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章 3: 姫とバカ、王都行き

──パチ……パチ……ッ。

朝日が木々の間から差し込み、淡い光が焚き火を照らしていた。

その炎の前で、男が干し肉をくわえたまま胡座をかいている。

「……これが騎士団のメシか。クッソ硬いわ」

干し肉に歯を立て、ゴリゴリと咀嚼する。

真堂拳志。異世界に転生し、魔王をぶっ飛ばした張本人。

けれど焚き火の前に座る姿は、どう見てもただの不機嫌な若者だった。

「なぁ……あいつ、本当に……?」

「怖いというか……威圧感がすごいな……」

周囲で騎士団員たちがヒソヒソとささやき合う。

その中心で拳志は、眠たそうに目をこすりながら、不機嫌な声を漏らした。

「朝っぱらからジロジロ見んなや……昨日から腹減っとんねんこっちは……」

干し肉をかじり、足元の石を蹴り飛ばす。

石が火に当たり、パチッと火の粉が散った。

アリシアが近づき、苦笑を浮かべる。

「……騎士たちが怖がってるわよ」

「知らん。まともなメシも出さんくせに、チラチラ見るなっちゅうねん」

「王国の姫にそんな口きいて……」

「ただの朝からうるさい女やろ」

「な、なによその言い草!」

険悪なムード。だが、焚き火だけがいつも通りの音を立てていた。

「んで、王都っちゅうとこ行きゃメシあるんやろ?ほな行くわ」

「はあ!? 王都はそんな軽い理由で行く場所じゃないわよ!」

拳志が立ち上がり、背中をバシッと伸ばす。

「朝からガタガタうるさいなぁ。寝不足やっちゅうねん。もう休憩は終わりや」

「話、聞きなさいよ! あなたってどれだけ自分勝手で──」

「うるさい。行くって言うたやろ。黙ってついてこい」

「な、なんで私があんたなんかに──!」

「ほな置いてくで?」

「待ちなさぁああいッ!!」

ギャーギャーとアリシアの叫び声が響き渡る。

そこで、ぽつりと若い騎士が呟いた。

「……え、なに今の会話。姫様、なんでブチギレながらついてってるんだ?」

「無駄口を叩くな……!」

上官が制止するが、若い騎士は止まらない。

「ていうか、あの人ほんとに魔王殴った人なんすか……?ただの食い意地張った不機嫌な兄ちゃんでは……」

「おい聞こえてんぞお前ぇ」

「す、すみませんでしたぁあああ!!」

拳志の一睨みによって、若い騎士は即座に土下座した。

そしてその数刻後。

王都へ向かう馬車の荷台では、拳志は大の字で寝そべり、アリシアは頬を膨らませ座っていた。

「本当に……どこまでも自己中なのね、あなたって……!」

「寝るから静かにしてくれへん?」

「ったく……まだ礼も言ってないのに、なんで私がこんな……」

──その瞬間。

──その瞬間。

「……っ!? 前方、空からッ!!」

馬車を操っていた騎士が叫ぶ。

見上げれば、黒い影が空を切り裂いていた。小型の飛竜。その背には魔族の騎兵が乗っている。

「異物、確認……魔王様の命により、殲滅開始」

闇色の矢が放たれる。

一直線に馬車を狙うそれを、アリシアが即座に魔法陣を展開。

「結界、展開ッ!」

光の壁が矢を弾き飛ばし、火花が散る。

だが、飛竜はさらに加速し、鋭い爪を振り下ろしてきた。

爪と結界が正面からぶつかり合い、轟音が響く。

光が大きく揺れ、そこに亀裂が走った。

「くっ……持たない……ッ!」

アリシアの額に汗が滲む。

「……やかましいなぁ」

荷台から、耳をかきながら拳志が立ち上がる。

目は半分眠そうなまま、声は不機嫌そのもの。

「人が気持ちよく寝とったのに……」

次の瞬間、拳志は地を蹴った。

爆風のような脚力で、まっすぐ空へ。

騎兵がすぐさま弓を引き、連射。

だが拳志は迫る矢を腕や拳でことごとく弾き落とし、そのまま飛竜の背へと着地する。

「異物め──!」

騎兵は弓を投げ捨て、槍を構えて突撃してきた。

拳志は一歩も動かず、突きの軌道を読み切る。槍を逸らし、腕を掴む。

「どけや」

掴んだ瞬間、肘が炸裂した。

甲冑ごと胸部がへこみ、騎兵は鞍から吹っ飛び、空に放り出されていった。

「ギャアアッ──!」

飛竜が暴れ、怒りに口を開く。

炎が溜まり、吐き出される。

「めんどくさいんじゃボケェ!」

拳志の拳が炎ごと叩き潰した。

鱗にひびが走り、巨体が制御を失う。

「……あっ」

……だが、飛竜の落下地点は、ちょうど自分たちの馬車の真上だった。

「──っ、危ない!」

アリシアは咄嗟に飛び退き、ギリギリで直撃を避ける。

飛竜の巨体が馬車を直撃し、木っ端みじんに破壊した。

木片と車輪が宙を舞い、煙と土埃が辺りを包む。

拳志は地上に着地し、少し気まずそうに頭をかいた。

「きゃああああああああ!? ちょ、馬車!! 移動手段ッ!!」

「……しゃあない、歩こか」

「アンタのせいでしょうがあああああ!!!」

山道に、アリシアの怒声が木霊していった。

一方、統律の塔では、数人の神官たちが仮面をかぶって座していた。

「……異物が、再び干渉したようです」

「魔族の殲滅兵が、返り討ちにされたと?」

「魔王への一撃から、刻印に干渉してくる頻度が増えています」

静かな会話の中、老いた神官が低く呟く。

「……このまま進行すれば、理が破綻する」

会議室の重苦しい空気を裂くように、最高位の男が口を開いた。

「……王都に来るならば、しっかりと見定めよ」

その言葉に応じて、一人の影が列から進み出る。

黒髪を短く刈り、鋼の甲冑に身を包んだ騎士のような男。

整った顔立ちでありながら血の気を感じさせず、冷たい眼差しだけが光を帯びていた。

「……かしこまりました」

世界の理の外側で、一人のバカが、姫と口喧嘩しながら拳と腹を鳴らしていた。


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