心は手を海斗の手首から離した。彼女は海斗が彼女の手に少し未練を残していることに気づかず、真剣な表情で言った。「お体の毒は母胎から持ち出されたもので、今は末期の状態です。」
末期?
海斗の瞳に一瞬殺意が走ったが、すぐに消え、立ち上がって去ろうとした。
「坂本さん」心は海斗が何をしているのかわからず、すぐに立ち上がり、海斗の背中を見つめて言った。「でも坂本さんの病気は……」
心が言い終わらないうちに、目の前の海斗は糸の切れた凧のように、ぐったりとソファに倒れ込んだ。
彼の細長い瞳は細められ、体は制御不能になり、呼吸が急速に荒くなった。
「坂本さん!」心はすぐに彼のところへ駆け寄り、海斗を仰向けにした。海斗の顔色は青白く、全身が霜に覆われたようになっていた。
松本千尋が外から走ってきた。彼女は元々、楓が病院で倒れたことを海斗兄さんに伝えるつもりだったが、ちょうど海斗の発作に遭遇してしまった。
「どいて!」千尋はその女がまだ海斗兄さんの傍にいるのを見て、急いで近づき、心を引き離そうとした。心の手に銀針があるのを見て、震えながら慌てて言った。「何をしているの、早く離れて、海斗兄さんは人に触られるのを嫌うのよ!」
楓と霞以外、海斗兄さんは誰にも彼に触れることを許していなかった。彼女と海斗兄さんは幼い頃から一緒に育ち、幼なじみだったのに、海斗兄さんは彼女が触れることさえ許さなかった。
千尋はそう思いながら前に進み、再び心を引き離そうとして言った。「海斗兄さんは発作を起こしているの。すぐお医者さんを呼ぶから、早くどいて!」
心はちょうど針を刺そうとしていたが、千尋の言葉を聞いて、いらだった表情で怒った。。「人を救うのを邪魔しないで!」
患者が発作を起こしている時は危険な状態だ。もし患者の危険を素早く解決できれば、病気はすぐに良くなるだろう。
「早くどいてよ!」千尋は言いながら、まだ心を引っ張ろうとした。結果として心に手を振り払われた。
心はソファに巻き付いている霞を見て命令した。「霞、彼女を見張って!」
千尋がまだ心を引き離そうとした時、突然目の前に舌を出す蛇が現れ、彼女は驚いて後ずさりした。
霞は海斗兄さんの言うことしか聞かないはずなのに、千尋はまさか霞がこの女の言うことを聞くとは思わなかった。
千尋がまた前に進もうとすると、霞は噛みつこうとした。
「きゃあ!」千尋は怖くて腰を抜かしそうになった。実は彼女はさっき霞を試していただけだったが、まさか霞が本当に彼女を襲うとは思わなかった。普段から霞に食べ物を用意してあげていたのに!
霞は舌を出しながら、涼しい顔で千尋の前に立ちはだかり、ソファに近づくことを許さなかった。
千尋も動くことができず、ただその女が銀針で海斗兄さんの頭に針を刺すのを見ているしかなかった。
海斗はまだ意識があり、頭上の針を見ていた。彼の錯覚かもしれないが、苦痛が少し和らいだように感じた。
千尋は海斗がその女性の服の裾をつかんでいるのを見て信じられなかった。海斗兄さんは他人に一切触れたくないはずだった。
心は手際よく海斗の服を脱がせ、むっちりとした胸が露わになった。恐らく日頃から運動をしているのだろう、胸筋の下には8つに割れた腹筋がはっきりと見えた。
海斗の呼吸は乱れ、額から冷や汗が流れ、まるで冷たい地下室にいるかのように骨まで冷え切っていた。彼の生気が少しずつ失われていくようだった。
しかし、心の銀針が刺された場所からはわずかな暖かさが広がり、その微かな温もりが彼に生命力を注入し、冷たくなった体を満たし、生き延びることができるという錯覚を彼に与えた。
心は少し手を下げ、顔の周りには細かい髪が落ちていた。長く巻いたまつげが彼女の美しい目を隠していた。彼女は厳しい表情で最後の針を刺し、顔を上げて海斗を見つめ、低い声で言った。「意識があるなら、まばたきをしてください。」
海斗はまばたきをした。
心は安堵のため息をつき、海斗の手を取って手際よく最後の銀針を刺した。
これでいい。
心の額にも冷や汗が浮かんでいた。彼女はちょうどティッシュを取りに立ち上がろうとしたが、左手が引っ掛かっていた。見下ろすと、海斗が彼女の左手をつかんでいた。
心は海斗の手を無理に外すことができず、仕方なくソファの横にこのまま座って待つことにした。
海斗は目を少し閉じ、手から暖かい流れが血管を通じて全身を温めていた……
千尋の瞳に喜びの色が閃いた。まさか海斗は今、人と触れ合えるようになったの?
心は時間を見て、まず海斗の体から銀針を抜いていった。最後の針を取り外したとき、海斗が目を覚ましたのを気づいた。
心は素早く左手を引き、向こう側に移動して座り、ティッシュを取り出して簡単に額の汗を拭いた。
「海斗兄さん!」千尋はすぐに立ち上がり、ソファに駆け寄って手を伸ばし、海斗の手をつかもうとしたが、海斗に避けられた。
「霞!」
海斗は冷たく叫んだ。
その時、半空に影が滑り、霞が舌を出しながら海斗の傍に巻き付き、威嚇するような表情で千尋を見つめ、彼女に立ち去るよう強いた。