アプリをダウンロード

章 12: 閉ざされた里

森の奥へ入ってからは、レインの小さな追跡灯りだけが道しるべだった。

点が一つ、また一つと先へ移り、やがてふっと消える。暗がりがほどけた先に、巨大な木の柵と重い門が立ちはだかっていた。

「止まれ!」

門の上から声が落ち、弓の弦が同時にきしむ。矢羽が微かに震える音が風に混じる。

アリシアは肩で息を整え、指先で結界の印を結びかける。拳志がそっと手首を押さえた。

「やめとけ。いきなり張ったら、ほんまに撃たれるで」

「でも──」

「話してからでも遅ない」

門の上では「撃て」「待て」と声が交錯し、視線が三人の胸元まで刺さってくる。

「……歓迎されてへんな」

「当然ね。人間が来たら、あいつらからしたら敵よ」

拳志は両手をゆっくり上げ、腹の底から声を飛ばす。

「おーい。喧嘩しに来たんちゃうで。ちょっと話したいだけや」

「ここは人間の立ち入れる場所じゃねぇ。とっとと帰れ」

「せやけどな、ちょっとだけでええねん。見たいんや」

「見たい、だと?」

「お前らみたいなやつが住んどる里。気になってしゃーないんや」

レインが小声で囁く。

「拳志さん、刺激しないで……」

アリシアも囁く。

「ここで揉めたら──」

そのとき、門の向こうから低い声が届いた。

「弓を下ろせ。そいつらを敵に回すと、痛い目見るぞ」

足音が近づく。

土を踏む重さが一歩ずつはっきりして、背後の焚き火がちらつくたびに、長い影が門前に伸びた。

「……ガルドさん……!」

門の上の獣人たちの声色が変わる。弦がわずかに緩み、視線の圧が少し引いた。

門が軋みながら開き、裂けた耳と鋭い眼をした銀毛の男が姿を見せる。拳志は目を細めた。

「お前……」

ガルドは門番の前で立ち止まり、短く言う。

「こいつらは俺の知り合いだ。通してやれ」

「……しかし、ガルドさん。人間を中に入れるわけには──」

「俺が保証する。拳を交わした相手くらい、信じられる」

門番が渋い顔でうなずく。

「あなたが言うなら……」

上から小さなざわめき。

「人間が“銀の牙”の知り合い…?」

「どんな関係だ……」

拳志が口の端を上げる。

「なんや。偉いんやなお前」

「うるせぇよ」

そう言いながらも、ガルドの声音にはわずかな柔らかさがあった。

三人が門をくぐると、里の息づかいが一気に近づいてきた。

広場の中心には大きな火台が据えられ、白い煙が静かに昇っている。

煙に混じって獣の体温の匂い、乾いた木と土の匂いが鼻に残った。

周囲には石と木で組まれた低い住居が連なり、屋根の縁には干した茅が並ぶ。

通りを行く若い獣人たちは槍や弓を抱え、三人とすれ違うたびに足を緩め、半歩分だけ距離を取る。

広場の端では白い毛の老獣人が膝をつき、石で槍の穂先を丁寧に研いでいた。

アリシアは声を落として言う。

「……静かすぎる」

ガルドが短く答える。

「外に出れば攫われる。今の里には、もう日常なんてねぇよ」

風が通り、火台の煙が少しだけ傾く。

張り詰めた視線がなおも三人の背を追う。

そのとき、広場の向こうから小走りの影が近づいた。

包帯を巻いた三人の獣人だ。銀、黒、褐色の毛並みが並び、その後ろには小さな獣人の子がついている。

アリシアを見るなり、子どもが駆け寄って裾をぎゅっとつかんだ。

「……来てくれた」

アリシアは膝を折り、目線を合わせる。

「無事でよかった。怖かったでしょう」

拳志を見た子どもの肩がぴくりと揺れる。

レインが慌てて笑って手を振る。

「だ、大丈夫だよ。怖い顔してるけど、彼が一番助けてくれたんだ。ほんとに」

黒毛の獣人が一歩前に出て、深く頭を下げた。

「さっきはすまない。誘拐犯の黒装束と間違えた」

