第9話:最後の通告
[雪乃の視点]
玲司は椅子に座り直すと、深く息を吸った。
「雪乃、俺たちは十四年間一緒にやってきたんだ」
彼の声に、かつての優しさを装った響きが戻っている。
「十四年来の愛情を、こんなふうに終わらせるのか?」
私は彼を見つめた。感情のない、冷たい視線で。
「愛情?」
「そうだ。俺はお前を愛してる。今でも」
玲司の拳が強く握られているのが見えた。青筋が浮かび上がっている。
平静を装っているつもりだろうが、内心の動揺は隠せない。
「それに、ビジネス上の提携だって考えてみろ。創星エンタープライズは俺たち二人で築き上げたものだ」
私は小さく笑った。
「古臭いのね」
玲司の眉がひそめられる。
「雪乃、俺以外にお前にふさわしい男なんていないんだよ」
その言葉を聞いて、私の中で何かが完全に冷え切った。
「お前と別れたら、私はもっといい人生を送れる。でも、お前はどうかしら?」
玲司の顔が一瞬歪んだ。
図星だった。
「雪乃……」
「私がいなくなったら、創星エンタープライズはどうなるの?株主たちは何て言うかしら?」
玲司の手が震えている。
「お前は俺を必要としてるんじゃない。後始末のために私を必要としてるだけ」
「それは違う」
玲司が立ち上がった。
「俺は本当にお前を――」
「そうよ。絶対に離婚する」
私の声は氷のように冷たかった。
玲司の顔から血の気が引いた。まるで死刑宣告を受けたかのような表情で、私を見つめている。
「雪乃……」
彼の声が掠れた。
私は彼に背を向けた。もう、見る価値もない。
玲司は何か言いかけたが、結局何も言わずに病室を出て行った。
ドアが閉まる音が響く。
一人になった病室で、私は窓の外を眺めた。
これで、全てが始まる。
しばらくして、ドアがノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは、変装した沙耶だった。大きなサングラスとマスクで顔を隠している。
「雪乃さん……」
沙耶の声が震えていた。
「玲司さんに、あんなに残酷なことをするなんて……」
私は振り返った。
「残酷?」
「私、やっぱり怖いんです。こんなこと、本当にしていいんでしょうか」
沙耶の手が震えている。
私は静かに微笑んだ。
「彼に冷酷でなければ、あなたに対して同じ態度をとるけど、どうする?」