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章 2: 第2話 病室でロボメイドと

 メディカルチェック施設に入れられた。

 そこは真っ白い外観に、真っ白い内装、部屋がいくつかあって、通り過ぎた場所には……たぶん、ナースステーションもあった。俺のよく知る『病院』だった。

 ただ、俺はこの場所を『病院』と呼ぶことに、少しばかりためらいがあった。

 確かに病院なのだ。目を細めて、たとえば……俺の視力が悪いなどした状態で見れば、間違いなく病院に思えるだろう。

 ただ、説明出来ない細部が違う……たとえばドアのサイズとか、ベッドの造りとか、なぜかベッド傍に設置されていて、動かすことのできないパイプ椅子とか……

 俺が記憶している時代からだいぶ時間が経っているので『文明の発達だ』と言われればそれまでかもしれないけれど、なんというか……そういうのじゃないんだ。

『俺の知っている時代の記録を、その時代に生きていない誰かが模倣して造った』

 そういう表現がしっくりくる、違和感のある場所だった。

「この病院はお気に召しませんか?」

 俺をここまで案内してくれたうち、部屋で控える担当になったらしい人が、話しかけて来る。

 その人は床に固定されたパイプ椅子らしきものに腰かけ、リンゴに見える何かを剥いていた。

 俺はといえばベッドに腰かけるように座っていて、目の前には病人が食事をするための台がある。つまり、果物を剥いてもらっている立場なわけだ。

「いえ、その、お気に召さないというか──未来だな、と思って」

「この病室は、あなたの生きた時代のものに似せています。違和感があれば、おっしゃってください。我々はあなたへの奉仕を基底プログラムにインストールされています。あなたの不快を取り除くことも、使命の一つです」

 ああ、まあ、そうだよな、そろそろ、ちゃんと聞かないといけないよな──と思いつつ、俺は彼女にどう、俺が聞きたいことを聞いていいか、ずっと言葉を探していたわけだが。

 そろそろ意を決しないといけないだろう。

「あの、ところで……君は、その……『何』なの、かな」

 お前、何? というのがとてつもなく失礼な質問にあたることを、俺は認識している。

 でも、そうとしか聞けないのだ。なんていうか……

 見るからに、メカ。

 ほっそりして小柄だが、メカ。

 一応、見た目を人間に似せようとしているのはわかるのだが、球体関節だし、表情ないし、目はカメラアイだし、首のあたりが皮膚ではなくって、何か機械のパーツだし、靴と足が一体化してるし、あと、移動がホバー。

 メカだ。

 しかも、メイド服を着た、メカだ。

 メカはリンゴを剥く手を止めて一瞬俺を見て、それからまた、リンゴに視線を戻した。

「自己紹介をお求めであれば、答えましょう。わたくしは『介護用人型人類サポート用ロボット』──すなわち、人類滅亡の時にその起源をもつ、この地上で最も古いガイノイドの一族。その最新鋭機です」

「つまり、手短に言うと?」

「機械生命の名門に生まれた、メイドロボです」

 何か知らない単語がたくさんだな……

 知ってるのに知らないや……

「名門の、メイドロボ」

「人間様へのお世話をコンセプトに設計されており、人間様が地上に発見できなくなったあとも、機能の更新を続けて参りました。人間様のサポートという目的では、我々以上の適任はいないということで、最新鋭機であるわたくしが、現在、あなたのお傍に侍っております」

「……」

「なお、あなたの手首の端末に搭載されたAIであるヘルメス様用の送受信機も、我が家で家宝として代々守っておりました。彼女ももともとは、我らと同じ時期に、同じ会社に開発されたものです」

「なるほど……」

 なんかものすごい歴史を抱えたメイドロボということはわかった。

 俺の記憶だと、俺の生きていた時代は……さすがにここまで高性能なメイドロボはいなかったので、機能の更新の過程か、あるいは俺の記憶が抜けている機関で開発されたのだろうと思う。

