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26.31% 夫の「死ね」から始まる家の復讐 / Chapter 5: 第05話:雪の中へ

章 5: 第05話:雪の中へ

第05話:雪の中へ

[氷月雫の視点]

玄関の外で、呼吸を整えた。

刹那と玲奈の車が去っていくテールランプを見つめながら、胸の奥で何かが静かに砕けていくのを感じていた。

携帯が震える。

メッセージだった。

『私の勝ちね』

綾辻玲奈からだった。

『これからあなたが持っていたもの、全部、ひとつずつ奪っていくつもりよ』

画面を見つめたまま、不思議と怒りも悲しみも湧いてこなかった。

ただ、静かだった。

家の中に戻る。

がらんどうになったリビング。剥がされた壁紙の跡。床に散らばった思い出の欠片たち。

ゴミ袋に詰め込まれた写真立て。結婚式の時の花束。私が大切にしていた陶器の人形。

すべてが、ゴミとして扱われている。

ここは、もう私たちの「家」じゃない。

そう思った瞬間、不思議なほど楽になった。

別荘に戻ると、すぐに業者に電話をかけた。

「家具の処分をお願いしたいのですが」

「どちらの家具でしょうか?」

「すべてです」

玲奈が欲しがっていたアンティークの食器棚も、イタリア製のソファも、刹那が選んだダイニングテーブルも。

全部、処分してもらった。

彼女の影響を、完全に排除したかった。

壁のカレンダーを見上げる。

薄くなったページ。残り少ない日付。

机に向かい、二通の手紙を書いた。

一通目は、かえで宛て。

『財産の整理をお願いします。すべて、あなたに託します』

二通目は......

『氷月刹那様』

ペンを持つ手が震えた。

封筒の中には、署名済みの離婚届が入っている。

死ぬ前に、あの人との縁を完全に断ち切りたかった。

郵便屋が来た時、二通の手紙を託した。

「お疲れさまでした」

配達員の男性が丁寧にお辞儀をして去っていく。

これで、すべて終わり。

寝室に向かう途中、偶然古い日記帳を見つけた。

ベッドサイドの引き出しの奥に、忘れられたように眠っていた。

表紙を開く。

『今日、刹那と初めてデートした。映画を見て、カフェでお茶をして。彼の笑顔が、とても素敵だった』

十年前の私の字。

ページをめくる。

『プロポーズされた。雪の降る公園で、震える声で「結婚してください」って。私も泣いちゃった』

『新婚旅行。ハワイの海がきれいだった。刹那が「君と一緒なら、どこでも天国だ」って言ってくれた』

『新居に引っ越した。小さいけれど、二人には十分。刹那と一緒に植えたバラが、来年咲くのが楽しみ』

幸せだった頃の記憶。

でも、ページが進むにつれて、記述が変わっていく。

『今日も帰ってこなかった』

『また仕事だと言って出かけていった』

『私のことを見てくれない』

そして、最後のページ。

数年前の日付で、記述が途切れている。

『今日も帰ってこなかった』

それが、私の書いた最後の言葉だった。

ペンを取り、最後のページに書き足した。

『さようなら』

たった一言。

でも、それで十分だった。

腹部に激痛が走る。

いつもより強い痛み。

薬を飲む。

しばらくすると、身体が軽くなった。

まどろみの中、私は幻を見た。

雪が降っている。

その中を、十八歳の氷月刹那が、こっちへ向かって走ってくる。

鼻の頭を真っ赤にしながら、それでも笑顔を浮かべている。

彼が手を差し伸べてくる。

その瞳は、まっすぐで、やさしくて。

私はその手に、自分の手を重ねた。

そして——一緒に雪の中へ、駆けていった。


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