章 2: 姜初然
編集者: Pactera-novel
不意に鳴り響いた携帯の着信音に、陳凡はハッと我に返った。手に取って画面を見る。
表示されていたのは、4文字。
「オフクロ！」
「もしもし、凡ちゃん？もうすぐC州に着く頃でしょ。唐おばさんが駅の外で待っててくれてるはずよ。C州で家を探してもらって、あなたの面倒を見てもらうよう頼んであるから。ちゃんとC州で勉強するのよ」
「お母さんのこと、薄情だなんて思わないでね。自分の成績くらい、分かってるでしょ？頑張らないと、良い大学にだって入れないんだから。だから、市内で一番の常青藤中学校に送ったのよ」
「C州では唐おばさんの言うことをよく聞くのよ。昔お世話になった仕事仲間で、すごく良い人だから」
耳元で響く、数百年ぶりに聞く厳しくも温かい声に、陳凡は胸の奥にじわりと温かいものが込み上げてくるのを感じ、知らず知らずのうちに目元が潤んでいた。
「母さん……分かってるよ。心配しないで、C州でちゃんと勉強するから」
陳凡は低い声でそう答えた。
大学卒業の年に母親が亡くなって以来、彼女の声を耳にすることは二度となかったのだ。
陳凡の前世の記憶の中で、「母親」という存在はどこか遠いものだった。顔を合わせる時間は、それほど多くなかったのだ。
王暁雲は常に負けん気の強い女性だった。王家で屈辱を味わされた後、何としても成果を上げて王家を見返してやろうと決意した。だから、陳凡がまだ幼い頃に姉の安雅を連れ、母娘二人で中海へと渡り、裸一貫から錦綉グループを立ち上げたのだ。陳凡が大学に進学する頃には、錦綉グループは上場を果たし、中海市の不動産業界の巨人となり、王暁雲自身も数百億円の資産を持つ「中海不動産界の女帝」とまで呼ばれるようになっていた！
残念ながら、その後、母は交通事故に遭い、錦綉グループも沈家の万栄グループに合併され、陳凡は一人、落ちぶれてC州へと戻るしかなかった。
母が帰ってくるのは年に一、二度ほどだったため、陳凡の彼女に対する印象は、それほど深くはなかった。
しかし、彼女が事故に遭って初めて、陳凡は自分がどれほど母に依存していたのかを思い知らされた。彼女こそが、家族全体の支柱であり、心の拠り所だったのだ。父がその知らせを受けた後、一晩で髪の半分以上が白髪になり、まるで精気神を全て吸い取られたかのようだったことを、陳凡は今でも覚えている。
「そうだ、唐おばさんにね、姜初然っていう、すっごく成績の良い女の子がいるのよ。唐おばさんがね、凡ちゃんと二人を引き合わせてみようかって言ってるの。お母さんも反対はしないけど、成績が第一だからね。恋愛にかまけて勉強をおろそかにしちゃダメよ」
王暁雲は一言一句、丁寧に言い聞かせた。
これには陳凡も思わず苦笑するしかなかった。まだ高校三年生の子供に、もう恋愛をさせようと考える母親がどこにいるというのか。
彼は困ったように言った。「母さん、俺、絶対に良い大学に受かるから。母さんも中海で体に気をつけて、無理しすぎないでよ。姉さんだって、もうすぐ卒業なんだろ？もっと手伝ってもらって、少しは楽してよ」
「はいはい、分かったわよ。いつからお母さんの心配までするようになったのかしら。会社でまだやることがあるから、もう切るわね。お金はもうカードに振り込んであるから、無駄遣いしないようにね」
王暁雲はからからと笑い、早口でそう言うと電話を切った。
陳凡は苦笑しながら首を振った。
母親は敏腕経営者ではあるが、昔からどこか抜けているところがあった。姉の安雅がそばで見ていなければ、どれだけヘマをやらかしていたことか。
安雅のことを思い出すと、胸はズキリと痛んだ。
瓊以外に、陳凡にとって最大の心残りがあるとすれば、それは両親と安雅のことだった。
「前世の俺は、結局、安お姉さんを裏切っちまった。今世で、どうやって償えばいいんだろうな……」
陳凡は黙り込んだ。男女の情のもつれなど、他人がとやかく言えるものではない。
そんなことを考えているうちに、金竜バスは既にバスターミナルに到着していた。運転手が乗客に早く降りるよう声を張り上げている。
ターミナルに降り立ち、見慣れたC州市のバスターミナルと、絶え間なく行き交う人波を眺めていると、陳凡はしばし呆然とした。今この瞬間、ようやく自分が本当に生まれ変わり、17歳の少年に戻ったのだと実感できた。
「俗世の塵芥よ、結局またこの道を歩むことになったか。だが、今世の俺に、何を恐れるものがあろうか」
彼は淡く微笑み、人の流れに乗ってターミナルの外へと歩き出した。
......
