいる。彼女は小声で続けた。「彼女、すごく怒ってるみたい……どうして怒らせちゃったの?」
美咲は心の中で、消えてなくなった一千万円のことを思い出す。なるほど、怒るのも当然だ。
彼女は苦笑しながら楓の肩を軽く叩き、手にしていたトレイを渡した。「三号室のお客さんの分よ。悪いけど、代わりに運んでくれる?」
「う、うん……でも、美咲、早く行った方がいいよ。花子さん、待たされるともっと怒るから。お願いだから、逆らわないでね。花子さんはあくまで上司なんだから」楓の声には本気の心配がにじんでいた。
彼女たちは皆、花子に雇われたばかりの新人。まだ試用期間であり、彼女の一言で首が飛ぶ。
楓は美咲が花子に反発して、首にされたのgは心配した。
楓は知っていた。美咲がどれほどお金に困っているかを。
美咲はそんな彼女を愛おしく思い、頭を撫でた。「大丈夫よ。心配しないで」
*
休憩室では、紬が煙草をくゆらせていた。
黒いスーツに身を包み、髪をきっちりまとめ上げた姿は、場末のママというより都会のキャリアウーマンのようだ。
「ママ、私を呼びましたか?」美咲は控えめに声をかける。
紬は煙草を灰皿に押しつけ、冷たい視線を向けてきた。「……金は?」
美咲は視線を落とし、かすかな声で答える。「昨日は……駄目でした。あの人……篠原さんは、私を受け入れてくれなくて」彼女は、責任を篠原青斗に押しつけた。