褐色の獣人が続ける。

「子どもを守るつもりで……余裕がなかった」

銀色の獣人は視線だけで拳志を見る。

「だが、帰れと言っただろう…」

拳志は肩をすくめる。

「勘違いやったんは分かった。けど弱いもんばっか狙うんは、二度とするなや」

黒毛が唇を噛み、うなずいた。

「肝に銘じる」

そのやりとりに、後ろからガルドの声が挟まった。

「……なんだ。お前らもこいつとやったのか?」

三人が顔を上げる。

「お前らもって……ガルドさんも?」

「ああ。俺も最初は黒装束と間違えてな。見事に吹っ飛ばされた」

「ガルドさんが……?」

驚きが三人の顔に走る。

ガルドは鼻で笑い、拳志を横目で見た。

「こいつの拳、普通じゃなかっただろ?」

黒毛がゆっくりと頷いた。

「……はい。あれが本気なら、俺の頭は砕けてました…」

ガルドは三人と子どもを横目で確かめ、拳志たちに向き直った。

「……とりあえず、今日は俺の家に泊まれ。外で寝れば、間違いなく襲われる」

拳志が眉を上げる。

「外敵か?」

「それだけじゃねぇ。今は同族ですら、夜は互いを疑う。そういう空気だ」

「はぁ? ややこしいな」

「ややこしいんだよ。だから余所者は俺の影にいろ」

アリシアが小さく息を呑み、子どもの頭を撫でる。

「あなたはお母さんのところへ。もう大丈夫だから」

子どもは名残惜しそうにアリシアの手を離し、何度も振り返りながら母親の元へ戻っていく。レインがそれを見送り、ぽつりと漏らす。

「……里の中まで、怖がってる」

「そらそうやろ。攫われとるんやから」

拳志は短く言い、火台の煙の向こうに伸びる小路を見渡した。

家々の影から、いくつもの視線が揺れている。

門番の一人が近づき、ガルドに低く言う。

「入れたのはお前の顔だ。責任は取れ」

「分かってる」

ガルドは淡々と返し、三人に顎で合図した。

「こっちだ。目立つな。余計な口も利くな」

「はいはい。偉いんやなお前、ほんま」

「黙れ」

短いやりとりのあと、四人は里の奥へ歩みを進めた。火台の温度が背に離れ、木々の匂いが濃くなる。

遠くで槍を打つ硬い音が一度だけ響き、すぐに静けさに吸い込まれた。

ガルドの家へ向かう道すがら、拳志は一度だけ振り返った。

さっきの子どもが母の背に隠れながらも、こちらに小さく手を振っている。

アリシアが同じように手を上げ、レインは胸に手を当てた。

「……行こか」

拳志は目を細め、空を見上げた。

焚き火の向こう、どこか獣の匂いがする空気が漂っていた。


next chapter
Load failed, please RETRY

ギフト

ギフト -- 贈り物 が届きました

    週次パワーステータス

    Rank -- 推薦 ランキング
    Stone -- 推薦 チケット

    バッチアンロック

    目次

    表示オプション

    バックグラウンド

    フォント

    大きさ

    章のコメント

    レビューを書く 読み取りステータス: C12
    投稿に失敗します。もう一度やり直してください
    • テキストの品質
    • アップデートの安定性
    • ストーリー展開
    • キャラクターデザイン
    • 世界の背景

    合計スコア 0.0

    レビューが正常に投稿されました! レビューをもっと読む
    パワーストーンで投票する
    Rank NO.-- パワーランキング
    Stone -- 推薦チケット
    不適切なコンテンツを報告する
    error ヒント

    不正使用を報告

    段落のコメント

    ログイン