その頃、C州バスターミナルの外では、周囲の乗客たちが時折、ある一点に感嘆の眼差しを向けていた。
そこには、目を引く派手な輸入物の赤いアウディA6が停まっていたのだ。
この車は2007年当時、装備の良いグレードなら60万から70万ほどで売られており、当時のC州では高級車と呼べる代物だった。もっとも、それ自体はさほど珍しいことではない。C州は大都市ではないものの、湖東省の中では上位に位置し、ポルシェやフェラーリといったスポーツカーも時折見かけることがあった。
重要なのは、車の前に立つ、大小二人の美女だった。
年上の方は30代半ばに見え、整った顔立ちで、仕立ての良い黒のスカートスーツに白いブラウス、肌色のストッキングにハイヒールという出で立ち。化粧も完璧で、いかにもデキるキャリアウーマンといった雰囲気だ。
年下の方はまだうら若い、16、7歳といったところ。背が高く、顔立ちは年上の美女と七割方似ているが、容姿はさらに際立っており、ただどこか冷めたような、誇り高いような印象を与える。
言うまでもなく、唐おばさんとその娘、姜初然である。
その姜初然は、眉をひそめながら、バスターミナルの出口を鋭く見渡していた。
「ママ、いつ着くのよ。電話してみたら？」姜初然はイライラした様子で言った。
「もう、あなたったら。たった10分も待てないの」唐おばさんは困ったように眉を寄せた。
昔からのC州での親友の子供で、高校三年に編入するためにC州へ来るとのこと。しかも、生まれて初めて一人で家を離れて勉強するというのだから、王暁雲から頼まれた以上、彼女も精一杯世話をするつもりだった。
「陳凡君はとっても真面目な子よ。後で会ったら言葉遣いに気をつけてね。これからあなたたち二人はクラスメートになるんだから、仲良くするのよ。彼は泗水県からC州に来たばかりで、右も左も分からないだろうから、あなたが面倒を見てあげなきゃ」と唐おばさんは言い聞かせた。
「はいはい、分かってるってば、ママ。もうその話はやめてよ」姜初然はため息をつき、内心イライラが募っていた。
母親の親友の子供がC州の学校に来るというだけで、真昼間からC州バスターミナルの外に連れ出され、炎天下で10分も待たされているのだ。しかも、今日の午後は親友とスターバックスでコーヒーを飲む約束をしていたのに、この様子ではそれもオジャンになりそうだ。
何より、母親が二人をくっつけようとしている魂胆が見え見えなのが気に食わなかった。少女というものはそういうことに敏感なもので、唐おばさんが二言三言口にしただけで、彼女はその意図を察知していた。途端に、反発心がむくむくと湧き上がり、まだ見ぬその同級生に対しても、良い感情は抱けなくなっていた。
その時、声がした。
「唐おばさん、お待たせしてすみません」
一人の少年が、穏やかな笑みを浮かべ、非常に礼儀正しく彼女の母親に挨拶をしていた。
これが陳凡？
姜初然は表情を変えずに、彼を値踏みするように一瞥した。
背は高くない、170センチくらいか。自分がスニーカーを履いても、彼とさほど変わらない。
顔立ちもパッとしない。せいぜい中の上、悪く言えばモブ顔で、ハンサムとはお世辞にも言えない。
何より、ブランド物にそれほど詳しくない自分の目から見ても、彼が着ているのはどこにでも売っていそうな安物ばかりで、服とズボンを合わせても全身で1千もしないだろう。もし、あのセレブ気取りの親友がここにいたら、間違いなく即座に嘲笑していただろう。
