時田美咲は望から目を離さなかった。
彼女は知らなかったが、すでにクラスの注目の的になっていた。
転校生というだけでも注目されるのに、彼女はそれ以上に目を引いた。
十八歳の時田美咲は、まさに青春の象徴だった。彼女が現れた瞬間、それまでクラスの一番のきれいな女と呼ばれていた女子たちも、比較にならなくなった。
本人は気づいていなかったが、クラスメイトたちの視線は正直だった。
しかも、美咲はあからさまに望を見つめていた。
宮崎明人の整った顔立ちは芸能界でも群を抜いていたし、美咲自身もまた美しかった。そんな二人の子である望の容姿は、言うまでもなく完璧だった。
ただ立っているだけでピントになってる。中学から高校にかけて、ずっと校内一のイケメンの座に君臨していた。
全校の女子が彼を好きというわけではないが、少なくとも半分は彼の顔に恋をしていた。
そんな中、美咲があんなにも真っ直ぐに望を見つめているのを見て、女子たちは声をかけるのをためらった。
だが男子たちは違った。これほど美しい転校生が来たのだ。たとえ彼女が望を見ていようとも、話しかけずにはいられなかった。
授業が終わり、望が教室を出ようとした瞬間、美咲も後を追おうとした。だが、その前に男子生徒たちが立ちはだかった。
「ねぇ、君、名前は?」
「私は時田…ちょっと、どいてください」
「やめとけって。学校のイケメンは誰にもなびかない。クールで、誰も落とせないんだ」
男子たちは親切心から止めるように見せかけて、「彼を追うより、俺たちと仲良くしない?」と軽口を叩いた。
一方、美咲の隣の席の男子はその会話を耳にすると、数歩走って望に追いついた。
「おい、お前の彼女、誰かに止められてるぞ」
望は肩をすくめ、その手を払いのけながら屋上へ向かって言った。「だから知らないって言ってるだろ。変なこと言うな」
「へぇ、そうは見えなかったけどな」
望は返事をせず、そのまま屋上へ上がった。
男子は後を追い、欄干に寄りかかりながら言った。「ここには俺たち二人しかいない。誰にも言わないから、正直に話せよ。隠さなくていいって」
望はスマホを見ながら眉をひそめた。「さっきから言ってるだろ、知らないって」
「まだ誤魔化す気?俺、全部見てたぞ。さっき彼女がメッセージ送ったとき、お前のスマホ震えてた。で、笑っただろ?彼女もお前を見て笑ってた。どう見ても怪しい」
望はスマホを閉じ、「それは母さんからのメッセージだ」と言った。
「おばさんから?本当に?でもさ、あの子のスマホの待ち受けもホーム画面もお前だったぞ?」
望は眉を寄せた。「たぶんどこかで盗撮されたんだろ」
そう言いながらも、彼の中で何か妙な違和感が残った。時田美咲という存在は、言葉にできないほど不思議だった。
そのころ、美咲は下の階で足止めを食らい、望を見失っていた。
幸い、授業が始まる前に望は教室に戻ってきており、美咲は胸を撫で下ろした。
次の授業が終わると、もう放課後だった。
望が鞄を背負って出て行くのを見て、美咲はすぐに追いかけた。
「望、大事な話があるの」
「何?」
「静かな場所で話したいの」真剣な美咲の表情に、横を歩いていた男子が吹き出した。
望はちらりと彼を見て眉をひそめたが、穏やかに言った。「わかった、じゃあこっち」
彼は道路脇に立ち、掲示板を一瞥してから、まっすぐに美咲を見た。「君、私のこと、好きなの?」
「えっ?」
美咲は一瞬、頭が真っ白になった。彼は彼女の息子――もちろん愛している。
けれど、そういう意味じゃない。
彼女が言葉を探している間に、望が続けた。「好きでいてくれるのは嬉しい。でも今は恋愛する気はない。私たちは高三だし、勉強に集中すべきだ。君も、私なんかに時間を使わない方がいい」
美咲は返す言葉もない。「……違うの、望、そういう意味じゃなくて」
(息子よ、私はあなたの母親よ!)
