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章 3: 絶望の果て、完璧な出逢い

血と泥にまみれた俺の体が、ついに限界を迎えていた。

左肩の傷が疼く。

呼吸が浅い。

足がふらつく。

それでも、ここまで来たからには——

「頼む……俺に、やり直すチャンスを……」

古代の召喚陣が、青白い光を放ちながら俺を待っていた。

複雑な幾何学模様と、見たこともない文字。

スミオが俺の足元で心配そうに震えている。

「大丈夫だ、スミオ。これで全てが変わる」

俺は最後の希望を胸に、陣の中心に立った。

残されたわずかな魔力を振り絞る。

心を無にして、詠唱を始める。

「我、汝に願う……最強の召喚獣を……!」

魔力が流れ込む。

光が強くなる。

文字が宙に舞い上がった。

しかし——

ザザッ。

不協和音が響く。

美しかった幾何学模様が歪み、文字が滲んでいく。

「何だ……これは……」

俺の不完全な魔力が、完璧な召喚陣を汚染していく。

空中に血文字のような警告が点滅した。

【ERROR】

【SYSTEM FAILURE】

【DELETE】

「また……駄目か……」

光が急速に失われていく。

召喚陣がガラガラと機械の断末魔のような音を立てて軋む。

まるで壊れかけた機械のように痙攣し、そして——

完全に沈黙した。

「ああ……」

俺は膝から崩れ落ちた。

やはり、駄目だった。

最後の希望すら、俺の手で壊してしまった。

「俺は……何をやっても駄目なんだ……」

心が完全に折れる。

もう、立ち上がる気力もない。

スミオが俺に寄り添ってくれるが、こんな小さなやつまで不幸にしてしまった。

「ごめん、スミオ……」

その時だった。

崩壊したはずの陣の中心から、突然虹色の光が溢れ出した。

「え……?」

光が森全体を照らす。

木々がざわめき、空気が震えた。

ノイズのような音が響き、現実が歪む。

まるで世界のプログラムが書き換えられているかのような、異質な感覚。

そして——

光が収束し、煙が晴れる。

そこに立っていたのは——

美しい少女だった。

プラチナブロンドの髪が月光のように輝き、宝石のような青い瞳。

白い優雅なドレス。

完璧な美貌。

でも——時折、その瞳に虹色のノイズが走る。

まるで壊れかけた映像のように。

異端の存在感を放っている。

少女がゆっくりと俺を見つめる。

「……見つけたわ」

鈴のような声。

でも、どこかノイズが混じっているような。

「私のマスター」

マスター?

俺が?

「な……なぜ俺なんかが……」

俺の声が震える。

少女——エリカがためらいもなく近づいてきた。

そして、俺の傷ついた肩に手を伸ばす。

「怪我をしているのね」

触れた瞬間、淡い光が俺を包んだ。

温かい治癒の感覚が体を駆け巡る。

裂けた傷が塞がっていく。

痛みが引いていく。

「すごい……」

俺は目を見開いた。

「お前……一体誰なんだ」

エリカが少し困ったような表情を浮かべる。

「……名前はエリカ。それ以外は、思い出せない」

「思い出せない?」

「記憶が曖昧なの。でも、あなたが私を呼んでくれたことだけは分かる」

記憶喪失。

でも、俺を「マスター」と呼ぶ。

「なぜ俺をマスターと?」

「わからない……でも、そう感じるの」

エリカが立ち上がろうとした時——

召喚陣の残骸がノイズのように崩れ落ちた。

ピキピキと音を立て、まるでガラスが砕けるように。

空気が震え、森の木々がざわめく。

小動物たちが一斉に逃げ出していく。

「お前……何をした?」

「わからない……」

エリカが怯えた瞳で周りを見回す。

「でも、私がいると、何かが壊れていく気がする」

その言葉と、その瞳。

俺は思い出した。

昨日、「不要」「バグ」と呼ばれた時の、自分の気持ち。

誰よりも孤独な視線だった。

「お前も……俺と同じか」

「同じ?」

「この世界で、必要のない存在」

エリカの瞳に悲しみが浮かぶ。

「そう……かもしれない」

その時、足元でスミオが「ぷるん」と音を立てて跳ねた。

エリカの方に近づいていく。

「あら……」

エリカが驚く。

「この子は?」

「スミオだ。俺の……相棒」

エリカはしゃがみ込み、スミオのぷにぷにした体をそっと撫でた。

「……かわいい子ね」

「お前……スミオを怖がらないのか?」

エリカが不思議そうに俺を見る。

「怖い? どうして?」

「みんな笑うんだ。こんな小さくて弱いスライムなんて」

「笑う?」

エリカの表情が少し悲しくなる。

「こんなに健気にあなたを見つめているのに」

スミオがエリカの手の中でぷるぷると震える。

嬉しそうに。

誰からも笑いものにされてきた存在を、彼女は自然に受け入れた。

その光景に、俺の胸の奥で何かがほどけていく。

「お前……優しいんだな」

「そうかしら」

エリカが微笑む。

その笑顔は、太陽のように温かかった。

でも、次の瞬間——

遠くの森から低い咆哮が響いた。

「何だ?」

召喚陣崩壊の余波で、魔物たちが騒ぎ始めている。

この森は危険だ。

エリカが不安げに裾を握る。

「どこに行けばいいの……」

俺は立ち上がった。

「事情はよくわからない」

俺はエリカを見つめる。

「でも、一緒に行くしかないだろ」

エリカが驚いたような表情を見せる。

「いいの? 私みたいな得体の知れない存在と」

「俺も得体の知れない存在だ」

俺は苦笑いを浮かべる。

「Fランクのテイマーで、デバフ持ち。家族からも見捨てられた、世界で一番不要な男」

「そんなこと……」

「でも、お前がいてくれるなら」

俺はエリカに手を差し伸べる。

「俺も一人じゃない」

エリカが、ほんの少し安堵の笑みを見せた。

「ありがとう……」

彼女が俺の手を取る。

スミオもぷるんと揺れて、同意するように震えた。

不要の少年と、バグの少女。

そして小さなスライム。

「行こう」

俺たちは森の奥へ向かって歩き始めた。

この世界に居場所のない、三人の奇妙な旅が——

今、始まろうとしていた。

何が待ち受けているのか分からない。

でも、一人じゃない。

それだけで、心は軽やかだった。

遠くで咆哮が響く。

でも、もう怖くない。

俺には仲間がいる。

エリカとスミオ。

この不完全で奇妙な組み合わせが、きっと何かを変えてくれる。

そんな予感がしていた。


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