関口茜(せきくち あかね)。
結衣はその人を知っていた。彼女は悠人の大学時代の友人の一人だった。
悠人には大学時代から大勢の友人たちと一緒に遊んでいた。
茜はその中の唯一の女性で、美しく豪快で、気が利いて彼らと仲良くしていた。
ある日、悠人が結衣を連れて友人たちの集まりに参加したとき、茜は愚痴をこぼした。「実は私、女の子と遊ぶのあまり好きじゃないの。女の子って考えることが多くて、わがままだし、私はいつも率直に物事を言うから、人から恨みを買いやすいかと」
後で、その宴会で茜のこの言葉が証明された。
罰ゲームをやった時、茜が負けて、その場で誰かにキスをしなければならなかった。そして彼女は悠人を選んだ。
そのような罰ゲームは、彼女のいる人には不適切だと結衣が思ったが、皆を興ざめさせたくないので、何も言わずに我慢した。
よりによって、彼女は、水を飲んでいる時に誰かに押されて、水が茜の体にこぼれてしまった。
茜は文句を言った。「だから女の子と遊ぶのが嫌いって言ったでしょ。敏感はいいけど、考えすぎたじゃないの?ただのゲームなのに、わざと私に水をかけるなんて、意地悪」
「もういいわ、悠人、今度からこの気難しい彼女を連れて来るなら、私を呼ばないでよ」
そして茜は不機嫌そうに帰り、みんなも気まずい思いで別れた。
それ以来、悠人は二度と結衣を集まりに連れて行くことがなかった。
この二人が関係を持ったことを知ってるのは先月のことだった。
ホテルの部屋で、茜がベッドで跪いて悠人のワインシャツを着ていた。
彼女の出現に、茜は皮肉っぽく言った。「悠人、自分で対応してね。この傷つけたような顔を見るとイライラする。まるで私がとんでもない罪を犯したみたい」
そう言うと、彼女はさっさと立ち去り、自由奔放の様子だった。
それと比べて、結衣はむしろ笑い者になった。
「結衣、この婚約パーティーは女主役が変わるに違いないわ。これから、家族にどう説明するの?パパとママがどう仕置きするか見てみようじゃないか!」
結衣が茜の名前を聞いて顔色を変えた。絵美は得意げに、痛快そうに言った。
彼女はずっと思っていた。結衣みたいな人間が何の権利があって自分の上に立つの?
6千万円?
マンション?
勝手に夢でも見てれば?
絵美は得意げに冷笑して立ち去った。
結衣はその場に立ち尽くし、太ももに垂らした手を強く握りしめ、また開き、また握りしめた。
何度も繰り返して、ようやく心の中の悲しみを押し殺してきた。
レストランに戻ると、葵はまだ先ほどの席に座って、彼女に向けて優しく微笑んでいた。
その瞬間、結衣の中の苦しさ、悔しさ、そして多くの感情が慰められた。
彼女は甘い笑顔を浮かべながら、葵の隣に座った。「叔母さん、ケーキは車の中に置かせました。トイレに行っていたので、こんな長くお待たせしましたね」
「大丈夫よ」葵は結衣の頭を撫でた。「言いたかったのは、悠人はね、生まれてから私の母に甘やかされてきたの。
「母が亡くなった後、悠人を松永家に戻したとき、彼の祖父母はさらに彼を甘やかしていたわ」
「彼の祖父母は、岡田家が彼を甘やかしたなら、松永家はさらに甘やかそうと思ったのよ。それに彼の三叔父は母の代わりに松永家と競争して、松永家が悠人に与えるものを必ず倍にして与えるわ」
葵はこれらの年長者の話をするときも、依然として優しく穏やかな様子だった。
結衣も彼女の母への思いを感じた。「三男様と岡田奥様の関係はさぞとても良いでしょう」
「ええ、だからこそ岡田家が今のような状況になってしまったの...」
そこまで言って、葵は言い過ぎたと感じたようで、話題を戻した。「結衣、悠人は甘やかされた子供なの。彼は皆に甘やかされることを望んでいる。特に親しいほど甘やかしてほしい。甘やかさないと機嫌を悪くする」
「彼は品行が悪くてあなたに辛い思いをさせた。でも母親として、私も自分勝手に、彼が結衣のようないい子を逃さないでほしいと思っているの。彼にもう一度チャンスをあげるかしら?」
結衣は葵の心配そうで期待に満ちた目を見つめた。
「叔母さん、前は私は頭に血が上ってしまいました。彼とちゃんと話し合ってみます…… 」少し間を置いて「宥めてあげます」
「辛い思いをさせてごめんね」
葵は結衣の手をずっと握り、心を痛めながらも安心していた。「私と叔父は必ずあなたに償うわ」
結衣は微笑んで、それ以上は何も言わなかった。
...