姜初然の目には思わず軽蔑の色が浮かんだ。
「この陳凡って人、あんまり大したことなさそうね。李易晨たちとは比べ物にならないわ」姜初然は少し失望した。
李易晨は彼女の同級生で、生徒会長を務める学校の有名人だ。容姿も家柄も能力も一流で、姜初然に想いを寄せる一人でもあり、姜初然自身も彼に好感を抱いていて、周囲から見れば二人はもう付き合っているようなものだった。
唐おばさんはにこやかに陳凡を見つめ、目の前のどこか中性的な顔立ちの少年に満足した様子で、自ら紹介を始めた。
「凡ちゃん、この子は姜初然、私の娘よ」
「この子も次の学期から高校三年生で、あなたと同じ学校なの。三ヶ月年下だから、然然って呼んであげて。これから、しっかり面倒見てあげてね」
陳凡は頷いて微笑んだ。「ご心配なく、唐おばさん。これから然然は俺の妹みたいなものですから、必ず守りますよ」
彼は振り返り、かつて自分が想いを寄せ、傷つけられ、そして忘れていった少女を見つめた。
姜初然！
唐おばさんの娘で、高校三年生の同級生。そして、陳凡の前世における、初めて好きになった女の子とも言えた。
当時、2007年の国内はまだ不動産バブルを迎える前で、母親も未来の中海不動産界の女帝ではなかった。この頃の陳凡は、17年間Z県からほとんど出たことのない、ごく普通の少年だったのだ。
「あの頃の俺は、ド田舎の小さな町から、いきなり華やかなC州に出てきて、右も左も分からなかった。そんな時に姜初然のようなC州の裕福な家庭のお嬢様で、あんなに綺麗な子に会って、おまけに唐おばさんが熱心に引き合わせようとしてくれたんだから、そりゃあ淡い期待も抱くよな」
陳凡は少しおかしくなった。それは、少年時代の淡い恋心だった。
「まあ、姜初然のお眼鏡にかなうほど、当時の俺がイケてたわけでもなかったけどな」
彼は頭を振った。
「確かあの頃、彼女が好きだったのは学校の有名人で、生徒会長の李易晨だったか。その後、二人で一緒に中海大学に進学して、ラブラブだったっけな。あの頃の俺は、しばらく落ち込んでたけど……今思えば、確かにお笑い草だ」
彼はもう、500年前の彼ではない。未練がましい片思いに、いつまでも囚われているはずもなかった。
陳凡は自ら手を差し出した。「こんにちは、然然さん。俺は陳凡、Z県出身だ。これから同級生になるから、何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
たとえ彼女にかつて傷つけられたとしても、彼女は唐おばさんの娘だ。どんなことがあっても彼女を守り、唐おばさんを悲しませるわけにはいかない。
少女はこれまで、自分の容姿に目を奪われる男たちを数多く見てきたが、陳凡のように澄んだ目をした少年は珍しかった。格好いいとは言えないまでも、少なくとも清潔感があり、見ていて不快ではない。
「でも、家柄とか能力とかは、ちょっとアレみたいね。普通の友達止まりかな」
少女は心の中でそっとため息をついたが、気前よく白く細い手を差し出した。
「いいわよ。その時になったら、自分の言ったこと、忘れないでよね」
姜初然は口ではそう言ったものの、内心では一笑に付し、全く本気にしてはいなかった。
父親は有能で、母親は資産数千万の会社を経営し、自身も美貌に恵まれ、言い寄ってくる男たちの多くは家柄も良く、権力も持っていた。陳凡の世話になるようなことなど、あるはずもなかったのだ。