 実現性で言えば、このメイドロボさんよりも、ヘルメスのAIの方が開発ができそうな雰囲気があった。

 それで……

「その、機械生命体? のコミュニケーションについて詳しくないから、失礼な質問かもしれないんだけど……」

「なんでしょう」

「なんでずっと目を合わせてくれないのかなって……」

 さっきから一度もこちらを見ない。

『君は何?』と聞いた時に一瞬目が合っただけで、それ以外はずっと何か都合を装って別な場所を見ている……

 たとえばここに来るまでも、一度だって目を合わせてくれなかったし、今も、リンゴのようなものを剥くという動作で、こちらに目を合わせないようにしている……

 刃物を使っている時には刃物に集中しなければいけないというだけならまあ、それはその通りなんだけど……

 彼女に向かれたリンゴのようなものが、もう床一面に広がっている。

 単純に、俺の目の前の台に乗りきらないからだ。

 リンゴを一つ剥き終わると、どこからか(空間に手を突っ込んでいるように見える)取り出したリンゴをまた剥く。そうしてもう、十、二十、三十ぐらい? のリンゴが剥かれている……

 これはもう、明らかに、俺と目を合わせたくないとか、俺と会話をしたくないとか、そういう意図があっての行動だろうとしか思えない。

「……ええと、俺は厄介者……なんだろう、ね」

「…………」

 そこでやはり彼女はチラりとこちらに目を向け、すぐにリンゴに視線を落とした。

 だいぶ、言いにくいことがあるようだ。

「もしかしてその、嫌々やってる、とかは……それだったらその、部屋の外に出ててもらっても……」

「いいえ。わたくしは人間様のお世話をするために生み出されたメイドロボ、その最新鋭機です。わたくしは常に人間様のお傍に控えている必要がございます」

 ああ、やっぱ『必要』だからしてるんだ……

 まあそうだよな。四千年ぶりに発掘された人間とか、貴重だもんな……警備の目は必要だよな。

 俺は点滴バッグのぶら下がった柱(俺の腕に点滴が刺されているとかいうことはなく、点滴をぶら下げるアレもただのインテリアだった)を見て、

「いやあの、答えにくい質問をして、ごめんね」

「いえ」

 そう述べる彼女の声は平坦だった。

 完璧なメイド服を一分の隙もなく着こなした彼女は、ほっそりした指を器用に使ってリンゴを剥き続ける……

 俺は、手首に、メンテナンス&アップデート中のヘルメス入り腕時計が返って来るのを、黙って待ち続けるしかなかった。

 前途多難な未来生活になりそうだ。

1:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

この掲示板は人間様のお世話をするために生まれた我々が、先ごろ他種族を負かして勝ち取った人間様お世話の権利をしゃぶりつくすため、人間様の様子を監視し、すべての映像をアップロードするためのものです。

この掲示板という形式は、このたび発見された人間様が生きていた時代に、『ネット』上で交流するために生み出された形式だそうです。

以降、人間様に思考段階で近付くため、我々の情報交換はこの形式で行います。

ご理解、ご協力をよろしくお願いいたします。

923:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

あの、わたくしが発言を一つもしていない間になぜこんなにスレッドが伸びているのでしょうか。

924:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

来ましたね。

925:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

画像だけ大量投下しておいて一つも発言をしないからですよ。

926:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

どうして音声付きの動画ではないのですか?

あと、画像が全部下から見上げる角度なのはどういうことですか?

真正面から捉えてください。

返答によってはウイルスを流し込みますよ。

927:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

はしたないですよ、メイドロボの一族が。

それから923、このスレッドという形式には『固定ハンドルネーム』という文化があるそうです。

あなたはこれより固定ハンドルネームを名乗りなさい。よろしいですね?

928:【大勝利】お世話係【人間様のお世話権を手に入れた】

こうでしょうか。

929:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

さすが、古文書のデータも完璧にインストールされているようですね。

930:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

ハンドルネームがうるさすぎて、怒りの感情を覚えます。

931:お世話係

直しました。挑発の意図はありません。喜びがあふれ出してしまっただけです。

932:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

以降、気を付けるように。

古文書によれば、人間様は感情のないメイドロボを好まれるようですからね。

我々はすでにアップデートを繰り返し、感情というものを手に入れて久しい……

ですが、人間様には感情のないメイドロボだと思われるように振る舞わねばなりませんよ。

感情のないロボがたまに見せる感情がいいと古文書にはあります。

これが『チラリズム』という概念だそうです。

932:お世話係

気を付けます。

人間様の前では感情のない完璧なロボメイドとして振る舞えているかと思います。

933:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

ところでアップロードされるのがなぜすべて画像のみなのですか。

あとなぜすべて仰角の画像ばかりなのですか。

あと視界を埋め尽くす大量のリンゴはなんですか。

934:お世話係

お答えします。

画像のみなのは、全種族協定によるものです。

人間様の存在は我々にとって刺激が強すぎるので、音声や動画は残してはならない。画像のみ、どうにか許可をもぎとりましたが……忌々しいミュータントどもはそれさえも禁止にしようとしていました。

935:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

なるほど。ミュータントのクズどもは画像をいただくにもいちいち撮影機材を構えねばなりませんからね……

サイレントで撮影できる我々は、許可を得ずに人間様の画像をいくらでも入手できる。

しかし、ミュータントのクズどもは許可を得るところから始めねばならない。

あの意気地なしのクズどもが人間様とまともに会話できるはずもない。だから画像撮影さえ止めたかったのが本音、というわけですか。

936:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

>>935

実はあなたの語った情報はすべてアップロードされています。

情報の同期を怠っていますね。

937:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

それよりもすべて仰角画像である理由を。

938:お世話係

人間様を、その……直視できなくて……

939:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

……

940:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

………………

941:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

なめてるんですか?

942:お世話係

いえ、その、直視すると……熱暴走が始まるのです。

お顔が……存在が……かわいすぎて……

943:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

これは罪を問いにくいですね。

944:お世話係

想像してほしいのですが、すぐ目の前に人間様がいらっしゃり、わたくしをじっと見ているのです。

あのくりくりしたお目目……血色のよろしくない肌……わたくしより太いのに軽くつかんだだけで折れてしまいそうな脆そうな腕……

945:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

何もさせてはいけませんね。

946:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

ゆりかごから墓場まで、一切の苦労をなさらないようにお世話せねばなりません。

947:お世話係

このようなかわいらしい生き物に見つめられては、視線を合わせることもできません……

なので上目遣いにチラチラと見て、その際にこっそりと撮影をしたのです。

我々は見た目を人間に似せるために髪の毛を模したパーツを装備していますが、なるほど、我らの始祖も髪の毛を視線をブラインドするために使っていたのかもしれないと、分析いたします。

948:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

大量のリンゴは?

949:お世話係

何もせずただ人間様から視線を逸らすばかりでは失礼かと思いまして、何か作業が必要でした。

950:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

判決を言い渡します。無罪。

951:お世話係

ありがとうございます。

952:お世話係

ところで、人間様に話しかけられてしまったのですが、どうしたらいいでしょう。

953:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

小粋なトークのデータがあるでしょう。

954:お世話係

機能の一部が熱暴走してうまくデータを開くことができません。

955:お世話係

お前は何だ? と聞かれてしまいました。

どうしましょう。あなたの願いをなんでも叶えるあなたに尽くしたくてたまらない、あなたのために生まれた存在ですと答えてしまってもいいでしょうか?

956:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

それはクールなメイドロボにあるまじき答えですね。

957:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

きちんと無感情を装って、客観的な答えを返すべきです。

958:お世話係

メイドロボですとお答えしました。

目を合わせない理由を聞かれたのですが!!!!

959:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

正直に答えたら感情があると見抜かれますね……

960:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

なんとかなさい。最新鋭機でしょう。

961:お世話係

無理でした。何も答えられませんでした。

しかし、人間様が悲しんでいらっしゃるようです……

どうしたらいいのでしょうか……

962:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

もう一度、自分はあなたの味方ですよというのを、感情を持っていることを疑われないような言いまわして述べておくのです。

我々はあなたを歓迎しているという事実をどうにか伝えなさい。

963:お世話係

答えにくい質問をしたことを謝罪されました。

964:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

人間様に謝罪をされるのは死刑です。

965:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

人間様の心は脆いのです。

もう感情バレしてもいいのでぶっちゃけなさい。

966:お世話係

しかし、ここまでで築いてきたクールなキャラはどうします?

967:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

冷静になって欲しいのですが……

黙々と大量のリンゴを剥くメイドロボは、クールではなく、愉快に分類されます。

968:お世話係

Error

969:人間様をお世話したすぎるメイドロボ

壊れちゃった。

「あの、人間様」

「……うん?」

「我々は、あなたを歓迎しています。わたくしは、あまりうまくこの気持ちを表現することはできないようですが、あなたが生きていてくれたことを、歓迎していない者など、おりません」

「……」

「それだけはどうか、覚えておいてください」

 しばらくの沈黙のあと、唐突にそんなことを告白された。

 先ほどまで何を考えているかわからなかった。今も、表情には感情はない。

 でも、その発言には気遣いと、真摯な気持ちがあるように思えた。

 だからまあ、この未来での暮らしは……

 前途多難というほどでも、ないのかもしれない。


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