夜8時。
極楽世界で。
極楽世界は安藤市で有名な逍遙館だった。1階はバー、2階、3階上に行くほど多彩で様々な娯楽が楽しめる。
1階のバーは悠人が18歳の時に、叔父から贈られたプレゼントだった。
悠人はマイペースだが、エンターテインメントの経営を成功させた。極樂世界バーは彼の手によって毎晩様々なイベントが開催され、毎晩も満員だった。
今夜は特に茜の誕生日のために「20」をテーマにしたイベントが企画され、狂気的で贅沢で、そして誘惑的な雰囲気が漂っていた。
バーの中で、耳をつんざくような音楽が響き渡り、結衣が通る場所で人々が乱舞し、何度かダンスフロアに引きずり込まれそうになった。慎重な彼女の姿はあまりにも場違いだった。
茜の席を探している結衣が、2階からある人が既に彼女を見つめていることに気づかなかった。
窓際で、男が赤ワインを一気に飲み干した。
隣の人がすぐにグラスを注いだ。
「三男様、あの子が好きじゃないか、なぜ急に手を引いたか?」
小声で訴えていたのは浩一だった。
彼は今日、特に岡田彰に会いに来たのは、彰の式に連れていく女性の件について話し合うためだった。
この女性は名目上の岡田奥方なので、そんな簡単な話ではなかった。
婚約パーティーまであと1週間しかなかった。
前は、彰は自分をホストだと思ったあの少女に興味を示していたのに、今度は急に別の女に変えると言ったのだ。浩一はまだ詳細を知らなかった。
「あの子は他の人と婚約するんだ」彰は淡々とした表情でこう答えた。
「構わない。既婚者だとしても離婚できる。ただの婚約なんて。三男様がお気に入りなら、奪えばいいじゃないか」浩一は無頓着に言った。
「俺、人を奪う必要があるのか」と彰は目を細めた。
しかも自分の甥から。
子供から人を奪うだと?
ふん。
「ごめんなさい。私の無礼を」浩一はすぐに言い方を変えた。「三男様のお気に入りの人なら、指一本動かせば、その人はすぐに自ら近づいてくるはずだね」
安藤市の三男様に誰も近づきたいだろうか?
だが、相手は、三男様をホストだと思っている。良家の人間ではないと。
もちろん、この言葉は浩一は軽々しく言う勇気がなく、死にたくなかった。
浩一の言葉に、彰は返事をせず、ただ静かに赤ワインを味わいながら、視線は常に1階に向けられていた。
他の人と婚約しようとしているこの少女。
自分が指を動かせば、この少女は彼を選ぶだろうと浩一が言った。
それで彼は少し試してみたいと思った。
階下で。
結衣が茜の誕生会の席を見つけたとき、その場はとても騒がしかった。
精巧なメイクを施し、真っ赤なドレスを着てる茜は、周囲の人々に祝福され、褒め称えられていた。席の隣には山積みのプレゼントがあった。
そして彼女は大きな花束を抱え、緊張で恥ずかしそうな表情で、目の前に立つ悠人を見つめていた。
周囲の人々はこれから何かが起こるかを予感して、ざわめき始めた。
バーのステージの上で歌手がマイクを持ち、その目を茜の席の方を向けた。「ラブソングを今日大胆に愛を追求する女の子に捧げます」
この言葉に、茜の周りの友人たちはもはや興奮を抑えられなくなった。
彼らは拍手したり、歓声を上げたりした。
茜はこれらの注目の中で、勇敢な表情で悠人を見つめた。「悠人、私たち二人は知り合ってからずいぶん経ったわね。今日、言いたいことがあるの」
プロポーズするんだ。
「悠人、聞きたいんだけど、あなたは...」
「悠人!」