唐おばさんは笑って言った。「さあ、早く車に乗って。まず荷物を新しい家に置いて、それからうちで昼ご飯にしましょう。おじさんにも紹介するわ」
「はい」陳凡は笑顔で頷いた。
車に乗り込むと、彼らはまず陳凡が借りる部屋へと向かった。
「湖畔団地」
ここはC州の中級住宅団地で、緑化も行き届いており、何より燕帰湖に近く、景色が美しい。彼が通う「常青藤中学校」からも遠くなく、徒歩10分ほどの距離だ。部屋は3LDKで、内装も綺麗にリフォームされている。エアコン、給湯器、バスタブ、テレビ、ソファ、冷蔵庫と、生活に必要なものは全て揃っていた。唐おばさんが部屋探しにかなり骨を折ってくれたことがうかがえる。
「唐おばさん、ありがとうございます。お手数おかけしました」陳凡は心から感謝の言葉を述べた。
唐おばさんは、前世で数少ない、本当に彼に良くしてくれた人物の一人だった。
彼女は母親の王暁雲のビジネスパートナーで、建築設計事務所を経営しており、資産は数百万。事業で成功を収めた、いわゆるキャリアウーマンだ。
前世で彼が高校生の頃、成績が悪く、母親によってC州市で一番の私立高校「常青藤中学校」に入れられた時も、ずっと唐おばさんが面倒を見てくれた。部屋探しを手伝ってくれたり、毎日家に呼んで食事をご馳走してくれたり、さらには娘を紹介しようとしてくれたりもした。
頂峰にあろうと、落ちぶれて貧乏になろうと、唐おばさんの態度は変わらなかった。
「何言ってるの、凡ちゃん。あなたのお母さんから頼まれたんだもの。C州で一人ぼっちだし、おばさんには然然しか娘がいないから、ずっと息子が欲しかったのよ。これからは、おばさんの家を自分の家だと思ってちょうだい」唐おばさんは優しく微笑みながら言った。
「はい」陳凡は力強く頷いた。
今世に戻ってきたからには、前世での唐おばさんの恩に報いたいと、彼もまた強く思っていた。
唐おばさんは彼の言葉に込められた誠実さを感じ取り、思わず彼に対する印象がさらに良くなった。何度か会ったことはあるものの、「腹黒そうで、良い相手とは思えない」という印象の李易晨に比べ、唐おばさんは陳凡のような、家庭環境も良く、素性もはっきりしていて、母親も商売をしており、家柄も釣り合うと言え、何より実直で、見ているだけで安心できる子供の方がずっと好きだった。
湖畔団地を出ると、車は唐おばさんの家へと向かった。
姜初然と陳凡は二人とも後部座席に座り、当たり障りのない会話を少し交わしたが、互いの興味も交友関係も全く異なり、特に話すこともなかった。陳凡はあっさりと申し訳なさそうに微笑むと、自ら窓際に寄り、目を閉じて、ひどく疲れたような素振りを見せた。
姜初然は少し待ってみたが、彼が何も話さないのを見て、淡々と窓の外に視線を移した。
この少年は初対面の印象こそ悪くなかったものの、彼女も学校ではチヤホヤされる高嶺の花であり、おまけに目が肥えていて、家での躾も厳しい。陳凡は、彼女が自ら話しかけるほどの相手ではなかったのだ。
それに、わざと変わった振る舞いをして女の子の気を引こうとする手口など、彼女は嫌というほど見てきた。最近の子供は、逆張りというものをよく分かっている。残念ながら、この姜お嬢様はその手には乗らない。彼女が認めるのは、本当に実力のある人間だけだ。
実は、陳凡はそこまで考えているほど、そんなことを気にしてはいなかった。彼は今、この世界での修行について、考えを巡らせていたのだ。
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