章 2: あまりにも非道すぎる

編集者: Pactera-novel

今、彼女の前に立つ白く整った少年は、岡本家が“彼女専用の血液提供者”としてあてがった存在だった。

幼い頃から血友病だった元の咲は、きわめて希少な“黄金の血”の持ち主だった。岡本家は必死の捜索の末、その同じ型を持つ孤児・哲也を見つけ出した。

哲也を「養子」と呼んではいたが、実際の扱いは元の咲の“生きた血液バンク”同然だった。他人の家の軒先で暮らすような生活で、岡本家での立場は使用人以下。それでも彼は一度たりとも不満を口にしなかった。むしろ元の咲は、しばしば彼に針を刺したり、理不尽な八つ当たりをすることさえあった。

咲は、目の前の哲也をどこか哀れむように見つめた。

なんて酷い話だろう！

こんな素直で美しい少年に、邪悪な老女でさえしない仕打ちを、元の咲はよくも平然とできたものだ！

しかも咲は覚えている――原作では、この“小さな血液バンク”扱いの哲也が後に大悪役の友人となり、その大悪役は哲也の恨みを晴らすために岡本家の破産を手助けし、さらに元の咲の指を十本すべて折ったのだ。

指十本は心臓にまで響くと言われる。想像しただけで身震いする痛さだ。

こんな未来が自分にも降りかかるかもしれない――そう思った瞬間、咲は哀れむべきは哲也ではなく、自分自身なのだと痛感した。

結局、最も惨めな末路を迎えるのは、この自分なのだから。

今の状況を見渡してみれば――

つい先日、岡本家の父・岡本昭明（おかもとてるあき）が出張先で、亡き祖母の若い頃にそっくりな晶を偶然見かけた。気になって彼女の髪を採取しDNA鑑定を行ったところ、晶が自分の実の娘であることが判明したのだ。

昭明にはいろいろ問題はあったが、妻には頭が上がらず、浮気など一度もしたことがない男だった。だからこそ、どこかに私生児がいるなど、あり得ないはずだった。

つまり晶は、昭明とその母・小野雪絵（おのゆきえ）の間に生まれた娘以外あり得なかった。その後、昭明は元の咲と雪絵のDNA鑑定も行わせ、そこでようやく――晶と元の咲が取り違えられていた事実が明らかになったのだ。

しかし彼らは、田舎で育った晶は粗野で礼儀も知らず、教養もない――そんな偏見を抱き、「岡本家の令嬢」の名を与えれば家の恥になる、とまで考えていた。一方の元の咲は、錦川市の名家の長老たちが「本当にできた子だ」と称賛するほど、気品があり、思いやり深く、多才で成績も抜群。岡本家の看板として申し分なく、家の格を保つ存在だった。

さらに、迎えたばかりの晶より、十七年育ててきた元の咲のほうに情が傾くのは当然だった。

結局、これだけ長く一緒にいれば、犬にだって情は湧くものだ。

晶を迎え入れはしたものの、元の咲の巧みな立ち回りのあと、岡本夫妻は結局、咲をこれまで通り“岡本家の令嬢”として扱い続けることを選んだ。晶の本当の身分は伏せられ、彼女はただの養女として岡本家で育てられることになった。

元の咲は晶の身分をまるごと奪い取りながらも、偽物だと知られることを何より恐れ、岡本夫妻に晶を嫌わせ、できれば家から追い出そうと陰で策を巡らせていた。

そこで、先ほどの一件も、咲が仕組んだ罠だったのだ。

元の咲は階段を下りる途中、わざと晶を挑発し、雪絵の目の前で“晶に突き落とされた”ように見せかけて転げ落ちたのだ。

原作でも、この企みは見事に成功し、雪絵も岡本家の面々も、晶への嫌悪を一気に強めてしまった。

しかし、最後には晶が元の咲の嘘を暴き、自分の潔白を証明した――！元の咲は監視カメラの死角を狙って晶を陥れたつもりだったが、晶のスマートフォンが最初から録画状態になっていたことをまったく知らなかったのだ。

咲はそっと視線を揺らした。

彼女はいま、物語の冒頭からヒロインを陥れ、悪役を血液バンクとして扱い、善悪すべてを敵に回している状態で……

陥れる計画もまだ途中で、血液バンクとしてもまだ完全に搾り取ってはいない。――きっと、たぶん……まだ巻き返せる余地はあるのでは？

咲がうつむいて思案に沈んでいると、雪絵の怒気を帯びた冷たい声が鋭く響いた。「晶、早く来て妹に謝りなさい！」