「なんていうか……のどかだな」
俺は軽く揺れる馬の上で、ときどき聞こえる自然の音を聞きながら言う。
風で草が揺れる音、鳥が羽ばたいていく音、草むらで獣が動く音。
日本では都会の喧騒に掻き消されてしまうような音も、ここでは際立って聞こえるのは、他に音がないからだろうか。
アリアが旅に出ると言い出してから一週間が経って、俺たちはようやく出立した。
その間、俺は何もしていなかったわけじゃない。
乗ったことも触れ合ったこともない馬に乗る訓練をさせられ、旅に必須な知識なども叩き込まれた。
とはいえ、ようやくトボトボと馬を歩かせる程度だし、旅の知識にも実践できることには限りがある。
あとは旅先でどうにかするしかない。
そんな行き当たりばったりな旅でも、俺は不安よりも好奇心の方が勝っていた。
この機会を作ってくれたのはアリアの突拍子もない考えのおかげなんだよな、と横で馬を歩かせる彼女を見る。
今のアリアはいつものドレスではなく、戦装束に旅のマントを羽織っており、髪も簡素に結んでいるだけだ。
と、見ていると、アリアから視線が返ってくる。
「なんだ?」
「いや、本当に一緒に旅してくれるんだなって思って」
「私は己で言い出した話を反故にするような女ではない。その認識を訂正せよ。即刻だ」
「はいはい」
相変わらず無表情でキツめの言い方だ。
貴族であるという自尊心が服を着て歩いているような性格だが、時折見せる俺への信頼のようなものは心地よかった。
ツンデレとも違う掴みどころのないアリアにも慣れてきた頃合いでもある。
そんなことを考えていると、俺の腹に違和感を覚えた。同時に、お腹からくぐもった音が聞こえる。
……腹が減った。
今日は屋敷で朝食をしっかり食べて出発したはずなのに、もう飢餓感を感じるとは情けない。
旅じゃ次の町に着くまでの日数を計算して、計画的に食料を管理しないといけないはずなのに。
現代社会でコンビニやら自販機やらに囲まれていた俺にとっては一番由々しき問題である。
自分は改めて豊かな世界で生きていたんだなぁ、と感じた。
すると、不意にアリアが馬を近づけてくる。
「腹が減ったか」
「うっ……聞こえてた?」
「中々に盛大な音を立てていたぞ」
俺はアリアの言葉にガクっと首をもたげる。
初っ端からこんなんで大丈夫か、と思っていると、アリアが懐をまさぐって何かを取り出した。
「食すならこれを食え」
「えっ」
出されたのは、緑色に輝く宝石だ。
形は整っていて、高価なものなのだろうと俺でもわかる。
「こんな高そうなもの……」
「いいや、これは貴様が先日倒した魔獣から出てきたものだ」
「魔獣からこんなに綺麗な魔石が出てくるのか!?」
俺は驚きながら受け取ると、太陽にかがけてみた。
透き通る綺麗な緑色だ。
獣が長年生き延びて、その体内で蓄積された魔力が魔石として生成されることは知っていたが、こんなにも形が整っているとは。
「……どうだろうな。私も魔石に詳しいわけではない。それよりも食うのか。食わんのか」
「すっげぇ美味しそうです」
「化け物め」
「おたくの旦那さんなんですけど……」
自分の夫を化け物呼ばわりしたアリアは、ふっと笑う。
俺にはその心情はよくわからなかったが、とにかく魔石を口にしてみた。
カキッと先端を齧ると、俺の超人的な口顎力で魔石が割れる。
それを奥歯で咀嚼すると、なんともフルーティな香りと味がした。
「うめぇ!」
「実際に見るとおぞましい光景だな。」
言われ放題だが俺の食欲は止まらない。あっという間に宝石を食べ終わる。
すると、不思議なことに大して量を食べていないにも関わらず、俺の胃袋から飢餓感は消え去っていた。
「腹は膨れたか?」
「うん。なんか……不思議なくらい」
「やはり貴様には普通の食事よりも石を食わせた方がよいな」
「人間性を失っていってる感じで嫌だ……」
「いいや、真面目に言っている」
アリアの声音が低いものに変わって、俺は彼女を見る。
「恐らく貴様は魔力を食っている。その体は血肉ではなく、魔力で維持されていると私は考えている」
「普通の飯じゃダメってことか?」
俺は微妙な顔をしてみせると、アリアは得意げな顔をしてみせた。
「無論、普通の食事を必要とする人間としての部分は残っているだろうよ。だが、それ以上に貴様は魔力を必要としているという話だ。せっかくの旅だ。貴様は貴様自身の体を理解するためにあれやこれやと試すがいい」
「……石だけ食べて生活するとか?」
「然り」
いいんだろうか。そんな勇者……。
けれど、アリアの言うことにも一理ある。俺が道端の石だけ食べていればいい体質になっているとしたら、旅に必要な食料だってアリアの分だけで済むのだ。
それに、俺としてはアリアにひもじい思いをさせたくはない。なんとなくだが、彼女のつらい顔は見たくないという感情が俺の中にはあった。
それは俺の妻だから、なんて話にはピンと来ない。
それでも隣を進むアリアの存在がいることに、俺はなんともいえない安心感を覚えるのだった。
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