だが、言葉は口に出せなかった。
望は淡々とした口調で言った。「もし私が誤解してたなら悪かった。でも、そういう意味じゃないなら、もうついてこないで。君が勉強を頑張って、いい大学に入れるよう願ってる。じゃあ、さようなら」
そう言って軽く会釈すると、昨年の誕生日に美咲が贈った自転車に乗り、颯爽と走り去った。
美咲は呆然と立ち尽くした。車を取りに行こうとして思い出した――校門の前に急いで停めたままだった車は、もうレッカー移動されていた。
美咲は慌ててシェア自転車を見つけ、必死でペダルを漕いだ。だが全力でも追いつけず、幸いにも帰り道を知っていたため、そのまま家の方へ向かった。
家の近くでようやく、望に追いついた。
いや、正確には――望が電話を受けるために止まったのだった。
美咲は急いで近づき、二メートルほど手前でブレーキをかけた。
彼のスマホの画面に映る人物を見た瞬間、動きを止めた。
宮崎明人。
「……うん、もうすぐ帰るよ。ママ?マならもう家にいると思う」
望はイヤホンをしており、美咲には明人の声は聞こえなかったが、望の言葉は聞こえた。
「ママは元気だよ。ちょっと首が痛いって言ってたけど、マッサージしてあげたし、明日は一緒に温泉行ってリラックスさせる」
「ママのことは私がちゃんと見てる。だから心配しないで、パパ」
望の声には優しい笑みが混じっていた。長い脚を軽く支えにしながら、リラックスした様子で話すその姿――ママを語る声は柔らかく、珍しく饒舌だった。
美咲は、画面の中でまだ撮影衣装を着ている宮崎明人を見て、目に複雑な感情を宿した。
「誕生日には帰ってこられるの?」
望の弾んだ声に、美咲の胸が締めつけられた。
「本当に?もちろん空けておくよ」
「私から会いに行ってもいいけど……ママが一緒に行けるかはわからないな」
「うん、連絡待ってるよ。じゃあパパ、そっちは忙しそうだし、人が呼んでるの聞こえる。うん……わかった、バイバイ」
通話を終えた望がスマホをしまうと、横で立ち尽くす美咲に気づいた。
「……なんでここにいるの?」
眉をひそめ、鋭く言った。「まだ私を追いかけてるの?」
美咲は慌てて手を振った。「違うの、望。話があるの」
望の表情が冷えた。「さっき、何を見た?それとも、何を聞いた?」
「え……?」美咲は答えられなかった。
「何を見たにしても、何を聞いたにしても覚えておけ。私は宮崎明人のファンだ。さっきはただ彼のビデオを見てただけだ」
望は冷ややかに言い、自転車にまたがった。「それと、もうついてくるな。これ以上ストーカー行為をするなら、警察に通報する」
そう言い残し、彼はペダルを踏み込んで走り去った。
美咲はその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
彼は、彼女が宮崎明人とのビデオ通話を見たことに気づき、何かを悟られたと思って取り繕ったのだ。
望と宮崎明人――その関係こそ、美咲が命懸けで守ってきた秘密だった。
彼女は望の穏やかな生活を壊したくなかった。
そのために、彼に「時田」という姓を与えたのだ。
離婚前、彼の名前は宮崎望だった。離婚後、美咲は彼に自分の姓を付け加えた。
宮崎明人がまだ新人だった頃、二人の交際は彼の両親に猛反対された。「女に頼る男」と言われるのを恐れ、二人は関係を公にしなかった。
結婚しても、明人が人気俳優となってからも、公表はされなかった。キャリアへの影響を恐れたからだ。
そして、望が生まれても、事情は変わらなかった。離婚後、美咲はその事実をさらに固く封じた。
彼女は何度も何度も望に言い聞かせた。「決して、誰にも気づかれないように」と。――だから、彼がそう言ったのも無理はなかった。
「望……望……」
美咲は我に返り、再び彼を追おうとしたが、門の警備員に止められた。