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14.28% 俺、感情回収師。始まりは神の涙を回収したことだった / Chapter 4: 第四章:記憶の残滓と、絵に宿る《絶望》

章 4: 第四章:記憶の残滓と、絵に宿る《絶望》

古物店『時のかけら』での穏やかな(?)アルバイトにも、少しずつ慣れてきた。僕、神木凌は、今日もまた、店主である月読さんの指導のもと、新たに手に入れたスキルの検証を行っていた。

「『記憶の残滓(メモリー・トレース)』……モノに残された最も強い感情の記憶を、映像として追体験するスキル。ただし、断片的で、ノイズも多い。使いこなすには、コツがいるわね」

月読さんはカウンターに置かれた古い万年筆を指差す。僕はそれに触れ、意識を集中した。

――ノイズ混じりの映像が脳裏にフラッシュバックする。インクの匂い。紙を掻く音。そして、一人の作家が、締め切りに追われる強烈な《焦燥》の中で、必死に原稿を書き上げる姿が見えた。

「……なるほど。確かに、映像として視える」 「便利だけど、扱いには注意が必要よ。特に、負の感情が込められたモノに使用すると、あなたの精神が汚染される危険があるから」

月読さんの言葉は、まるで予言のようだった。 その日の午後、一人の老人が店を訪れた。見るからに疲弊しきった様子の彼は、一枚の絵画を鑑定してほしいと、震える手で差し出した。

それは、不気味な絵だった。 暗い海の底のような場所に、一人の少女が沈んでいく姿が描かれている。彼女の表情は闇に紛れて判然としないが、その絵全体から放たれる雰囲気は、ひどく冷たく、陰鬱だった。

僕の目には、その絵から立ち上る、底なしの沼のような、どす黒い《絶望》のオーラが見えていた。それはもはや、ただの感情の残滓ではない。まるで生きているかのように、じわりじわりと周囲の空間を蝕んでいた。

【アイテム】『奈落の少女』 【残留感情】極めて濃密な《絶望》、《怨嗟(えんさ)》 【状態】呪物化。周囲の生命力・感情を吸収し、力を増幅させている。

「これは……」 「呪われた絵ね」

僕が息を呑む隣で、月読さんが静かに言った。 「神木くん。これが、私が言っていた『悪意に満ちた感情』よ。持ち主の強い想いが核となり、自律的に動き出したモノ。これはもはや、ただの道具ではないわ」

彼女は店の奥から、小さな水晶のお守りのようなものを持ってきた。それは、優しい乳白色の光を放っている。

【アイテム】善意の結晶 【効果】負の感情による精神汚染を一定時間、肩代わりする。

「前回のロケットの依頼で得た、《愛情》や《感謝》の感情ポイントを使って作った、即席の『盾』よ。気休め程度にしかならないかもしれないけど、ないよりはマシでしょう」

お守りを握りしめる。ひんやりとしているが、どこか安心感があった。 老人は言う。「この絵を手に入れてから、毎晩悪夢を見るようになったんです。まるで、体中の力を吸い取られていくようで……」

放っておけない。それに、僕のシステムは、この絵に強く反応していた。

【警告:高濃度の負の感情が対象に固着しています。浄化するには、感情の発生源となった『記憶』を特定する必要があります】

僕は意を決して、絵に手を伸ばした。 「『記憶の残滓』を使います」 「無茶よ!」 月読さんの制止を聞かず、僕はキャンバスに指で触れた。

瞬間、世界が暗転した。

冷たい石造りのアトリエ。薄暗い部屋で、痩せ細った一人の少女がイーゼルに向かっている。結核だろうか、彼女は苦しそうに咳き込みながらも、必死に筆を動かしていた。

彼女の心に流れ込んでくるのは、圧倒的な《絶望》。 ――誰も私の絵を認めてくれない。 ――誰も私を愛してくれない。 ――病で死んでいく私を、誰も覚えていてはくれない。

世間への《怨嗟》、才能への《嫉妬》、そして拭いきれない《孤独》。あらゆる負の感情が渦を巻き、彼女の生命力と共に、その一枚の絵に注ぎ込まれていく。

そして、最期の瞬間。彼女は血を吐きながら、キャンバスに最後の一筆を走らせた。 「私の絶望、私の痛み……全部、お前にくれてやる……」

その言葉と共に、彼女の魂そのものが、絵の中に吸い込まれていった。

「ぐっ……ぁっ!」

強烈なビジョンと負の感情の奔流に、僕の意識が呑まれかける。握りしめた『盾』に、ピシリ、とヒビが入った!

マズい、このままでは汚染される!

その時、僕は無意識に、システムに蓄積されたポイントのことを考えていた。そうだ、ロケットの事件で手に入れた、あの温かい《愛情》の光を!

――システム! 感情ポイントを、光の力に変換しろ!

【感情ポイント500を消費し、《愛情》の光を発動します】

僕の体から、黄金色の暖かい光が溢れ出し、絵から伸びてきた黒い絶望の触手を焼き払う。闇の中で、少女の怨霊が一瞬だけ苦しげな表情を浮かべ、霧のように消えた。

「……はぁっ、はぁっ……」

現実世界に戻ってきた僕は、床に膝をついていた。全身から力が抜け、冷や汗が止まらない。

「無茶をするにも程があるわよ……」 月読さんが駆け寄り、僕の肩を支える。その顔には、本気の怒りと、ほんの少しの安堵が浮かんでいた。

【新規クエスト発生:呪われた絵画の謎】 【内容:『奈落の少女』に込められた画家の怨念を解放し、絵を浄化してください】 【報酬:???】

僕の目の前には、報酬さえ見えない、新たな試練が提示されていた。

「浄化する、か……」僕は呟いた。「どうすれば……」 月読さんは崩れかけた『盾』を手に取り、静かに言った。 「彼女の無念を晴らしてあげるのよ。忘れられた彼女の名前と、彼女が生きた証を、もう一度この世界に見つけ出してあげるの。それが、私たちに出来る、唯一の方法」

僕たちの次なる仕事は、ただの失せ物探しではなかった。それは、一つの魂を救うための、過去への旅の始まりだった。


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