──パチ……パチ……ッ。
朝日が木々の間から差し込み、淡い光が焚き火を照らしていた。
その炎の前で、男が干し肉をくわえたまま胡座をかいている。
「……これが騎士団のメシか。クッソ硬いわ」
干し肉に歯を立て、ゴリゴリと咀嚼する。
真堂拳志。異世界に転生し、魔王をぶっ飛ばした張本人。
けれど焚き火の前に座る姿は、どう見てもただの不機嫌な若者だった。
「なぁ……あいつ、本当に……?」
「怖いというか……威圧感がすごいな……」
周囲で騎士団員たちがヒソヒソとささやき合う。
その中心で拳志は、眠たそうに目をこすりながら、不機嫌な声を漏らした。
「朝っぱらからジロジロ見んなや……昨日から腹減っとんねんこっちは……」
干し肉をかじり、足元の石を蹴り飛ばす。
石が火に当たり、パチッと火の粉が散った。
アリシアが近づき、苦笑を浮かべる。
「……騎士たちが怖がってるわよ」
「知らん。まともなメシも出さんくせに、チラチラ見るなっちゅうねん」
「王国の姫にそんな口きいて……」
「ただの朝からうるさい女やろ」
「な、なによその言い草!」
険悪なムード。だが、焚き火だけがいつも通りの音を立てていた。
「んで、王都っちゅうとこ行きゃメシあるんやろ?ほな行くわ」
「はあ!? 王都はそんな軽い理由で行く場所じゃないわよ!」
拳志が立ち上がり、背中をバシッと伸ばす。
「朝からガタガタうるさいなぁ。寝不足やっちゅうねん。もう休憩は終わりや」
「話、聞きなさいよ! あなたってどれだけ自分勝手で──」
「うるさい。行くって言うたやろ。黙ってついてこい」
「な、なんで私があんたなんかに──!」
「ほな置いてくで?」
「待ちなさぁああいッ!!」
ギャーギャーとアリシアの叫び声が響き渡る。
そこで、ぽつりと若い騎士が呟いた。
「……え、なに今の会話。姫様、なんでブチギレながらついてってるんだ?」
「無駄口を叩くな……!」
上官が制止するが、若い騎士は止まらない。
「ていうか、あの人ほんとに魔王殴った人なんすか……?ただの食い意地張った不機嫌な兄ちゃんでは……」
「おい聞こえてんぞお前ぇ」
「す、すみませんでしたぁあああ!!」
拳志の一睨みによって、若い騎士は即座に土下座した。
そしてその数刻後。
王都へ向かう馬車の荷台では、拳志は大の字で寝そべり、アリシアは頬を膨らませ座っていた。
「本当に……どこまでも自己中なのね、あなたって……!」
「寝るから静かにしてくれへん?」
「ったく……まだ礼も言ってないのに、なんで私がこんな……」
──その瞬間。
──その瞬間。
「……っ!? 前方、空からッ!!」
馬車を操っていた騎士が叫ぶ。
見上げれば、黒い影が空を切り裂いていた。小型の飛竜。その背には魔族の騎兵が乗っている。
「異物、確認……魔王様の命により、殲滅開始」
闇色の矢が放たれる。
一直線に馬車を狙うそれを、アリシアが即座に魔法陣を展開。
「結界、展開ッ!」
光の壁が矢を弾き飛ばし、火花が散る。
だが、飛竜はさらに加速し、鋭い爪を振り下ろしてきた。
爪と結界が正面からぶつかり合い、轟音が響く。
光が大きく揺れ、そこに亀裂が走った。
「くっ……持たない……ッ!」
アリシアの額に汗が滲む。
「……やかましいなぁ」
荷台から、耳をかきながら拳志が立ち上がる。
目は半分眠そうなまま、声は不機嫌そのもの。
「人が気持ちよく寝とったのに……」
次の瞬間、拳志は地を蹴った。
爆風のような脚力で、まっすぐ空へ。
騎兵がすぐさま弓を引き、連射。
だが拳志は迫る矢を腕や拳でことごとく弾き落とし、そのまま飛竜の背へと着地する。
「異物め──!」
騎兵は弓を投げ捨て、槍を構えて突撃してきた。
拳志は一歩も動かず、突きの軌道を読み切る。槍を逸らし、腕を掴む。
「どけや」
掴んだ瞬間、肘が炸裂した。
甲冑ごと胸部がへこみ、騎兵は鞍から吹っ飛び、空に放り出されていった。
「ギャアアッ──!」
飛竜が暴れ、怒りに口を開く。
炎が溜まり、吐き出される。
「めんどくさいんじゃボケェ!」
拳志の拳が炎ごと叩き潰した。
鱗にひびが走り、巨体が制御を失う。
「……あっ」
……だが、飛竜の落下地点は、ちょうど自分たちの馬車の真上だった。
「──っ、危ない!」
アリシアは咄嗟に飛び退き、ギリギリで直撃を避ける。
飛竜の巨体が馬車を直撃し、木っ端みじんに破壊した。
木片と車輪が宙を舞い、煙と土埃が辺りを包む。
拳志は地上に着地し、少し気まずそうに頭をかいた。
「きゃああああああああ!? ちょ、馬車!! 移動手段ッ!!」
「……しゃあない、歩こか」
「アンタのせいでしょうがあああああ!!!」
山道に、アリシアの怒声が木霊していった。
一方、統律の塔では、数人の神官たちが仮面をかぶって座していた。
「……異物が、再び干渉したようです」
「魔族の殲滅兵が、返り討ちにされたと?」
「魔王への一撃から、刻印に干渉してくる頻度が増えています」
静かな会話の中、老いた神官が低く呟く。
「……このまま進行すれば、理が破綻する」
会議室の重苦しい空気を裂くように、最高位の男が口を開いた。
「……王都に来るならば、しっかりと見定めよ」
その言葉に応じて、一人の影が列から進み出る。
黒髪を短く刈り、鋼の甲冑に身を包んだ騎士のような男。
整った顔立ちでありながら血の気を感じさせず、冷たい眼差しだけが光を帯びていた。
「……かしこまりました」
世界の理の外側で、一人のバカが、姫と口喧嘩しながら拳と腹を鳴らしていた。