王都ヴェルクレスト。
広場を進んだその先は、思ってた以上に、ギラついていた。
「……金ピカすぎひんか?この街」
「王都よ? 当然でしょ」
石畳の道。金で縁取られた看板。
馬車がすれ違うたびに香水の匂いが残る。
建物の屋根はやたら尖ってて、装飾の意味もわからんガーゴイルがにらみつけてくる。
拳志は、街並みを見上げながらぼやいた。
「中華街とテーマパークを足して割らんかった感じやな……」
「もうちょっと敬意を払いなさいよ……」
だが、通りを一本抜けると、景色は一変した。
王都の城壁の裏側。
そこには瓦礫の山と、臭気の漂う貧困街が広がっていた。
舗装もされていない赤土の路地。
穴だらけの屋根の家。
痩せた子どもが壁にもたれ、手を差し出してくる。
(どこの世界も同じか……クソやな)
アリシアが、その光景に眉をひそめた。
「……こんなに、ひどくなってたなんて……」
「こっちが本性やろ。ピカピカの裏で、ガキが腹減らして野垂れとる」
拳志は、懐から干し肉を出して、子どもに無言で差し出す。
子どもがそれを受け取り、静かに頭を下げた。
「これが、お前らの王都か。立派なこっちゃな」
「返す言葉もないわね……」
貴族街と貧民街、富と腐敗、秩序と無関心。
光と影の境界線を踏み越えるように、二人は言葉少なく歩き続けた。
王都の中心──
白金の尖塔がそびえる王宮へ向かう。
街の奥に見える巨大な尖塔が、王城だ。
その入口まで案内された拳志とアリシアは、門の前で十数人の使用人にいきなり取り囲まれた。
「アリシア様ッ! ご無事でしたか!?」
「お戻りくださり光栄にございます!!」
「ちょ……ちょっと待ちなさい……近い……ッ! 顔、近いから!!」
「……態度、ころっころやな。ビビるわ」
門番に睨まれていた拳志が不満げに鼻をほじる。
それを見て、アリシアがぼそり。
「……そりゃあ、姫とヤンキーが一緒にいたら、不審者にしか見えないでしょ」
王城内。謁見の間。
無駄に広い玉座の間。装飾だけは立派だが、落ち着きはない。
拳志は玉座の前に立ち、干し肉をかじりながら王の登場を待った。
やがて、重い扉が開き──
ザカリウス王が姿を現す。
白銀の髪、重厚なローブ、濁った瞳。
王と目が合う。視線は静かだが、温度は低い。
「貴殿が……異物と呼ばれる男か」
「真堂拳志や。異物でも異端でも、好きに言うたらええわ」
「魔王に一撃を加えたという報告を受けている。……その力は、実に興味深い」
「殴っただけやけどな。別に勝ったとは言うてへん」
「だが、殴れる者はほとんどいない。故に貴殿は特異だ。我が国にとっても、貴重な戦力となるだろう」
拳志は干し肉を噛み、目を細める。
「……お前、俺を使う気か?」
「素直に言えば、そうだ。既にこの国には転生者が三人存在するが──貴殿の力は、それらとも異なる。
国を守るためなら、どんな力であれ利用価値はある」
「へぇ、他にもおるんか。で? そいつらどないしてんねん」
「彼らはすでに王国の庇護下にある。秩序を守る兵として働いている」
「ほぉ……つまり“従順な犬”として飼っとるわけやな。
俺は首輪つけられる気ないで」
王はわずかに息を整え、言葉を継いだ。
「貴殿が望むなら、身分も地位も与えよう。我が国の旗の下で、自由に戦えばいい」
拳志は一歩前へ出る。
「さっき通ってきたわ。あの貧民街」
「……ああ」
「ガキが道端で腹減らして死にかけとる。その国の王が、自由に戦えばいい、やと?」
「貴殿の情に訴える姿勢は理解できる。しかし、王とは国を秩序で統べる存在だ」
「その秩序ってのは、見せしめにガキを殺すことか?」
「……時に、痛みを伴う選択は必要だ。すべての民を救うなど、不可能だからな」
一瞬で、場の温度が下がった。
近衛の指先がぴくりと動く。
拳志の目が鋭くなる。
「お前がどんな正義語ってもな。俺から見りゃ、ただのクソや」
文官がざわめき、近衛が剣に手をかける。
王は手を上げ、制した。
「……ならば、提案を変えよう。貴殿の力に、制限は加えない。我が国のために働けとは言わぬ」
「ほう?」
「国の外で暴れてくれればいい。国境を出て、異種族や魔王軍に拳を振るってくれれば──それでいい」
「要するに、暴れ者に首輪つけて、他所にけしかけたいってことやろ」
「解釈は貴殿に任せよう。力には器が必要なのだ。さもなくば、自滅する」
拳志は鼻で笑った。
「……ええな。俺はな、自滅しても構わん。器を持たん拳でも、人の筋ぐらいは通せるわ」
踵を返しかけ、吐き捨てる。
「綺麗な悪党が一番ムカつくねん」
王は短く間を置いたのち、淡々と続ける。
「従わぬ自由も許容しよう。ただし、貴殿が暴走すれば──我らも措置を講じねばならぬ」
「脅しか?なんの意味もないぞ?」
「貴殿の言動次第で、国と貴殿、双方に利得を生むか、破滅を招くかが決まるということだ」
「おう。そんときゃ俺が面倒みたるわ。覚悟しとけよ」
「では、我が国は一つの約束をしよう。貴殿が望む限り、王として貴殿の力を潰すつもりはない」
「言うだけなら誰でもできるで。あとは行動で示してみろや」
王は視線を外さず、最後だけわずかに声音を低くした。
「行動で示すのは、貴殿だ。民のため、国のため、自らの筋を通すのだ」
拳志は肩を回し、短く答える。
「筋は通す。それで終いや。……話はもう済んだやろ」
「期待はしていない。だが──興味深い。真堂拳志よ、貴殿の行く先を見守ろう」
面会は終わった。
玉座の間に残るのは、ざらついた緊張だけだ。
その一部始終を、アリシアは離れた場所から見ていた。
文官も兵も息を呑む中で、ただ一人、この男だけが恐れず、迷わず、堂々と王に噛みついた。
(……こんな人、見たことない)
(もし、この人となら──)
胸の奥に、小さな熱が灯る。
まだ言葉にはしない。ただ、はっきりと思う。
──この男となら、国を変えられるかもしれない、と。