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「ッ──」
南雲詩織はゆっくりと目を開けた。足元の浮遊感に気を取られる間もなく、手の甲に灼けるような痛みが走り、思わず顔を上げた。
ここはどこ?
考えがまとまらぬうちに、あまりにも聞き慣れた声が下から悠々と響いた。
「つらいの?お姉ちゃん」
詩織が下を見ると、深く愛していた実の妹、南雲沙綾が少し離れたところに立ち、楽しそうに笑っていた。
だが彼女の足元には、その笑顔とは対照的に鋭い竹刀が敷き詰められていた。
鋭利な竹の刃は冷たい光を放ち、鉄さえも切り裂く鋭さだった。
落ちれば間違いなく死ぬ。
「沙綾!何をするつもり!」
沙綾は唇を歪めて笑っていた。
「もちろん、お姉ちゃんを見送るつもりよ。お姉ちゃんが殺した人たち、みんな地獄で待ちくたびれてるんだから」
詩織は目を真っ赤にし、怒りに震えた。
「すべてあなたたちが……」
「そう、私たちよ。何か問題でも?」
馴染みのある嘲りを含んだ声が詩織の非難を遮った。
詩織は目の前で、自分が心も体も捧げてきた愛する人が、一歩一歩妹の側に歩み寄り、親しげに抱き合うのを見た。
自分が愚かすぎた。最後の最後、追い詰められるまで、すべての「偶然」は沙綾と中村和也による周到な計画だったことに気づかなかった。
「お前みたいなクズはこの世に生きている価値もない。それなのに最後まで生かしておいてやった。十分情け深いと思わないか?」
「安心しろ。お前が俺のために働いてくれたことへのお礼に、最後の贈り物をやる」
詩織は怒りの目で和也を睨みつけて、突然何かを悟った。
彼女の周りにはもう、彼女を心から大切にしてくれる人は誰もいなかった。かつて彼女が軽蔑していた前田康之以外は。
まさか彼まで……
いいえ!そんなはずがない!
彼をあれほど深く傷つけたのに、彼は骨の髄まで彼女を憎んでいいはずなのに、彼女に連座して死ぬなんてあってはならない!
沙綾は和也の肩に頭を寄せ、嘲笑した。
「お姉ちゃん、何か気づいたみたいね。焦らなくていいわ。すぐに地獄で再会できるから」
詩織の息が止まった。
しかし沙綾は彼女に息をつく暇も与えなかった。
「お姉ちゃんは知らないでしょうけど、康之があなたが和也のところにいると聞いて、狂ったように駆けつけてきたの。残念だけど、あの車の下には既に爆弾が仕掛けられていたのよね」
言葉が落ちると同時に、和也が一歩前に出て、片手でスマホを詩織の視界に掲げ、もう片方の手でゆっくりとリモコンを持ち上げた。
口角を上げながら。
「詩織、お前の愛しい男に別れを告げな」
「ドン──」
詩織がスクリーンに康之の姿を確認した瞬間に、轟音とともに画面の全てが爆発と炎に飲み込まれ、跡形もなく消え去った!
「ダメ──やめて──!」
「康之!」
あの高慢で威厳に満ちていた男も、結局は彼女のせいで巻き込まれてしまった!
ごめんなさい……本当にごめんなさい…
真っ赤なアリが腕から這い下り、通り道は全て火傷のように痛んだが、それよりも痛かったのは、既に千切れ千切れになった彼女の心だった。
すべて彼女のせいだ!
彼女の愚かさが、彼女を気にかけてくれた全ての人を傷つけた!
「さあ、愛しいお姉ちゃん、また来世で会いましょう」
言葉が落ちると同時に、刃が振り下ろされ、ロープが瞬時に切れた。
詩織は鋭い竹刀の上に激しく落ち、真っ白な服の上に鮮やかな紅が次々と花開いた。
なぜ?
なぜこうなったの!
彼女が盲目的に信じた家族愛と、必死に追い求めた恋愛は、最後には全て死の呪いとなった。
神様、不公平だわ!
沙綾、和也、来世があるなら、絶対に許さないわ!
……
ブルーグランドホテル。
「ッ──」
頭が痛い!
詩織は反射的にこめかみをさすったが、意識が戻らないうちに、目の前の光景に視線を奪われた。
視界いっぱいに広がる客で賑わっていた。
空気には濃厚なクチナシの香りが漂っていた。
ここはどこ?
地獄?
あの鋭い竹の刃と、和也と沙綾の醜い顔がまだはっきりと脳裏に焼きついているのに、目を開けたらここにいる?
「新郎新婦、指輪の交換をお願いします」
指輪?
詩織は急に振り返ると、冷たく端正な顔が視界に飛び込んできた。
康之?
どうしてここに?
彼は既に……死んだはずでは?
待って!
指輪の交換?
詩織はもう一度周囲を見回した。
これは……
これは5年前の彼女と康之の結婚式の会場ではないか?
彼女は……転生したのか?
彼女と康之の結婚式の場面に戻ってきたのだ!
詩織は興奮して康之の視線を受け止め、様々な感情が交錯した。
記憶が洪水のように押し寄せてきた。
前世では、彼女は和也に操られて、結婚式の会場で大騒ぎをした。
さらには指輪交換の場面で、和也の手を取って結婚式場を後にし、康之をひとりで式場に残し、彼の顔に泥を塗り、上京市で最大の笑い者にしたのだ。
あれほど高慢な康之でさえ、彼女を一言も責めることなく、外部からの噂や中傷をひとりで耐えていた。
まだ全てを挽回する余地がある!
神様が彼女にもう一度生きるチャンスをくれたのなら、今度こそ康之に償い、そして彼女を愛し、彼女によって命を落とした全ての家族や友人を救うのだ!
詩織は興奮に満ちた目で見つめたが、まだ一言も発する前に、彼女の言葉は情熱的な呼びかけによって遮られた。
「詩織!」
詩織は声に従って振り向いた。
案の定、前世と同じように、和也が人間のふりをして、Tステージの反対側に現れていた。
瞳の奥に激しい憎しみが湧き上がった。
今すぐ駆け寄って行って、この畜生を自分の手で一刺しずつ殺してやりたかった!
しかし、前世で和也がやったことを思い出し、彼女は必死に抑えた。
だめ、まだ足りない。
こんな簡単には済ませられない!
彼がしたことの何千倍も何万倍も復讐してやる!
詩織は目に宿る憎しみを必死に抑えて、険しい表情の康之を一瞥し、唇を緩めて微笑むと、和也の方へと向かって歩き出した。
康之は唇を引き締め、詩織の後ろ姿を見つめて、目には荒れ狂う暗流が宿り、指輪を握る指はますます強く締め付けていた。
はっ。
また行くのか。
詩織は和也の前に来て、前世と同じ位置に立ったが、口にした言葉は全く異なっていた。
「結婚式を台無しにしにきたの?」
和也は水のように柔らかな表情で言った。
「その機会をくれないか?」
目の前のこの偽りの笑顔と、死の直前に見た無情で醜い顔が重なり合った。
胃がむかつき、吐き気がした。
詩織は嘲笑うと、突然手を上げて、和也の顔に強く平手打ちをくらわせた。
「パァン──!」
「あなたが?ふさわしいと思う?」
詩織は痛む左手を振り、嫌悪感に満ちた目で呆然とする和也を一瞥した。
そしてすぐに背を向けて、確固たる足取りで康之の前に戻ってきた。
彼女は優しく康之の手から指輪を取り、顔を少し上げ、笑みを浮かべて彼を見上げた。
「康之、この指輪をはめて、私をあなたの花嫁にしてくれる?」